愛より出でて恋に至る
シモンがライムに対してドキドキするか否か。
答えは否定。
先程の決闘中と答えは変わりません。
「む、違うのだ! いや、違わないのだが!」
ですが、さっきと今とでは事情が少し違います。
奥義の修得によって諸々敏感になったシモンは、他人の気持ちをより深く感じ取れるようになりました。そして自分の言動が無用の誤解を招きやすいことにも、ようやく自覚が生まれたようです。
「……ああ、その、どう言ったものかな? さっきは俺の言葉足らずでライムや皆を誤解させてしまった気がするので、詳しく説明してもいいだろうか?」
誰しも自分の欠点というのは中々見えにくいものですが、シモンは見事その欠点を克服した……と判断するには早計ですが、少なくとも改善しようという意思はありそうです。これも命懸けで戦った成果でしょうか。
さて、ともあれシモンは説明を始めました。
彼が何故ライムに対してドキドキしないのか。
「多分だが、踏むべき段階を飛び越してしまったせい……だと思う」
簡単に言えば二人の距離感が近過ぎたせいでしょう。
より正確には、シモンからライムに対しての気持ちがあまりにも近過ぎました。
「ライムと一緒にいると、この上なく心が安らいでしまうのでな。ドキドキと昂ぶる心境とは反対かもしれん。先程も骨を砕かれ肉を潰されながらも、闘争心より穏やかで落ち着いた気持ちが大きかったくらいだ」
相手を異性として意識した最初のスタート地点から、いきなり長年仲良く連れ添った熟年老夫婦くらいの親密さを感じていたのです。
それが必ずしも悪いばかりとは言えませんが、本来は恋愛の初期段階で経るべき過程を通らず一気にそこまで来てしまったことは、恐らく良いばかりとも言い難い。当然ながら色々と普通でない点も出てくることでしょう。
愛があっても恋がない。
いえ、正しくは恋心がないわけではないのです。
大きすぎるほどの愛に、まだ恋が追いついていないとでも言うべきか。
修業によって迷いは晴れても、それだけで全ての問題が綺麗に片付くはずもありません。ゆっくりと時間をかけて、自分や相手と向き合いながら、様々な気持ちをじっくり育む時間も必要なのでしょう。
「シモン。質問」
「うむ、なんだ?」
なので、ライムは質問を少し変えて聞きました。
「シモンは、私にドキドキしたい?」
「ああ、それはもちろんだ。穏やかな愛も悪くないが、お互いそれでは物足りんだろ?」
今現在どう思っているかではなく、これからどうしたいのか。
ならば、シモンの答えは決まっています。
普通の恋愛とは順序が逆、あべこべの形にはなりますが。
「そう。それなら、まあ、いい」
恋をしてから愛を育むのではなく、愛から始まって恋を育む。
変わり者同士、そんな恋愛の在り方があっても良いと思うのです。
◆◆◆
さて、これにていよいよ一件落着。
めでたしめでたし……と締め括るのは、もうちょっとだけお待ち下さい。
「待たせたな。では、レンリよ、すまぬが今から立会を頼む」
「え、立会って? まさか、また今から一戦やるつもりかい?」
「はっはっは、それも悪くないかもしれんがな。なに、すぐ終わるから、もうちょっとだけ付き合ってくれ。ルカ達も、もうちょっとだけ頼む。見ていてくれ」
今度こそ一段落したのを見届けて、さて帰ろうかと思ったレンリ達をシモンが呼び止めました。彼曰く、またもや立会人を頼みたいとのことですが。
「シモン?」
「ああ、ライム。ちょっと、そこに立っていてくれ。準備も何もないし、正式なあれこれはまた後日改めてやることになるかもしれんが」
「準備?」
ライムも彼が何をする気なのか分からないようです。
それでも言われた通りの位置に立って首を傾げていると……。
「一応、こういうのはきちんとやっておこうと思ってな。ライム、片手を」
「ん……え?」
シモンがライムの前に片膝をつきました。
そして彼女の片手を取ると、手の甲に口付けをして言ったのです。
それこそ古式ゆかしい騎士物語の登場人物であるかのように。
「俺と……いや、どうか私と結婚を前提にお付き合いをして下さい」
ライムは突然のことに驚くやら恥ずかしいやら。
うっかり気を抜くと、またもや逃げ出しそうでしたが、それでもどうにか。
「うん……はい、喜んで。どうか、私を、貴方のお嫁さんにして下さい」
と、ライムも物語の姫君のように。
精一杯、淑女らしく応えました。
「なるほどね、立会って婚約の立会のことだったのか。うん、そういうことなら確かに見届けたよ。私と、ここにいる皆が証人だ。さあ、拍手、拍手!」
いきなりの出来事に戸惑っていた周囲の皆も、レンリが拍手をするのを見ると、それに合わせてパチパチと。ルカやルグ、迷宮達や、騎士団や街の人々も、二人に祝福の拍手を送ります。
これにて、今度こそ間違いなく一件落着。
二人はいつまでも幸せに暮ら……せるのかどうか。今後も大小様々なトラブルが無数に降りかかってくるであろうことは想像に難くありませんが……まあ、それでも今くらいは、めでたしめでたし、の言葉で〆ることに致しましょう。
◆次回で十章ラストです




