二度目の試練
前回の遭遇からおよそ一ヶ月。
迷宮の管理者、植物の身体を持つ狼は、以前と同じく、前触れなく三人の前に姿を現しました。
『汝ら、己が起源を我に示せ』
その台詞も前と同じ。
ですが、今回は対峙するレンリ達に動揺はありません。
現在は最近御馴染みのルカとルグの新武器の習熟訓練の最中でしたが、まだ開始から時間も経っていないので、体力も充分に残っています。
前回との違いは頼りになるライムがいないことでしょうか。
まあ、それに関してはある意味安心要素と言えなくもありません。少なくとも、天変地異染みた力で襲われることはないでしょう。
『汝ら、己が起源を我に示せ』
「ああ、いいとも」
だから、総合的に見て条件は上々。
心身共に万全の状態で試練に望むことができました。
『汝ら、如何なる試練を望む?』
「そうだね……二人とも、念の為確認するけど戦闘で構わないかな?」
「ああ」
「う、うん……怖いけど、頑張る」
ここまでは細部は違えど前回と同様の流れ。
しかし、今回はここから先が違いました。
『よかろう。汝ら三名、武威を持って我に』
「いや、違う違う。私は戦わないよ?」
武器を構えたのはルグとルカの二人だけ。
レンリは腕組みをしたまま、棒立ちの姿勢を取っています。
「ええと、管理者……これ、ちょっと言い難いね。何か名前とかないのかな?」
『我が名はウル。我らを創りし偉大なる主達に賜った名である』
「ふぅん、“我ら”に主“達”ね……? まあ、今はいいや。ええと、ウル?」
何箇所か興味を引くフレーズがありましたが、ひとまず本題についての話を優先しました。
「もう一度言うけど、私は戦わないよ。戦うのはこの二人だけ」
『汝のみ別の方法での試練を望むか?』
「いいや」
『戦意がないのであれば不認とするが、それでも構わ』
「いや、そうじゃないよ、ウル」
レンリは別に不戦敗を選ぼうというのではありません。
むしろ、戦意と挑戦心に溢れているとすら言えました。
「私は戦う者じゃなくて造る者だからね。私の武器を持ったこの二人の戦いぶりから、存分に『起源』とやらを計ってみたまえ」
◆◆◆
「ほう、試練のアドバイスとな? そうだな……例えば、先程の訓練の時にそなたらも言っていたが、何故剣を使うのかと聞いたら『格好いいから』と答えたろう?」
少し前、迷宮の試練に関するアドバイスを求められたシモンは、こんなことを言っていました。
「剣に限らず、そなたらが歩んできた道の始まりを思い出すがいい。『格好いいから』でも『金を儲けたいから』、『モテたいから』でもなんでも構わん。他人には綺麗事を言ってもいいが、己にだけは偽るな。そうすれば自然と道は開かれよう」
◆◆◆
夢を見た。
光を観た。
理想を視た。
森で、草原で、砂漠で、雪山で、
何処かの誰かが剣を振る夢。
その人の顔は忘れてしまったけれど、その剣のことはよく覚えている。
まるで夜空の星と月の煌めきを全部押し固めたかのような白銀の輝き。
視界を埋め尽くすような魔物の群れも、麓の村に迫りつつある雪崩も、海辺に迫る大津波ですらも、夢の中の誰かはただの一薙ぎで払ってみせた。
いかにも夢らしい現実感のない光景……でも、私は知っている。私たちは知っている。
これは、私の先祖が見て魂に刻み込んだ記憶の残滓。
あの非現実的な光景は、かつて実際にあったことなのだろう。
夢の中のあの人が使う武器は常に同じだけど、その形状は場合と用途によって千差万別。
ある時は流麗な装飾剣。
ある時は大木に見紛うような巨大剣。
剣ではなく斧や槍や弓を使うこともある。
これらは全て同じ武器が変化したものなのだ。
変幻自在にして天下無双。
千変万化にして縦横無尽。
一つの剣が持ち主の意のままに姿を変え、常に十全の機能を発揮する。
それこそが聖剣・変幻剣。
神が勇者に与えし無双の神器。
あまりに強大な武器・兵器は見る者に畏怖を抱かせる。
でも、夢の中の私は、その剣を綺麗だと思った。
とても綺麗だと。
だから。
だから、私はそれを自分も欲しいと、その為に自分で造ってみたいと願ったんだ。
◆◆◆
最初にあったのは物の価値を知らぬ子供らしい所有欲。
綺麗だから憧れた。欲しかった。
だから、自分の分を造ろうと思った。
一族の宿願だの技巧の追及だのといった、彼女自身すらも「その為だ」と信じ込んでいた余分を一枚一枚剥がしていき、最後に残ったモノがそれでした。
「やれやれ。いつの間にか、すっかり忘れていたよ」
レンリは、別に事細かに心情を語ったわけではありません。
また、ウルの言う「起源」が造った武器にこもっているかなど、確認のしようもありません。ただ、直接的に戦うよりは、そのほうが自身の始まりを示しやすいのではないかと、そう思ったのです。
自分自身は戦わずに、造った武器を仲間に使わせることが試練として認められるかどうかは、正直なところ大きな賭けでしたが、
『……よかろう。他二名の武器と武威を以て汝の試しと認める』
どうやら是として認められたようです。
そして、二回目の試練が始まりました。