答え合わせの時間
「実に楽しかった。まるで夢のような時間であったな!」
「うん。またやりたい」
熱くなりすぎた挙句、最後はほとんど殺し合いも同然にまでエスカレートしていましたが、シモンにもライムにもその辺りのわだかまりは微塵もありません。スポーツで爽やかな汗を流したくらいの感覚なのでしょうか。
ついさっきまでは内臓の半分くらいが潰れ、折れていない骨がどこにも見当たらないほどの重傷を負っていたのですが、すでに痛みどころか疲労感も残っていないようです。ついでにボロ切れ同然だった衣服も新品同然の状態に復元されていました。シモンの剣だけは完全に消滅してしまったのか見当たりませんが、これでもサービスとしては手厚すぎるくらいでしょう。
いくら迷宮の能力で復元したとはいえ、この立ち直りの早さは本人達の性格による部分も少なくないでしょう。このまま放っておいたら本当に今すぐ再戦を始めかねません。
「だが、思った以上に場を荒らしてしまったな。次からはもう少し場所を選んだほうがいいか。いやはや、迷宮の皆には頭が上がらぬ」
「感謝」
「うむ。今度改めて礼をせねば」
が、幸いにも即座の再試合は思い留まったようです。
というのも現在は訓練場の修復作業中。
迷宮達が現在進行形で修復作業に当たっていました。
人力で元通りに直すには何日かかるか分からないほどの惨状を見かねたのでしょう。シモン達の目の前で、見る見る間に巨大なクレーターが埋められています。これを見てすぐさま荒らすのは気が引けたようです。
「ま、ひとまずは満足したし再戦はまた今度にしておくか」
「ん。それがいい」
「うむ。では、今日のところはこれで解散ということで……」
ひとまずは諸々の相互理解、フラストレーションの解消などもできました。当初の目的に関しては一通り達成したということで、これにてお開きに……、
「こらこらこらっ! 二人だけで勝手に納得してるんじゃあないよ!」
お開きにして平然と帰宅しようとしたところで、流石にレンリの物言いが入って引き止められました。極めて特殊な感性の当事者同士は、先程までの平和的なコミュニケーションを経て何やら勝手に納得しているようですが、普通の人間には何から何までさっぱり理解できていないのです。詳しい説明を聞くくらいは、まあ当然の権利でしょう。
◆◆◆
仕事や休憩を抜けてきていた一部の見物人は、シモン達の無事を見届けた段階で場を離れていますが、それでもまだ五十人くらいは残っていました。やはり、皆、レンリと同じような消化不良感があるようです。
「とはいえ、はて、何から説明したものか?」
「むぅ。難しい」
別にシモンやライムに質問をはぐらかす意図はないのですが、説明を要することが多すぎて何から喋ったものか分かりません。居残っている騎士団の関係者や一般市民も、シモンに直接尋ねるのは気後れしてしまうようです。
そこで一応この戦いの立会人であったレンリがインタビュアーとして、周囲の意見を代表して質問していく形式での質疑応答形式へと落ち着きました。
「まず基本的なとこからね。で、結局どっちが勝ったのさ?」
第一の質問としては妥当なところでしょう。
この決闘、実に百人以上の人々が見ていたのですが、中盤あたりにわざとゆっくり戦っていた部分を除いて、ほとんどの人は視認できてすらいなかったのです。
迷宮達が飛来物や衝撃波から観客をガードしていたとはいえ、それも完璧に防ぎ切れたわけではありません。特に決着間際の終盤は、ほとんどの観客は必死に地面に伏せて吹っ飛ばされないように堪えるので精一杯。どうにか顔を上げても断続的に起こる爆音と閃光に感覚器官を揺さぶられるばかりで、とても戦況を把握するどころではなかったのです。なので、結局どちらが勝ったのかという疑問は皆が抱いていたのですが。
「うむ、それか。実は……分からん!」
「ん。同じく」
ですが困ったことに、実はその当事者二人も自分達の勝敗を分かっていなかったのです。最終的に二人とも同じような重傷を負ってクレーターの底で失神ていたわけですから、勝敗が決するにしても大きな差のない僅差。あるいは引き分けであっても不思議はありません。が、それはそれとして。
「こらこら。ふざけるんじゃあないよ」
質問した側としては面白くありません。
別にシモン達もふざけているわけではないのですが、なにしろ本当に勝敗の記憶が定かでないのです。最後は互いに気力体力の全てを振り絞るような技同士のぶつかり合いでした。恐らくは接触した直後に二人して意識が飛んでしまったのでしょう。
「たしか、こう……最後の一撃はライムが上のほうから来て。そのちょっと前までは全然動きを目で追えてなかったのだが、テンション上がったノリで空気抵抗だの自分の認識限界だの運動機能の限界その他諸々だのを斬ったら、一気にそっちの動きに付いていけるようになって」
「うん。それでシモンが剣を振ってきたから横から殴った、気がする」
「ああ、そうだそうだ! だんだん思い出してきたぞ。それで、お前の手が触れた途端に剣が衝撃で粉微塵に粉砕したのだった。なるほど。どうも目が覚めてから見当たらないと思ったら、跡形なく消滅していたとは」
それでも頑張って思い出そうとするうちに記憶が蘇ってきたようです。
「それで剣がなくなったから咄嗟に手刀で鎖骨のあたりを打ったのだったかな」
「そう。それで鎖骨が折れて肺が片方潰れたけど、シモンに抱きついて」
「おお、そうだったな。それで左右のアバラが一通りグシャっといった気がする。で、そのまま上から俺を地面に押し付けるような形で、ドカン! ……か。その前の手刀で速度だの破壊力だのを九割方斬っておかねば二人まとめて爆散してたかもしれんな。はっはっは」
「ふふふ。ウケる」
「いや、笑えないから。引くから。かなり引くから」
これらの行動速度は全て最低でもマッハ二桁。時間にして一秒の百分の一以下の時間に起きた出来事です。行動そのものの異常性に加え、笑いどころがアブノーマルすぎて共感できる人間は誰もいません。
レンリのツッコミも耳に入っているのか否や。
そもそも肝心の勝敗については依然分からないままです。
「はいはい、途中だけど追加の質問! シモン君がさっき使ってた変な技。アレ、何? たしか最終奥義とかなんとか言ってたけど」
そこでレンリは思考を整理すべく新たな質問を投げかけました。
次なる議題は、シモンの奥義について。




