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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十章『恋愛武闘伝』

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最終vs最速


 ライムは胸の中が温かなもので満たされていくのを感じていました。


 シモンが自分を信じてくれている。

 ただそれだけで疲れ切った手足に力が戻る。

 心の真ん中に、絶対に折れない芯が通る。

 たとえ私が私を見捨てようとも、彼は絶対に私を見捨てない。絶対に私を諦めない。それが分かるのが泣きたくなるほど嬉しくて、この上もなく幸せで、こんな時だというのに頬が緩んでしまいます。



「シモン」



 ああ、この幸福感を言葉にできない口下手がもどかしい。

 けれど自分なりの方法で、この気持ちを精一杯、力一杯伝えよう、と。



「シモン。私、ちゃんとやるから。だから」


「うむ、何も心配するな。遠慮せずにお前の全部をぶつけて来い」



 そんなライムの気持ちをシモンも汲んでくれています。

 手加減一切なし。全身全霊をもって迎え撃つ。

 それこそが彼女に対する誠意である、と。



「俺もそうする。俺の全てをお前にぶつける――――っと」



 そんな二人の闘志に導かれたというのでしょうか。ふとシモンが空を見上げると、戦いの序盤において放り投げた彼の愛剣が遥か上空から一直線に落ちてくるではありませんか。



「あれは、俺の?」



 鞘に収まったままの剣はそのまま一直線に訓練場へ。

 シモンのすぐ眼前へと落下し、ざくり、と地に突き立ちました。


 ロクに狙いも付けずに投げた剣が、恐らくは最後の決着間際のタイミングで手元に戻ってくるなど、偶然にしてはあまりに出来過ぎているように思えます。

 故に、これは必然。

 彼自身、自分が何故武器を放り捨てるような真似をしたか理解してはいませんでした。今の今まで、本気で自分の行動を疑問に思っていたほどです。



 シモンはその理由を、剣の柄に手をかけ、鞘から抜いた瞬間に理解しました。

 そして彼の様子を見ていたライムも同様に。何故、不利になるに違いないと分かっていつつも自ら剣を手放したのか。それは。



「剣があったら簡単に私に勝ってしまうから?」


「うむ……あ、いや、違うのだ!? これは別にお前を侮っていたとかではなくてだな!」



 慌てて弁解をするシモンの姿がおかしくて、ライムはくすりと笑ってしまいました。



「ふふ。大丈夫、怒ってない」



 ライムもようやく分かってきました。

 この決闘は勝ち負け以上に「納得」を求める戦いだったのです。

 たとえ勝負に勝ったとしても、納得が得られなければ負けも同然。


 相手の気持ちを知って納得するために。

 自分の気持ちを知って納得するために。

 言葉だけではとても説明しきれないものを知って納得するために。

 この戦いの本質を、彼は無意識下で理解していたということなのでしょう。都合の良いタイミングで武器が戻ってきたあたり他にも理由はありそうですが、まあ、概ねのところでは。


 表面的には手を抜いてわざと長引かせていたようにも見えてしまいますが、それが必要な過程だったのであれば話はまるで違ってきます。それにこうして手元に戻ってきた武器を抜いたということは、つまり、ライムが剣を振るうに相応しい相手だと認めたということ……と解釈するのは都合が良すぎるでしょうか。


 ですが都合が良かろうが悪かろうが、そんなのは関係ありません。

 今の実力で及ばないのなら、今ここから強くなればいいだけのこと。

 この戦いがまだ続くうちに、三分、一分、いえ三十秒で彼に追いついて、そして一気に追い越して見せるまで。無茶苦茶、上等。道理も理屈も常識も、そんなもの知ったことではありません。




 シモンが最初から剣を使っていたら、恐らくこれほどまで戦いが長引くこともなく、あっさりと彼が勝っていたはずです。卑下でも謙遜でもなく、単なる事実としてライムはそう感じ取っていました。


 彼が剣を抜くと同時に膨れ上がった存在感。

 威圧感、とも少し違います。

 事実、彼に他者を威圧する意図などないのでしょう。

 殺気のような刺々しさとも似て非なる、もっと柔らかな感覚です。

 いずれにせよ素手で戦っていた時とは桁違いの力強さを感じます。


 周囲の人々もそうした感覚を覚えている様子。シモンが剣を抜いて以降、レンリや観客達はまばたきも呼吸も忘れたように、刀身から目を離せないでいました。

 戦いの素人であろうとも、これから何かとんでもないことが起きるのだと理解“させられて”しまう。剣を手にした彼がこれから繰り出そうとしている技とは、それほどのものなのです。



「まだ一度も成功したことのない技だが、うむ、まあ大丈夫であろう」



 自分の重さや周囲の重力を操作する奥義とは別の、勇者直伝奥義。

 他者の認識能力に対する影響も、異常な速度での魔法の熟達も、所詮はその奥義の修得に至るまでの副産物のようなもの。未だ練習でさえ一度も成功したことのない、そもそも聖剣という特殊な武器無しで可能なのかすら確証がなかった技ですが、ここまでの戦いを経てシモンには「出来る」という手応えが生まれていました。



「俺の、そうだな、最終奥義とでもいったところか。準備はいいか?」



 シモンは剣を頭上に高く掲げた大上段。

 防御やフェイントなど考えず、ただ真っ正直に振り下ろすためだけの構えです。



「うん。大丈夫」



 ライムは対照的に身を極端に低く沈め、両手を地に着けた姿勢。

 こちらも防御とは無縁の、陸上競技のクラウチングスタートのような構えです。


 最終奥義に対するは最速。

 例の超音速の体当たり技で小細工無しの真っ向勝負を挑もうというのでしょう。シモンとの距離は10mと少し。一度動き出したら接触まで一秒の十分の一もかかりません。


 

 向かい合って構えていたのは二十秒か三十秒か。

 恐らく一分は経っていなかったでしょう。

 両者とも静かに機を計り、そして。



「シモン。受け取って、私の気持ち」


「ライム。この剣で、お前の想いに応えよう」



 そして、とうとう戦いは最終局面へと――――。



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れさまです いよいよラストバトル 最後はシモンのハートをラストシューティングで貫くのがいい流れですね。
[一言] 一瞬の交錯の後… 上下に別れたシモンと、左右に別れたライムが同時に倒れたのでした。  ─完─ ちがうな…(笑)
2021/02/14 20:37 退会済み
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