シモン、デタラメ進化中?
百以上もの魔法球を素手で消し去ったシモン。
威力に威力で対抗したのではありません。
炎や冷気を拳圧で吹き散らす程度ならライムにも出来なくはありませんが、そういう攻撃的な対処とは根本的に原理が違います。
例えるなら、魔法という織物をほどいて材料である糸にまで戻してしまったとでも言うべきか。こうなっては元々どんな模様が編まれていたのかも分かりません。
この場合の糸、つまり特定の指向性を与えられる前の魔力に戻してしまえば、どれほどの殺人的威力を秘めた魔法も怖くはない。強引に理屈を付けようとすれば、そんな感じになる……と、言うは易し。
「お前の魔法を眺めているうちに何だか出来そうな気がしてな、やってみた」
当の本人は気軽に言ってくれますがライムの心境は穏やかではありません。なにしろ魔法を放った自分でも、何をどうすればあんな風に魔法を消せるのかさっぱり理解できないのです。
「魔法をよく見るとな、いや、目で見るのとはちょっと違うか? 聞く? 感じ取る、か? まあ、よく観察すると魔力の結び目みたいな部分があってだな。そこを見つけてチョイと突いてやれば、あの通りというわけだ。ほれ、ライムも前にガルド殿がやっていたのを見ただろう?」
「……うん?」
たしかに冒険者のガルド氏が以前似たような芸当を見せていましたが、あれは彼の人物のずば抜けたセンスと長年の経験があってこその絶技。生まれ持ったセンスはともかく実戦経験や鍛錬の蓄積量の差に関しては、そう簡単に埋まるとも思えませんが。
「なに、経験不足は他のもので埋めれば良い。そうだな、愛、とかどうだ?」
「愛!?」
「ははは、それは我ながら気障すぎたかな? ま、それは半分冗談だが」
「は、半分?」
何がどう半分なのか。
どこからどこまでが冗談なのか。
ライムとしてはじっくり問い詰めてやりたい気持ちもありますが、今はまだ一応決闘の真っ最中。このまま立ち話を続けるわけにもいきません。
「俺もな、だんだん分かってきたような気がするのだ、色々と。だから、もうちょっとだけ俺のワガママに付き合ってくれ。というわけで攻守交替だ」
そう言うや否や、ライムに向けてシモンの魔法攻撃が襲い掛かりました。
◆◆◆
ライムは自分の身体が猛烈に重くなるのを感じました。
シモンが得意とする重力操作の結界魔法でしょう。しかし。
「ふむ。まあ、お前ならこの程度は苦にもならんか」
「ん。楽勝」
現在、ライムにかかっている重力は約50G。
つまりは自然の重力の五十倍。元の体重が50㎏の人間であれば一気に2.5トンにまでなるわけで、常人であれば痛みを感じる間もなく自重で圧死する重力です。
しかし、ライムは何事もないかのように平然としています。
ダメージらしいダメージはありません。
靴底が地面にめり込みつつありますが、影響といえばその程度。
一方のシモンはというと。
「ううむ、それにしても自分の技ながら燃費が悪いなコレ。そうだ、さっきのように魔力の流れを感じ取って、範囲を狭めて出力を集中させて……うおおぉっ!?」
「え?」
その光景を見ていたライムや皆もぽかんとしています。
というのも、何やら重力魔法の工夫を試みていたらしいシモンが、突然凄まじい勢いで地面にめり込んで全身地中にズブズブと埋もれてしまったのです。それもちょっとやそっとの埋まり方ではありません。
一体どれほどの重さがかかったのやら。
ライムが覗き込んでも暗くて穴の底が見えないほどの深さです。
彼が立っていた位置から半径1mくらいの地面に綺麗な円状の穴が開いていました。これで潰れて自滅していたら間抜けもいいところですが、
「ああ、ビックリした!」
流石にそこまでの大失敗は免れたようです。
穴の底からシモンがピョンと跳んで出てきました。
全身土まみれのひどい姿ですが怪我をした様子はありません。
「シモン」
「む、どうしたライム?」
「真面目にやって」
「すまぬ!」
普通に怒られました。
確かに今のはふざけていると思われても文句は言えません。
「だが今のでコツは掴んだ、と思う。多分。では行くぞ! 念の為、弱めで……」
そして改めてやり直し。シモンはついさっき大量の攻撃魔法を消した時の要領で、自身の魔力の流れに意識を巡らせて重力操作の魔法を発動させました。次の瞬間。
「ん!」
ライムは丸っきり身動きが取れなくなってしまいました。身体に感じる重さそのものは先程の五十倍とさして変わらないのですが、問題はその方向です。
左手は真下に。右手は真上に。
左足は前に。右足は後ろに。
身体の各部がそれぞれバラバラの向きに引っ張られているのです。
それも数秒おきに今度は逆方向に力の向きが変わったりして常に一定ではありません。ランダムに変化して予測できないようにしているようです。ライムはどうにか素早く反応しながら筋力で対抗して元の姿勢を保っていましたが、それも長くは続きませんでした。それというのも。
「ふーむ……いや、まだ何か違うな?」
「むむぅ!」
シモンがすぐに術を解いたのです。
ですが休む間はありません。
ライムが体勢を立て直す間もなく今度は身体が一気に前方へ、つまりシモンに引っ張られてしまいました。彼女は慌てて足を地面に踏ん張って堪えます。先程の斥力結界の逆、引力結界といったところでしょうか。
今度の引っ張る力は非常に強烈。両足をヒザ近くまで地面に突き刺して踏ん張っても、強引に引き寄せられてしまいます。しかし、またもや。
「今のは悪くないが、まだ何か一工夫欲しいところだな。ううむ」
シモンはまたもや呆気なく術を解いて何やら思案しています。
新たに掴みつつある感覚を通して試行錯誤を繰り返しているらしい。それだけはライムにも理解できますが、肝心のその正体がさっぱり掴めません。
先程立てた、認識に影響を与える能力という仮説との関連も不明。
そもそも特に魔法を得意とはしていないはずのシモンが、場当たり的な思いつきで次々と強力な新魔法を繰り出せるというのがおかしいのです。そんなデタラメな存在など、それこそ――――。
「勇者?」
勇者か、あとは魔王くらいのものでしょう。
シモンが何かのキッカケで今まさに彼女達の領域へと昇りつつある。ふと思い浮かんだ考えがあり得ない可能性だとは、最早ライムには思えませんでした。




