ドキドキの戦い
楽しい。
とても楽しい。
思わず笑みが零れてしまう。
「ふふ」
ライムは口の端が上がるのを抑えきれないでいました。
勿論、そんな時にもシモンからの攻撃は止まりません。
一呼吸の間にパンチやキックがダース単位で飛んできます。今辛うじて避けた回し蹴りなど、頭を引くのがゼロコンマ一秒遅れていたら、きっと側頭部に直撃を受けて脳震盪を起こしていたでしょう。
攻めるも守るも紙一重のギリギリ続き。
両腕を共に攻撃に回し、防御についてはほとんど考えていません。
こんな無謀な戦い方では拮抗が崩れる時も近いでしょう。
勝つためにはもっとガードを重視して慎重に立ち回るべきなのかもしれないけれど、今日のライムはあえてその逆を行っていました。大きく避けるより小さく避けたほうが後の反撃がし易いという理由もあるけれど、一番大きな理由は違います。
このスリルが堪らなくドキドキする。
恋のドキドキと危険のドキドキが混ざり合う。
まるでシモンへの恋心が何倍にも強まったかのようです。
もうこれ以上の想いはないだろうと思っていたのに、もっと彼を好きになれたかのようで、もっともっと彼を好きになれるような気がして、それが例えようもなく嬉しいのです。
そんなドキドキを精一杯込めて、殴る。
走って、跳んで、突いて、蹴る。
さっきの告白だけでは到底全ての気持ちを伝えきれてなどいません。
ライムがどれくらいシモンを好きなのか、それが少しでも伝わるように、ありったけの想いを込めてブン殴る。そうして幾百と繰り出した拳の一発が彼のアゴを掠めました。
「お、おお?」
「む。チャンス」
手応えとしては、ごく小さなもの。皮膚一枚のみ掠った程度の軽い当たりでしたが、それでもシモンの平衡感覚を一瞬奪うことに成功したようです。
ライムはこの好機を逃すまいと、すかさず胸や腹への連続ブロー。続けて金的蹴り上げ……は潰れると将来的に困りそうなので、途中で蹴りの軌道を無理矢理変えて代わりに鳩尾への前蹴り。結果的に狙いを変更したのが功を奏したようで、これもヒット。
いける。
拮抗していた流れが自分の側に傾いたと感じたライムは、この機を逃すまいと更なる追撃を仕掛けようとして、
「んっ!?」
全くの予想外のタイミングで来た掌底打ちを胸に受けました。
威力としては特に大きくはないものの、一切の前兆を感じ取れない不可解な一撃。直撃を喰らったライムは一気に十メートルほども突き飛ばされてしまいました。
「ううむ、今のは危なかったぞ。いてて……」
痛そうに腹をさするシモンの様子は演技という風ではありません。あの知覚不能の一撃を当てるために、わざと攻撃を受けて懐深くまで誘い込んだというわけではなさそうです。
「シモン、今のは?」
「今の? ああ、腹への変則蹴りは見事だったな。受け損なってモロに喰らってしまったぞ」
「……むぅ?」
というか、正直ライムには彼が自分が何をしたのかをキチンと理解していないように見えます。そして思い返してみれば、今の掌底以外にも同じように不可解な点がいくつかありました。
まずは昨日のお姫様だっこ。
昨日の迷宮内でのウルの様子も気にかかります。
彼女はたしか、シモンが見えにくいと言っていました。
今日の遅刻からの正拳突きもそうです。
あの技の完成度は、まるで『勇者』のようでした。
彼が自分から、あんな形で剣を手放したこともよく分かりません。
他にも決闘の開始以降、何十何百とかわした攻撃のうちの三つか四つ、絶対に当たるはずのないタイミングで打撃を受けた……ような気がします。攻撃を受けたところからの追撃こそありませんでしたが、それはシモン自身当たると思っていなかったせいで対応が遅れてしまったせいなのではないか。明確な根拠と呼べるものはありませんが、ライムの勘はそのように告げていました。
「ん。分かった。それでいい」
現時点でのライムの結論は以下のようなものとなりました。
シモンは何らかの能力に目覚めつつある。
だが、当のシモン自身はそのことへの自覚がない。
それは相手の認識能力を誤魔化す類のものである。
能力の正体が魔法か、魔力を要さない体術の類であるのかは不明。
自覚が無いなりに突然それが発動することはある。油断大敵。
「はて、どうかしたのか? 続きをやるぞ」
「うん」
ライムの推測がどの程度当たっているのかは分かりません。
が、恐らく完全な的外れというわけではないはず。
もし新能力(仮)を完璧に使いこなせたら、彼の全ての攻撃や移動を認識することが出来なくなっていたのかもしれませんが、少なくとも現時点ではそこまでの練度はなさそうです。
たしかに意識外からの攻撃を受けるリスクは驚異的ですが、対応しきれないほどではありません。こうして心構えもできました。あらかじめ覚悟が決まっていれば耐えることもできるはず。攻撃を喰らってから素早く体勢を立て直せば何とかならないこともないでしょう。
それに謎の能力にばかり気を取られて他の攻防が疎かになっては本末転倒。ライムの思考は戦闘と恋の高揚の中にありながら、実に冷静かつ的確なものだったと言えるでしょう。ですが。
「ううむ、やはり変わらぬか。こういう形で向き合えば、もしや、とも思ったのだが……」
「なに?」
「ああ。俺、この戦いを始める前に確かめたいことがあると言ったろう? ここまでの流れの中でもそれを確認していたのだが、ううむ、なんと言ったものかな。いや、間違いなく好意を抱いているとは思うのだが」
「うん?」
予想外の攻撃というのは何も物理的なものばかりではありません。
次のシモンの言葉は、ライムの精神に思わぬ深手を与えることとなりました。
「なんか、俺、お前にはドキドキしないっぽい」




