けっこん。けっとう。
ライムは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐なるシモンを除かなければならぬと決意した。
「ぷんすか」
いや、激怒というのは盛り過ぎでした。
本気で怒っている人はほっぺたを膨らませて「ぷんすか」とか言わないので。
あと、シモンが邪知暴虐ならこの世に善人は存在しません。
ですがまあ、ライムがそれなりに怒っているのは本当です。
邪知暴虐とは言えずとも、乙女心を悪気なくかき乱した罪なら数え切れません。
別にキル的な意味で除く気はないけれど、死なない程度に二、三発殴りたくはありました。事によったら二、三発が百発や千発に増える可能性もありますが、今回の場合、そのくらいは当然認められるべき権利の範疇かもしれません。
◆◆◆
けっこん。結婚。
けっとう。決闘。
「ほら、字面の印象だけならそこはかとなく似ていなくもないだろう? 広義のコミュニケーションと考えれば、どっちも同じようなものだしさ」
「え……そう、かな……? ……そう、かも?」
「いや待て、ルカ。騙されるな。絶対似てないぞ」
シモンがライムに決闘を申し込んだ翌日の午前中。現場に居合わせたレンリは、市内中央の大通りを歩きながらルカとルグに昨日の出来事について説明していました。
「まあ、こうして説明してる私も正直納得できてはいないんだけどね」
とはいえ、レンリにもちゃんと理解できてはいません。
先程の説明も、人に話しているうちに考えを整理して自分自身を納得させられないかという気持ちが半分くらいあったのですが、結局分からないものは分からないまま。むしろ考えるほど理解が遠のいたような気すらしています。
一応、昨日の時点でシモンからの説明がなかったわけではありません。
ライムとの関係を考えるにあたって、まだ少々気になっている部分がある。それをじっくり確認したいのだけれど、デリケートな問題ゆえに言葉による説明では誤解が生じる恐れがある。言葉による説明がダメならば、さて、どうすればいいでしょう?
人と人とが心から分かり合うためには、ただ仲良くするだけでは不十分。
時には衝突を恐れず本気でぶつかり合うことも必要である、と。
「それ自体はまあ分からないでもないけどさ、そういうのってあくまで物の例えであって、物理的に衝突しろって話ではないと思うんだよね」
「シモンさん、悪気はないんだろうけど結構な天然だからなぁ」
まあ普通はレンリの言う通りでしょう。
問題は、当事者の二人ともがまったく普通ではないことなのですが。
「ライムさん……困っちゃう、よね……」
「いや、そこがまたややこしくてね」
これでライムが決闘を拒否したならば、方針を改めて話し合いで理解を深める道もあったでしょう。しかし彼女も彼女でかなり独特な価値観の持ち主です。
一発のジャブは時に百万の言葉以上に雄弁に物を言う。
別にパンチでなくても、蹴りでも組み技でも魔法や武器でも構わない。
そういう物理的なぶつかり合いのほうが、口下手なライムにとってはむしろやりやすくて助かるくらいの気持ちがあったのは確かです……が、それはそれとして。
「一瞬プロポーズされたと勘違いして良い返事しちゃったのが実はかなり恥ずかしかったんだってさ。うん、今思い出してもすごく良い笑顔だったなぁ」
「あー……そ、それは、恥ずかしそう……だね」
「でも、結果的にそれで開き直っちゃったというか」
シモンの思惑がどこにあろうと、それはそれ。
決闘の場で一旦彼を足腰立たなくなるまでボコボコにして、ぬか喜びさせられたガッカリ感や気恥ずかしさの恨みを晴らす。そうした上で、もういっそ力尽くで彼をモノにしてしまおうと変な方向に覚悟を決めてしまったのです。
「それ大丈夫か? まさかとは思うけど死人が出たりしないだろうな……」
「念の為、私の判断でウル君に他の迷宮の子達も呼んでもらってるよ。本気でまずい状況になりそうなら途中で介入して止めるか、最悪死んでも死体が原型を留めてれば復元できると思うけど」
「それは……なるべく、見たくない……ね」
果たして、安全対策の出番がなくて済むのか否か。
不安にかられながら歩いていた三人は、とうとう目的地に到着しました。
学都の南端にある騎士団の訓練所。
ここがシモンの指定した決闘の場です。
「約束の正午までは一時間くらいかな。私も決闘の立会人なんて初めての経験だけど、なるべく穏便に……済まないんだろうね」




