言い間違いではありません
とうとう再会したシモンとライム。
ライムはまたもや逃げようとするも此度は阻まれ、今やしおらしく俯いて立ち尽くすばかり。シモンは彼女の心の準備が整うのを待つつもりか、優しげな目でじっと見守っています。そして。
『あれー? んー? むむーん?』
「ウル君、そんなに唸ってどうしたんだい? おっと、我々については木石とでも思って気にせず続けてくれたまえ」
そして大事な場面にたまたま居合わせたウルとレンリの野次馬二人は、特に声を潜めるでもなく成り行きを見守っていました。ウルは先程から何か気になることでもあるのか、シモンの顔を見つめては不思議そうに首を傾げて唸っています。
『ねえねえ、シモンさんはシモンさんなのよね?』
「質問の意図はよく分からぬが、まあ、俺は俺だと思うぞ?」
『我もシモンさんはシモンさんだと思うけど……うーん?』
ウルは何やら強い違和感を覚えている様子。
シモンに直接尋ねてみるも、その顔からするに疑問は晴れていないようです。
「おいおい、ウル君、どうしたのさ? 今、面白いとこ……じゃなくて大事な話の最中みたいだから邪魔をしちゃあいけないよ」
『うーん? 我にもよく分かんないんだけど、シモンさんのことがさっきから見えにくい気がするの』
「見えにくい? 別に私は普通に見えてるけど」
『それはそうなんだけど、そうじゃないの! こうやって目で見たら分かるけど、迷宮に入ってたことも目の前に来るまで分からなかったし』
ウル自身も上手く違和感を言葉にできないでいるようですが、どうもさっきからシモンの姿を認識しづらい模様です。こうして化身の身体を通して目視することはできますが、本体である迷宮そのものの観測機能が彼に対してのみ正常に働いていないとでも申しましょうか。
またウルがその気になれば本体を介さずとも、例えばレントゲン検査のように肉眼で人間の骨や内臓を見たり、鋭敏化した聴覚で血が全身を巡る音を聞き取ることもできるはずなのですが、そうした高度な感知もしにくいようです。
「だってさ。シモン君、何か心当たりはあるかい?」
「はて、心当たりと言われてもな。特に変わったことをした覚えはないが」
シモンにも特にこれといった心当たりはありません。修業を終えてから妙に身体が軽い気はしていましたが、それと迷宮の認識能力との関連性も不明です。
『世の中にはまだまだ不思議なことがいっぱいあるの。人体の神秘ってやつね』
「彼じゃなくて迷宮側の未発見の脆弱性が原因ってことはないかな? 例えば特定の体格や体質にだけ反応しにくくなるとか」
「協力を惜しむ気はないが、もしそうだとしたら俺の手には負えんなぁ」
ウルも別にそれで何か困るわけではないのですが、気になるものは気になります。ウルとレンリとシモンの三人で原因についてあれこれ考えていると、
「……あの」
「「『あ』」」
まさか、さっきのあの流れでスルーされるとは思っていなかったライムが、幾らかの冷静さを取り戻した上で三人に声をかけてきました。
◆◆◆
では、改めまして。
「さて何から言ったものかな。まずは、ライム」
「な、なに?」
「そう硬くならずに……と言っても難しいかもしれぬが、まあ聞いてくれ」
ウルの疑問に関してはまた別の機会に考えることにして、シモンとライムはひとまず先に自分達の問題に向き合うことにしました。さっきの間に僅かなりとも緊張が解れたようで、今度はライムも逃げずに踏み止まっています。話題が横道に逸れた怪我の功名でしょうか。
「話したいことは幾らでもあるが、まずは……久しいな、ライム。お前の元気そうな顔を見れて嬉しく思うぞ」
「……うん。私も、嬉しい。シモンに会えて。ずっと会いたかった」
「ああ、俺もだ。お前に会いたかった」
こう伝えるだけでもかなりの勇気を振り絞ったのでしょう。ライムは耳の先まで真っ赤になっていますが、それでもシモンと合わせた視線は外しません。
「おおっ、なかなか良い雰囲気じゃないか。ていうかさ、これもうほとんど告白みたいなものじゃない? ああ、ウル君、そこのお菓子取ってくれたまえ」
『ゴクリっ……もしかして、ここでチューとかしちゃうのかしら? なんだか我までドキドキしてきたのよ。あ、我もお菓子もう一個貰うの』
ちなみに野次馬二名は一応最低限の空気を読んで数メートルほど距離を置いてはいますが、この場を離れて二人だけにしてやる気など毛頭ありません。すぐ近くから堂々と見物する気満々で、レンリが差し入れに持ってきたお菓子の残りを摘んでいます。
「こうなると分かってたらルカ君達も誘ったのにね。一番面白そうなところを見逃すとは運がない……って、あれ? そういえばウル君も前にシモン君のこと好きみたいに言ってなかった? いいの?」
『ふっ、我を見くびってもらっては困るの。好きな人が幸せならそれでいいって思えるのが良い女、らしいのよ? あと、やっぱり我にはそういうのまだちょっと早いかなっていうか~、あとエルフのお姉さん良い人だしシモンさんを任せてもいいかな~、って』
「ヒューッ、ウル君、おっとなー!」
『ふふーん、まあ、それほどでもあるの!』
と、見つめ合う二人を肴に盛り上がっていたのですが。
「そなたら、すまぬがもう少し声を小さめにしてくれぬか?」
「ん。気が散る。今、大事なとこ」
「おっと、これは失敬」
『見物マナーは守らないといけないの』
当事者二人から注意を受けて、図々しさに定評のあるレンリやウルも流石に口を閉じました。もうだいぶ手遅れの感もありますが、なんとか頑張って真剣な空気を保ちつつ、シモンは続く言葉を口にします。
「こほんっ。では気を取り直して続きといくか。言いたいことも聞きたいことも山ほどあるが、この気持ちを伝えるためには万言を尽くしても到底足りぬだろう。だから、先に結論から言わせてもらう」
「……ん」
ここで明らかにシモンの雰囲気が変わりました。
何か、とても大事なことを伝えようとしている。
「ライム、どうか俺と――――」
「う、うん……っ」
ライムも彼の覚悟を敏感に感じ取ったのでしょう。
声音から怯えの色は感じられますが、もう逃げるつもりはありません。
彼が次に何を言おうと真っ向から受け止めようと心を決めました。
ついでにレンリとウルも手に汗を握って二人の様子を見守っています。
そして、ついに。
「どうか俺と――――決闘してくれ」
「うんっ! けっこ…………ん?」




