再会のお姫様だっこ
さて、ちょうどシモンが戻ってきた頃。
ライムがどこで何をしていたかというと、
「ん?」
第一迷宮内。
自宅からごく近い場所で修業に励んでおりました。
とはいえ、彼女一人ではありません。
『そこの我とそっちの我! 我に合わせて一斉攻撃を仕掛けるの!』
『なんで我がそっちに合わせないといけないのよ!』
『そうなの! 言い出しっぺが合わせればいいの!』
「む。隙有り」
『『『ぎゃー、なの!』』』
ライム一人とウル三人での試合形式です。
一人でも尋常ならざる戦闘力を持つウル相手では流石に無謀かと思いきや、ウル同士が戦いの要所要所で足を引っ張り合っているおかげで意外と対抗できています。
今もまた一か所に固まって自分同士で言い争いを始めた隙に、最大威力の攻撃魔法で三人まとめて消し炭にされていました。鉄が瞬時に蒸発する温度の火炎流を超高速で撃ち出す大技です。
『あー、残念。やられちゃったの』
「油断大敵」
ついさっき三人ほど消し炭になって消滅しましたが、そこらの地面が盛り上がったかと思えば何事もなかったかのように新しいウルが生えてきました。当然のように先程の身体での記憶も引き継いでいますし特に苦痛などもありません。実にお手軽です。
「正直、一人の時のほうがだいぶ強い」
『うーん、実を言えば我も薄々そんな気はしていたの。じゃあ次は一人のままで変身して強くなる方向でいってみようかしら? 背中から羽とか生やしたり……って、あら』
そんな風に二人が楽しく遊んで、もとい修業に励んでいると、知り合いが近付いてくることにウルが気付きました。
たくさんの木々に阻まれており現在位置から直接視認することはできないのですが、元より第一迷宮自体がウルの身体のようなもの。この迷宮内にいる者は文字通り彼女の掌の上にいるも同然です。気配隠しの技に長けたライムでも、本気を出したウルの感知能力には“ギリギリ”引っ掛かってしまうでしょう。
「やあやあ、やってるね諸君。差し入れを持ってきたよ」
そうしてウルが気付いてから数分後。手に菓子店の袋を提げたレンリがライム達の前までやってきました。どうやら差し入れがてらに様子を見にきたようです。
「やっぱり疲れた時には甘い物が一番だからね」
「ん。ありがと」
『わーい、いただきます、なの!』
さて、そもそも何でライムがウルと戦っていたのかというと、それにはあまり深くない理由がありました。学都周辺で修業をすると決めたまではいいものの、平和な街の近くにライムの修業相手が務まりそうな魔物などそうそういません。
数少ない比較的強めの魔物も最初の二日ほどで地域一帯から絶滅させてしまい、これはいよいよ別の土地に移って目に付いた猛者を手当たり次第にシバキ倒していくしかないかも……というところで先日の鬼ごっこのことを思い出したのです。
ウルが相手であればライムも遠慮なく本気を出せますし、うっかり大怪我させる心配もありません。正確には大怪我させようが消し炭にしようが問題ありません。修業相手には最適です。ウルとしても手加減なしに運動できるのは楽しいようで、この三日間ほどは毎日朝から晩まで殴り合って仲良く楽しく遊んでいました。
「それで、調子はどうだい?」
「ん。好調」
『我も思いっきり動けて楽しいのよ』
実際、ライムの調子は良さそうです。
少なくともフィジカル面に関しては。
「じゃあ、今度はもう逃げたりしないで済みそうかい?」
「……、当然」
「おや、なんだか変な間があった気がするんだけど」
「気のせい。私は逃げも隠れもしない」
一方、メンタル面の仕上がりに関しては未知数。
ライムは平気そうに振る舞っていましたが……、
「そうか、そうしてくれると助かる。なにしろ、この前のように逃げられてはロクに話もできんからな」
「ん?」
「おや?」
『あれ? え、あれれ?』
突如、会話に入ってきた聞き覚えのある声。驚くべきことに、迷宮そのものであるウルも今の今まで彼の存在に気付いていませんでした。
「おお、ライム。俺だ。今帰ったぞ」
「……っ!?」
唐突に現れたシモン本人を前にしては、口先だけの強がりなど一瞬で吹き飛んでしまいます。またもやライムは頭の中が真っ白になってしまいました。前回と同じく半ば反射的にクラウチングスタートの姿勢を取って逃げようとしたのですけれど……結論から言うとそれはできませんでした。
「こらこら、人の顔を見るなり逃げようとするでない」
「え、シモン? 今……あれ?」
ライム本人も今の瞬間にどうしてそうなったのか分かりません。
彼の動作を目で追うことすらできませんでした。
身を伏せて駆け出そうとしたはずが、気付いた時にはシモンの両腕にすっぽり抱きかかえられていたのです。いわゆる、お姫様だっこの体勢と言えば分かりやすいでしょうか。
ライムのみならずレンリやウルも状況に理解が追い付いていないようで、呆然とその様子を眺めています。人に見られている恥ずかしさから、時間が経つにつれてライムの頬がみるみる赤くなってきました。
「シ、シモン。これは、恥ずかしい。下ろして……」
「ああ。だが今度は逃げないと約束してくれるか?」
「……うん」
とうとう観念したようです。
シモンの手から解放されたライムは顔を赤くしたままじっと俯いてしまいました。




