やはり修業、修業はすべてを解決してくれる……!
ライムに聞くべきことは色々あります。
が、まず最初に前提の共有をしておくべきでしょう。
「やあやあ、事情は聞いているよ」
「事情?」
これだけではライムもどう反応すべきか分かりません。きょとんと小首を傾げていたのですが、続くレンリの言葉を受けて一気に顔色を変えました。
「ライムさん、キミ、シモン君のことが好きなんだって?」
「す!?」
これまで平静を保っていたライムの顔が目に見えて赤くなりました。
一応、レンリとしてはシモンの勘違いや自意識過剰という可能性も0.1%くらいは考えていたのですが、この反応でその目は完全に消えたと考えていいでしょう。
「念の為、言い逃れる道を塞いでおくとしようか。この場合の好きとはライクじゃなくてラブのほう。つまり単なる友情ではなく男女間の恋愛感情という意味だね。いや、別に否定するならするで構わないとも。キミが彼のことをそういった意味で全然好きではないとあくまでも主張するのなら、そうだね、こちらから彼にそう伝言しておいてあげようか。そんな可能性はあり得ないよ、って。キミにそういう意図がないなら別に何も困りはしないだろう?」
「む、うぅぅ……!」
「ああ、そうだ。もしルカ君の拘束を振り解いて逃げ出したり何らかの抵抗をした場合も、同様の返答をしたと解釈させてもらおうか。このまま沈黙を貫いた場合も同じくね。ふふふ、さあ早く認めて楽になりたまえ」
如何に戦いが強かろうと無関係。
言葉でのやり取りでライムがレンリに勝てるはずがありません。
昨日シモンに対してしたように、物理的に逃走して返答を誤魔化す手も先んじて潰されてしまいました。念の入ったことに黙秘権まで封じられています。
「ずるい」
「ははは、そう褒められると照れるなぁ。それで?」
「…………好き」
流石のライムもとうとう屈服したようです。
途中までは逃げる隙を窺うような気配もありましたが、もうその心配もないでしょう。逃げたら何を言いふらされるか分かったものではありません。ここまでライムを抱きしめるように拘束していたルカも手を離しました。
「あの……ライムさん、実は……昨日」
ここでルカがライムに昨夜シモンから相談を受けたことを明かしました。
レンリに一方的にやり込められるライムを見て気の毒になったようです。
あとはまあ誤解も防ぐ意味合いもあるでしょうか。前々から密かに相談を受けていたルカが皆に秘密を洩らしたのではないと知らせておく必要もありました。
「ライムさん、せっかくシモン君が気持ちを察してくれたっていうのに返事をする前に逃げちゃったんだって? ふふふ、意外と臆病というか残念というか。彼のほうはすっかり愛情に目覚めて前向きな交際を考えていたというのに。そこで踏み止まっていれば今頃はもう二人でラブラブだったんじゃないの?」
「ほ、本当っ?」
「いやまあ、それは嘘なんだけどさ。それだけ食いつきが良いと話を盛った甲斐があるというものだよ」
「むぅ。嘘は良くない」
「ははは、ごめんごめん。でも流石にそれは言い過ぎにしても、彼としても決して悪い感じはしなかったと思うよ。方向性はともかく、彼、めちゃくちゃキミのこと好きっぽいし。疑うならルカ君達にも聞いてみたまえ」
これまであまり機会がなかったせいかレンリの悪い癖が出てしまっています。散々ライムをからかって遊んでいますが、しかし台詞の後半に関しては本当です。ルカやルグが見た限りでも、シモンの抱いている好意は非常に強く感じられました。
また正確な正体は彼自身分からないようでしたが、彼のライムに対する気持ちは他の皆に対する友情とは異なる類のものらしい。それも捉えようによってはプラスの判断材料として働く情報でしょう。
「でも、そこから先が私達には分からなくてさ」
「なに?」
まあ、この辺りまではまだレンリ達の理解の及ぶ範疇なのです。
「彼、料理屋を出たその足で職場に寄って休暇の申請をして、そのままどこかの山に籠って修業をするつもりだったみたいで……って、私も自分で言ってて全然意味が分からないけど」
「山籠もり?」
「うん、最初は何かの聞き間違いかとも思ったけど」
しかしそこから先、どうして彼の出した結論がアレなのかは一晩経っても三人にはちっとも分かりませんでした。そして分からないといえばライムの行動も分かりません。
「そういえば話をだいぶ戻すけど、ライムさんも何故いきなり昨日の件から一晩経っていきなり武者修行の旅に? 私は寡聞にして知らないんだけど、恋愛に行き詰った武術家の間にはそういうマイナーな奇習でもあるの?」
「ん……分からない?」
「え?」
「ん?」
が、どうもライムの反応は三人と違います。修業や山籠もりという、およそ恋愛とは無関係に思える言葉の数々にも疑問を持っている様子がありません。
レンリ達の無理解をライムも察したのでしょう。
その辺りの関係性を分かりやすく説明してくれました。
「私は……昨日、逃げた」
「うん、そうだね」
「それは私の心が弱かったから」
「ふむふむ、続けて」
「だから修業で心の強さを手に入れる。以上」
どうやらライムの中では明確に論理が繋がっている様子。
普段とは違う環境を巡って目に付いた猛者を片っ端から何十何百と倒して回れば、昨日と同じような状況に陥っても逃げ出さないハートの強さを得ることができると確信しているようです。
修業という行為そのものへの信頼、いえ信仰とでも言いましょうか。
あるいはそれは狂信の域にまで達しているかもしれません。十分な修業を積めば世の中の問題は大体全部どうにかなる、と。事の真偽はさておき強い確信があるのでしょう。ですが。
「いや以上じゃないよ、異常だよ。ほぼ通り魔だよ」
「むぅ」
「こらこら、むぅ、じゃないよ。むぅ、じゃ。ほっぺたを膨らませてもダメなものはダメ」
当然、レンリの反応はこのようになりますが。
ライムは不満そうな顔をしていますが、そんな理屈に無理矢理付き合わされて通り魔めいたエルフに襲われるかもしれない各地の武術家を思えば、ここで見逃すわけにもいきません。
もしかすると中には同じ論理に付き合ってくれる奇特な武術家もいるかもしれませんが、たとえ相手の合意があっても加減を誤れば事件性が発生する可能性を否定できません。
「あの……シモンさん、も……同じ、感じ……です?」
「うん。多分」
「彼もあれで結構な脳筋みたいだしね。立場上、流石に行く先々で傷害事件を起こすような真似はしないだろうけどさ」
シモンの場合は心の強さを得るためではなく、心の迷いを断つことが目的だと言っていましたが、行動の本質的には恐らく似たようなものでしょう。
「私のためにシモンが山籠もり……ふふ」
「あれ、今何だかキュンときてた? 山籠もりに心がときめく要素ある?」
脳筋の脳筋による脳筋のための恋愛論。
これは最早、感性の違いとして受け入れるしかなさそうです。
フィジカルの鍛錬が恋愛の進展にどう影響を及ぼすのか、結局レンリ達に理解することはできませんでしたが、共感はできずともどうにかこうにか無理矢理に呑み込みました。
「とりあえず、人間じゃなくて魔物と戦う分には大丈夫だと思うから。あと、長くても一週間くらいで彼も帰ってくるはずだから、修業ならすぐ帰れる近場でやるようにしたまえ」
「ん。分かった」
と、どうにかライムとの約束を取り付けました。
これで各地で武術家ばかりを狙う通り魔事件が起こることは防げるでしょう。
そうして最低限自分達に出来ることを済ませたレンリ達は、妙に疲れたような顔でライムの家を後にするのでした。




