説明を要求する!
翌日。
「うーん、どうしてあの流れで山籠もりに行っちゃうかな?」
レンリとルグとルカのいつもの三人組は、まだ朝のうちから騎士団本部を訪ねていました。昨夜、突如山に籠って修業をすると言って立ち去ったシモン。彼の言葉を疑っていたわけではないにせよ、内容に関しては耳か正気のどちらかを疑いたくなるものでした。三人はその真偽を確認するために来たのです。
「休暇……一週間……だって、ね」
「ちゃんと手続きを済ませてから出発するあたりは『らしい』けど、流石に騎士団の人達も驚いてたみたいだな」
確認した結果、シモンは確かに昨夜急遽やってきて一週間分の休暇申請の手続きを済ませていたようです。昨日の夜勤の当番が何人もその様子を目撃していました。
本来は部外者にこのような情報を明かすことはないのですが、なんだかんだとレンリ達は騎士団ともずいぶん馴染みが深くなっています。もうほとんど関係者みたいなものでしょう。顔見知りの職員にちょっと尋ねるだけで簡単に教えてもらうことができました。
当然、騎士団の職員達にも少なからず動揺が見られました。
団長であるシモンがいきなり一週間も留守にすることになったのです。多少の混乱があるのは仕方がない……とはいえ、仕事面に関しては正直それほどの問題でもないのです。
書類上の手続きや業務内容の引き継ぎそのものはキチンと成されていました。昨夜、レストランを後にしてから真夜中までかけて必要な作業を全て済ませたのでしょう。シモンがいなければ絶対にできない仕事なども当面はありません。
ならば騎士団員達は何に対して動揺していたのかというと、まさに彼が休暇を申請した理由について。昨夜、当直の職員に事情を聞かれたシモンは、なんと馬鹿正直に自分とライムとの関係を見直すため山籠もりに行くと答えていたのです。
どうして山籠もりなのかはレンリ達と同じく誰も分かりませんでしたが、一応それでも恋愛の話題ではあるはずです。先日のレンリとの件が誤解だったとは周知されてきましたが、今回はどうも誤解ではないらしい。少なくともシモンが真剣に考えている風であることは、実際に話した者達には一目瞭然の様子だったようです。
「それで皆、朝っぱらから彼とライムさんとの恋愛話三昧と。いや私も人のそういう話は別に嫌いじゃないけどさぁ」
「シモンさん、これまでずっとそういう話と無縁だったみたいだしな」
「すごく、注目……されてた、ね」
シモンに関しては言うまでもなく、ライムもこの街の騎士団ではよく知られた存在です。以前には外部講師のような形で武術の指導をしたり、狩ってきたクマやイノシシなどを差し入れることもありました。まあ全般的に見れば好意的な印象を持たれていると考えていいでしょう。
近頃はシモンが毎日のようにライムの手作り弁当を持参していたことから、一部の職員の間では既にそういう推測があったようですが(シモン並に鈍くなければ普通は込められた意図を察するものです)、シモン本人の口から彼女との関係を真剣に考えているという旨の発言が出たことで一気に話題が広がった模様です。
今朝の段階ではまだ本部建物内に留まっていましたが、この調子だと噂が街中に広がるのも時間の問題かもしれません。
「それでどうして山籠もりなのかはやっぱり誰も分からないみたいだったけどね。どこの山か分からなければ探して連れ戻すってわけにもいかないし……さて、どうしよう?」
レンリ達にとって今回の件は、積極的に関わって解決に動かなければならないような義務はありません。もちろん友人として当事者の双方が納得できる結果に終わって欲しいという気持ちはありますし、出来ることがあれば協力するのもやぶさかではないとも思っていますが、当事者の片方であるシモンはどこかの山に行ってしまい行方が分からない状況です。
申請した休暇の日数からして長くとも一週間ほどで帰ってくると予想は付きますが、それまで何もしないで待つばかりというのも据わりが悪い。
「えと、ライムさん、の……様子、見に……?」
「うん、まあ、一応顔を見に行ってみようか。昨日聞いた感じだと会えるかどうか分からないけどさ」
というわけで、騎士団本部を後にした三人は第一迷宮にあるライムの自宅へと向かうことにしたのです。
◆◆◆
昨日はシモンに真意を尋ねられて逃げ出してしまったライム。
その時の様子を聞いていたレンリ達は、もしかすると自分達からも逃げてしまうのではと考えていたのですが、結果的にその心配は杞憂に終わりました。
レンリ達が到着した頃、ちょうど今から外出しようと支度をしているらしきライムに出くわしたのです。入れ違いになる前に会えて幸運だったと言えましょう。なにしろ、このタイミングを逃していたら次に会えるのは何日後になっていたか分かったものではありません。
「ん?」
逃げるどころか実に堂々としたもの。
少なくとも落ち込んで臥せっているような状態ではなさそうです。
この場合、だから正常であるとも言い難いのですが。
「あの……こ、こんにちは……ええと……?」
「やあ、ちょっといいかい? その、それ、何?」
ルカやレンリが疑問を口にするのも無理はありません。
ライムは以前から好んで着ているような動きやすい服装……はいいとしても、その背中にはちょっとした岩ほどもありそうなサイズの大きなリュックサックを背負っています。
中身がパンパンに詰まっているのが一目で分かるほど膨らんでいて、かなりの重量がありそうです。何故かバーベルの棒らしき金属棒がリュックの口から何本も飛び出していました。
「ええと……どこか、旅行です……帰省、とか?」
「違う。でも近い」
まるで今から長期旅行にでも行くかのような大荷物。
実際泊りがけで出かけるつもりではあるのでしょう。
しかしライム曰く、遊興のための旅行とは別物のようです。
「目的地はない。でも目的はある」
「は、はあ……? よく、分からない……です、けど」
ルカが質問をしてみるも中々要領を得ません。
ライムは昨日シモンと出かけた際にその真意を問われて、しかし答えることが出来ずに逃げ出してしまったはず。それが何故、今日になって旅支度をしているのか。そう、答えは一つしかありません。
「武者修行」
「なるほど、むしゃむしゃ…………え、むしゃ……なんて?」
「修行」
それが自明の理であるかのようにライムは語ります。
が、聞いている側にはさっぱり呑み込めません。
つい昨夜にも同じような経験をしたばかりの三人ですが、相変わらず脳が理解を拒むかのような意味不明の発言です。どうして現在の状況が修業と繋がるのでしょうか?
「つまり、そういうこと。じゃ」
「え、あの……つまり、ど、どういう?」
ライムはもう必要な説明は終えたとばかりの態度。そのまま大きな荷物を背負って歩き出そうとしましたが、流石にこのまま黙って見送るわけにはいきません。キチンと分かるように説明してもらわなければ当分頭がモヤモヤしてしまいそうです。
「ルカ君、確保だ!」
「あ、う、うん……っ!」
「ん?」
レンリの指示を受けたルカが咄嗟にライムに抱き着くような形で動きを止めました。大きな荷物があるせいで流石のライムも避けられなかったのでしょう。ルカの腕力でがっちり組み付かれてしまっては、そう簡単には振り解けません。無理に動けば背負っているリュックサックが壊れてしまいます。
「むぅ?」
ライムは何故ルカ達が自分の邪魔をするのか分からないという不満気な顔をしていますが、そんな彼女に臆することなくレンリは告げました。
「こら、もっとちゃんと説明をしてくれたまえ! 頼むから!」




