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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十章『恋愛武闘伝』

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シモンの決意:立志編


 シモンもライムのことが好き。

 それ自体は間違いないでしょう。

 もう相当な好きっぷりです。


 が、その好意は果たして恋愛感情なのか否か。

 それが分からないうちに付き合うだの合わないだの言うのは誠意に欠ける。そんな面倒臭いことを言い出したシモンの話を、レンリ達は半ば呆れながら聞いています。



「そなたらとは既に面識があるから言ってしまうが、実は俺はアリスに惚れていたことがあってな。だから一応、恋愛感情が如何なるものかは身をもって知っているつもりだ」


「アリスさん……綺麗な、人……ですよね」


「うむ。なにしろ初めて見た瞬間に一目惚れをしたからな。まあ色々あった末に告白してスパッと振られたが」


「一目惚れとは意外と面食いだね。たしかあの家の子達が今四歳くらいだから結婚したのがそれより前として……ええと一つ聞くけど、ちなみにその時シモン君は何歳くらいだったんだい?」


「あれは……たしか俺が六歳くらいの頃だったか」


「六歳かー……正直、その年頃の感覚って今現在の参考になるものかな? いや子供なりに真剣だったんだろうし侮辱する意図はないけど、古い記憶って過度に美化や誇張が入ってることが結構あるものだよ?」



 レンリの指摘は厳しいものですが、客観的に考えれば十数年も前の年齢一桁の頃の感覚を頼りに現在の重大事を判断するというのもおかしな話。シモン本人としては明瞭に覚えているつもりでも、知らず知らず当時の恋愛感情を過大に美化しているという線はそこそこありそうに思えます。

 過去の大事な記憶を神聖視するあまり現在の問題を正確に捉え損なっているとすれば、本当は恋愛的な意味で好きなのに、これは恋愛感情ではないのだと誤認していることになる。もしそんな風になっているのだとしたら大変に間の抜けた話です。



「ううむ、そう言われてしまうと俺としては絶対に違うとも言い切れぬが……」



 レンリの説には根拠があるわけではありません。

 あくまで一般論として、そういう記憶違いは起こり得るというだけ。

 なのでシモンが恋愛感情というものを無意識に重く考え過ぎていると決まったわけでもないのですが、これ以上は肯定するにも否定するにも材料が足りません。



「あ、あのっ……他に、考えること……あると思うん、ですけど」



 と、ここで意外にもルカが積極的に新たな方向性を示しました。

 この場にいる面々の中でも、彼女だけは一足先にライムの秘めた気持ちに気付いてあれこれと手助けをしていました。その事情についてはライムとルカの秘密ということになっているので明かしはしませんが、ラブ師匠としては色々思うところもあるのでしょう。



「ライムさん、今日……アリスさんみたいな、恰好……してたんですよね?」


「うむ。あの二人は体格や髪の感じが近いからな。分かってはいても一瞬見間違えるくらいに似ていたぞ」


「それで、シモンさんは……どう、思いました?」


「どう、というと、だから似ているな、と」


「他の誰かと、似てるかどうか、じゃなくて……えと、好みのタイプだな、とか……そうじゃないな、とか……あの、そういうやつ、です」



 比較対象となる誰かに似ているかどうかではなく、純粋にライムを一人の女性として見た場合にどう思うのか。ルカが聞きたいのはそういうことのようです。

 幼い頃のシモンがアリスに一目惚れしたのなら、よく似た容姿のライムを好きになってもおかしくない。というか、振り返ってみればライムにはまさにそういった狙いがあったのでしょう。その姿を見てはいないレンリ達にも容易に意図が想像できます。連日の手作り弁当などと合わせ、数時間前、シモンが「もしや」と気付くことになった材料の一つでもありました。


 が、シモンが一目惚れをしたのは先述のような幼い時分。

 それから十数年も経てば異性の好みが変わることもあり得ます。もし仮に現在のシモンのストライクゾーンが肉付きの良い妖艶な色気たっぷりのタイプを向いているとすれば、ライムは非常に苦しい戦いを強いられることに……。



「いや、それはない」



 見るからに妖艶なタイプはシモンの好みではない様子。

 どうやらライムの命運は繋がったようです。



「アリスとの比較ではなくライム一人を見てどう思うか、か。それはまあ普通に……いや普通よりもだいぶ、その、あれだ……かなり可愛らしいと思うが。率直に言えば、好み、だと思う。多分」


「多分は……要らない、ですよ……ね?」


「う、うむ。いや、なんというか今までそういう観点であいつを見たことがなかったのでな。改めてそういう目線で考えることに何やら罪悪感があるような……」


「それは形はどうあれキミがライムさんのことを大事に思っているからこその気持ちだろう。でも大事に思えばこそ、あえて深く踏み込んで考えるべき場面もあるんじゃないかな」


「そういうものか? 言われてみればそんな気もするが……むむ」



 どうやらルカの作戦はシモンにかなりの効果があったよう。他者との比較ではなくライム一人に意識を向けて考えさせた結果、シモンの精神を大きく揺さぶることに成功しました。

 ほとんど結果の見えている話に付き合うのがだんだん面倒になってきて、適当に良さげなことを言って合わせているだけのレンリの話術も追い打ちとして働きます。



 あと一押し。

 今現在シモンには、もしかして自分は恋愛的な意味でライムが好きなのかも、という迷いが生まれていることでしょう。ぐらぐらと心が不安定に揺れている状態です。

 もうほんの少しだけプラスの判断材料を与えてやれば「好きかも?」が「好き」という確信に変わるのも時間の問題。声には出さずともシモン本人を除くルカ達の見解はそう一致していました。



「うむむむむ……うむむむむむむ……むむむむむ……」



 シモンは食事にも手を付けずに腕組みをしながら唸っています。

 もう放っておいても一人で答えを出せるかもしれません。


 そして。




「……よし! 決めた、俺は決めたぞ!」



 シモンは一息に目の前の皿の残りを空にすると、すっくと立ち上がりました。全員分の勘定をテーブルに置き、何かしらの重大な決意を秘めた目で皆に告げます。



「すまぬが俺は大事な用事ができた。呼び出しておいて悪いが、今日はこれで失礼させてもらう。皆はゆっくりしていってくれ」


「それは構わないけど、まさか、今すぐ行くのかい?」


「うむ。そのつもりだ」



 声音からもシモンの決意の固さが伝わってきます。今すぐに行動を起こすというのは流石にレンリ達の想像を超えていましたが、彼がそうすると決めたのなら信じて送り出すだけです。



「が、がんばって……くださいっ」


「ありがとう。何日かかるか分からぬが必ず成し遂げてみせよう」


「何日? ああ、さっきの今だし一筋縄じゃ捕まらないかもしれないしね」



 この辺りでレンリは少々の違和感を覚えたのですが、もしライムが逃げようとするなら会って話をするのに時間がかかるかもしれないから、という風に解釈して流してしまいました。まあ、その誤解は直後に解けることになったのですが。



「ひとまず職場に寄って諸々の引き継ぎと有給休暇ユウキュウの申請をしたらすぐに発つ。俺は……山に籠って修業を積み、必ずやこの心の迷いを晴らしてみせる! では、さらばだ!」



 レンリ達が止める間もありません。

 突拍子もない言葉の意味を頭が呑み込むまでにだいぶ時間がかかってしまい、我に返った時にはとっくにシモンの姿は消えていました。



「え、あの……え……なんで、山?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 告白で山籠り? いや、普通に会いに行って告白すればいいのに…… もしかして精神面の修行かも?煩悩や邪念を取り払って純粋に告白をする? [気になる点] あの頃、ライムに半殺しにされたとは皆…
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