めちゃくちゃだいすき
「ライム。お前、俺のこと好きなのか?」
夕暮れ時の道端にて。
シモンは確かにそう問いました。
そして――――。
◆◆◆
そして、およそ二時間後。
「……と、そういうことがあったのだ」
「いやいやいや、肝心なのはその後だろう? そこを省略しないでくれたまえ」
シモンは、レンリとルグとルカの三人組と一緒に市内の料理店の個室でテーブルを囲んでいました。ちなみに、この場にいるのは四人だけ。ライムの姿はありません。大事な相談事があるからとシモンが急遽三人を呼び出したのです。
「俺としてもその後について話したいのは山々なのだが、聞いたらライムの奴、そのまま一言もなしに逃げ出してしまってな」
「へえ、意外と可愛い反応だね。ちなみに後を追いかけたりはしなかったのかい?」
「いや、それが出来ればそうしていたかもしれぬが、ほれ、さっきも軽く説明したと思うがウル達と遊んでる時に出した超音速のダッシュな。アレで視認不可能なスピードで空中をカッ飛んで逃げられてしまっては、追いかけるにしてもどこに行けばいいのやらでな」
「ううむ、まさかあの意味不明な件が伏線だったとは思わなかったよ」
シモンの決定的な質問に対してライムがどう反応したかというと、まさに今の会話の通り。突然のことで動揺してしまったからか、なんと彼女はあの場から逃げ出してしまったのです。クラウチングスタートからの超音速で。視認不可能な速度で逃げられてしまっては追うこともままなりません。
家に先回りして待ち伏せするような手も、もし向こうに会う気がないなら無意味。待ち伏せの気配を気取られた時点で警戒し、それ以上近寄ってはくれないでしょう。他の場所ならまだしもライムの縄張り内では圧倒的に彼女に分があります。
「改めて聞くと、なんだか野生動物みたいな人だね」
「うむ。まあ否定はせぬ」
レンリは率直な感想を述べました。
シモンは率直な見解で返しました。
「いやでも、野生動物なら余計なことをゴチャゴチャ考えずに、もっとシンプルに生きられるか。まさかライムさんがそうだとはね」
「いや、まだ返事を聞いてない以上確定したわけでは……逃げる間際に小さく頷いたように見えなくもないような気もするが……だが俺の見間違いかもしれぬしな……」
「そんなの、そこで逃げたこと自体がもうほぼ答えみたいなものだろう?」
「そういうものか? ううむ……」
今日の出来事について一通り聞いたレンリは、もう完全にライムがシモンに気があることを確信したようです。当のシモン本人はまだ自分でも信じ切れていないのですが、そこは他人事の気楽さ、あるいは一歩引いて見られる客観性ゆえでしょうか。
「しかし意外な話だね。私は全然気付かなかったよ。ねえ、キミ達?」
と、ここでレンリが同席していたルカとルグに話題を振りました。
ここまで聞き手に徹していた二人はというと、しかし。
「あ、ええと、その……実は、知ってた、よ?」
「ああ、俺もしばらく前からなんとなく気付いてたぞ」
ルカは当然とっくに知っています。
なにしろ恋の先生役としてライムにあれこれ協力していたのです。
その件は秘密ということになっているので、この場で明かしはしませんが。
「え、気付いてなかったの私とシモン君だけ? いやいや、ルー君。いつからそんな女心への察しが良くなったのさ? ルカ君の前だからって変な見栄を張らなくてもいいのだよ?」
「見栄じゃないっての。いつからかっていうと、まあ、ルカと付き合い始めてからかな? ライムさんがシモンさんを見る目が、なんていうか付き合う前のルカに似た雰囲気があるような気がして」
「女心への理解度でルー君に負けた!?」
まあ女心への理解度でルグに負けたレンリのことは置いておきましょう。
なにしろ今回はシモンの相談を聞くために集まっているのです。
話しているうちに幾らか時間も経ち、注文した料理もやってきました。
四人は運ばれてきたパスタやら肉料理やらに手を付けつつ話を続けます。
「それで結局、俺はどうしたらいいのだろうか?」
「どうって、キミの好きにすればいいだけじゃないの? もう面倒臭いからライムさんにその気があるものと仮定して話すけど、シモン君が彼女を憎からず思っているなら付き合えばいいし、そうじゃないなら可哀想だけど振ればいい。それだけの話だろう?」
「それだけの話、なのか?」
「レンの言い方はちょっとシンプルすぎる気がするけど、間違ってはないか」
「うん……結局は、その通り……なんじゃ、ないかと」
問題は、シモンがライムをどう思っているのかどうか。
好きか、嫌いか。
それについては、あえて考えるまでもないでしょう。
「シモンさん……ライムさん、を……どう、思ってるんです? 好きか、嫌いか……」
「どう、と言われてもな。それはまあ当然好きだが?」
シモンの答えに迷いはありません。
実にあっさりと即答しました。
「あれほど俺のことを理解してくれる女は世に二人といないだろうな。それこそ母上や姉上達、アリスやリサ以上に俺のことを理解してくれていると思う。口数が少ないせいで誤解されることもあるが優しい心根の持ち主だし、あの常からの向上心には純粋に尊敬を覚える。急なことで戸惑いはしたが、もしライムが本当に俺を好いてくれたというのなら……うむ、それはとても嬉しいことだ」
「は……いやいやいや、超好きじゃん。え、わざわざ私達に相談する必要あった?」
めちゃくちゃ大好きでした。
あまりにストレートに好意を口にするものだから、思わずレンリも食事の手を止めて呆れ返ってしまったほどです。
「じゃ、じゃあ……あとは、ライムさんに伝えれば……全部、解決?」
「どうなんだろ。多分、そういうことになるのか?」
逃げ出してしまったライムの気持ちも時間が経てば落ち着くでしょう。
あとは数日程度置いてから今言った通りにシモンが伝えれば万事解決。
……と、それで済むならシモンもわざわざ相談を持ち掛けたりはしていません。
「いや、待ってくれ。たしかに好きは好きだが違うのだ」
「違う、って何がだい?」
「うむ、好意と一口に言っても色々あるが、ライムに対してのソレがどういう種類のものなのか。改めて考えてみると自分でもよく分からんのだ」
シモンは恋愛感情がどのようなものかを実体験として知っています。
しかし、彼のライムに対する好意はそれとは何かが微妙に違うように感じられるのです。
それでいてレンリ達に対するような普通の友情とも異なる何か。
「その辺りの正体がハッキリしないうちに軽々に返事をするのは、ライムに対して不誠実というものであろう。向こうが真剣な気持ちであるなら、こちらも出来る限り真摯に応えねばなるまい」
シモンの言葉を聞いたレンリ達は「この人、めちゃくちゃ大好きだな」と思いました。




