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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
十章『恋愛武闘伝』

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変なシモン


 およそあらゆる物事は、見様によって大なり小なり姿が変わるものです。


 思い込み、信念、疑念、親愛、嫌悪、善意、悪意。

 そうした濁りは誰の心にも存在して本質を捉える邪魔をする。

 そして厄介なことに、多くの場合、ヒトは自分の中にそのような濁りがあると気付けない。


 他人はもちろん自分自身についてすら。

 よく見知っているはずの相手に、否、よく見知っている相手だからこそ、自分の思いも寄らぬ側面があるなどとは考えもしない。

 なにしろそうした心の動きは、他でもない自分自身が無意識のうちに「あえて考えるまでもない当然のこと」とした思考の前提。己が思考の前提を疑うのは誰にとっても簡単なことではないでしょう。先入観というのは斯様に強固で気付きにくいものなのです。



 ――――しかして。


 時に何かの弾みで、ふと、気付くことがないわけではありません。

 自分はこのような先入観で目が曇っていたのでは、と。

 ほんの些細な偶然をキッカケに、自分の心の有り様を、そして近しい誰かの気持ちを見直すことが決してないわけではないのです。







 ◆◆◆







 変だ。



「ははは、さっきの店は意外と当たりだったな、ライム」


「ん。美味」


「うむ。名状しがたいタコっぽい何かのアヒージョだの、カニだかエビだかよく分からん羽の生えた甲殻類のオーブン焼きだの、メニュー名で無駄に不安にさせられたが味は良かったな。結局、食材が何かは全然分からんままだったが」



 変だ。

 何かがおかしい。

 先程、公園を離れてからライムは説明しがたい違和感を感じていました。



「ライム」


「なに?」


「いや食事も済ませたし、この後どうしようかと思ってな。何かリクエストはあるか?」


「特にない、けど」



 なんというか、シモンとの距離感がおかしいような気がするのです。

 たとえば今などは普段と同じように話していましたが、



「ああ、そうだ!」


「な、なに?」



 急にシモンが長身の身体を屈めて顔を寄せてきました。

 もう二、三十センチも近付いたら彼我のおでこがくっ付いてしまいそうです。

 無論イヤではないにせよ、ライムとしては嬉しく思う余裕もありません。内面の動揺を隠しながら話を合わせるので精一杯。



「この前、部下に勧められたアイス屋が向こうの通りの先にあったのを思い出してな。食後のデザートというのはどうだ? 少し歩くが腹ごなしにはちょうど良かろう」


「ん。それはいい、けど」



 かと思えばライムが頭を切り替えるより先にどんどん歩いて先に行ってしまいます。距離を詰めてくる一方というわけではなく、このように離れることもあり。



「おお、あれは!」


「な、な、なにっ?」


「うむ。そこの店に置いてあるリボンの色合いがライムの髪に似合いそうだと思ってな。迷惑でなかったら贈らせてもらって構わぬか?」


「う、うん。それはいい、けどっ」



 そして、またもや不意打ちのようなタイミングで顔を寄せてプレゼントの申し出をしてきました。鮮やかな若葉色の布地に花柄の刺繍が入ったリボンは、たしかにライムの金髪に似合いそうではあります。

 が、突然すぎるタイミングといい短時間での距離感の急変といい、異様な不自然さが先に立ってしまい、とても素直に喜ぶような気になれず。ライムの心臓はさっきから急なドキドキと平静の繰り返しで大忙し。普段から走り込んで心肺を鍛えていなければ体調を悪くしていたかもしれません。



 その後もずっと同じような繰り返し。

 急激に距離を詰めては離し、詰めては離し。話す内容自体は普段のシモンと変わらないのですが、それがかえって違和感を強くしていました。


 変だ。

 絶対おかしい。


 最初のうちは偶然や考え過ぎを疑っていたライムですが、流石にそれで説明できる範囲を通り越しています。シモンには何らかの思惑があってそうしているはずですが、一体どのような理由によるものか。あれこれ想像はできますが、結局彼に聞いてみないことには分かりません。



「シモン」


「うむ、どうかしたか?」



 いつしか時刻は夕暮れ時。

 色々な店を巡り、街のあちこちを歩き回ったはずなのに、後半はほとんどライムの記憶にありません。せっかくのチャンスだったはずなのに、楽しんだり喜んだりする余裕もありませんでした。元々の目的に関しては次の機会を待つとしても、せめて、そうなってしまった理由だけでも知っておきたいところです。


 幸い周囲の道に人影はありません。

 余人にプライベートな話を聞かれる心配はないでしょう。



「今日のシモン、変」


「はて……俺、そんなに変か?」


「ん。すごく」


「ううむ、まあ、変か。変だな。流石に不自然だったか」



 なので、ライムは正直に聞きました。

 シモンとしても問われてなお隠し通すつもりはなさそうです。



「いや、すまぬ。ちょっと確かめたいことがあってな」


「確かめる?」


「うむ。なにしろ、これまで考えたこともなかった話だからな。俺の思い過ごしかとも考えたが、話題が話題だけにいきなり尋ねるのも憚られたというか、それで探りを入れてみたというか」


「話題?」



 ライムにはシモンが何を言わんとしているのか分かりません。

 というよりも、シモンがあえて曖昧な言葉を選んでいるのでしょうか。



「ああ、ええと、なんというかだな。もし違っていたら俺の自意識過剰と笑ってくれていいのだが。でも改めて考えてみると心当たりは山ほどあるし、それで全然気付かないとか申し訳ないやら自分に呆れるやらで、まあ、つまり…………アレだ」



 しかし、事ここに至っては最早誤魔化すべきではありません。

 シモンはいよいよ覚悟を決めて、その気付きを口にしました。



「ライム。お前、俺のこと好きなのか?」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 直球シモン しかもシラフなのがいい! まあ、酸素欠乏症にかかってダンベルとかをライムに手渡たしたりはしないだろう [気になる点] いまごろライムは顔を真っ赤にして頭から蒸気をだしていそ…
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