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風の魚亭


 学都東端の水晶河沿いで営業する料理店『風の魚亭』。

 風雅な景色を眺めながら食べる魚料理はどれも絶品。

 なおかつ、庶民でも奮発すれば利用できる良心的な価格ゆえに、若い男女のデートスポットとしても人気があります。


 当然、昼時ともなると長時間並ばなければ入れないのですが、



「シモンさん、予約でもしてたんですか?」


「いや、そういうワケではないのだがな……」



 シモン率いる一行が案内されたのは、他の客が食事をするフロアから離れた貴賓室なる部屋でした。壁に掛けられている絵画や、花が活けられている花瓶なども見るからに高価そうで、高級店に慣れていないルカやルグは落ちつかなさそうにソワソワしています。



「気を遣わぬように言っているのだが、ここのあるじが何かと融通を利かせてくるのだ。まあ、あまり厚意を無碍にするのも悪いしな」



 普通の利用客は存在すら知らない貴賓室。

 この空間は、いつ来るか知れない上客の為に普段からわざわざ空けてあるようです。



「失礼致します」



 一同が席に着いた後、ピシッと背筋の伸びた紳士が部屋を訪れました。



「本日はようこそいらっしゃいました、皆様。私共一同光栄の至りでございます」


「うむ。相変わらず繁盛しておるようで何よりだ」


「いえ、これも全ては殿下のお引き立てあってこそ。ライムお嬢様もご無沙汰しております」


「ん、久しぶり」



 紳士はこの『風の魚亭』のオーナーのようです。

 もっとも、以前に来たことがある二人を除くレンリ達は「で、殿下……?」などと、シモンに向けられた敬称のほうに気を取られているようですが。



「もう二年くらい前になるが、たまたま俺がこの店に入ったら美味かったのでな。用事で実家に寄った折に父上や兄上姉上達にも勧めてみたのだ」


「お陰様でご一族の皆様にもご贔屓頂いております。なんとお礼を申し上げれば宜しいやら」


「もう何度も礼は聞いたから気を遣うなと言っておろう。まあ……それ以来こんな扱いでな。俺は普通に並んで入ると言っておるのだが」


「いえいえ、とんでもない!? 殿下をそのように扱うなど……!」



 どうやら、オーナーはシモンに大きな恩義を感じているようです。

 当のシモンは全然気にしていない様子ですが。



「まあ、よい。それよりも身体を動かして腹が減っているのでな」


「おお、これは失礼致しました。早速料理を運ばせましょう。皆様、食前酒はどうなさいますか? ちょうど懇意にしている商会から魔界産白ワインの十八年物が入ったところなのですが」


「ほう、美味そうだな……っと、いかんいかん、俺はこの後に書類仕事があるのでな。残念だが今日は酒は控えておこう。皆は好きな物を頼むがよい」




 オーナー氏が退室すると、間もなく飲み物やら前菜やらが運ばれてきました。

 ちなみに全員ノンアルコールドリンク。この場の面々は年齢的には飲んでも問題ないのですが、シモンを差し置いて飲むのも悪いと思ったのか、誰が言い出すともなく自然とそうなりました。


 料理に関しては、通常のレストランのようにメニューから選ばないお任せということで多少の不安がありましたが、



「なにこれ、ちょうおいしい」


「う、美味い……なんだか泣けてきた」


「お、美味しい……ね……っ」



 美食に慣れているレンリですら驚くほどの美味でした。

 ルグとルカに至っては、感動のあまり目の端に涙すら浮かべています。



「うむ。ここの料理人は相変わらず良い腕をしておる。わざわざ魔界に渡って修行を積んだというだけはあるな」


「ん、美味」



 既に何度も来ている二人はそこまでの感動はしないまでも、充分に料理を堪能しているようです。


 ちなみに本日のメニューに関しては以下の通り。


 前菜は『黄金海老と白銀牡蠣のカクテル(海老の卵添え)』。

 サラダは『十種の野菜のコンソメゼリー仕立て』。

 汁物は『金剛亀のスープ』。

 主菜は『虹眼ナマズの香草焼き』。


 水晶河で獲れた新鮮で稀少な食材が惜し気もなく用いられていました。それらに焼き立てのパンとドリンク、食後には季節の果物を使ったミルフィーユが付きます。今回は昼食ということで、軽く食べられるミニコース風のメニューになったようです。






「あ、なくなっちゃった……」


「皿舐めるのは流石にダメだよな……」


 味に関しては満点でしたが、運動をした後でお腹が空いている若者達には若干の物足りなさもあったようです。今回が初来店の三人はカラッポのお皿を恨めしげに眺めていましたが、



「お代わり」


「俺も少し物足りぬな。香草焼きとパンを追加で貰おう」



 シモンとライムが平然とお代わりを頼むのを見て、目の色を変えました。



「ええと、前菜とサラダと……いや、もう全部! 全部お代わりお願いします!」


「え、それアリ? ……あ、俺も!」


「わ、わたしも……食べたい、です……!」


「はっはっは、遠慮などするでない。そうそう、ここはウナギやドジョウも美味くてな」

 

 

 マナー的にはあまり宜しくないのかもしれませんが、今の彼らに遠慮するという選択肢はありません。先程のコースに出た以外の料理も次々追加し、お腹がはち切れそうになるまで食べ続けたのでした。


《本編で使うかどうか分からない裏話》

シモンの父は高齢ながら未だ存命。“家業”は長男に継がせて現在は悠々自適の老後生活を満喫しています。古くからの友人(幼いシモンの世話役だった彼)と一緒に国内外をフラフラ遊び歩いているとかいないとか。たまに息子の顔を見に学都にもやってきます。

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