超スーパーハイパーウルトラ鬼ごっこデラックス
ごうごう、と吹き荒れる強風。
絶え間なく響く雷鳴の如き轟音。
まるで、その公園の敷地内にだけ嵐を押し込めたかのような有様です。
しかし公園を一歩出れば平穏そのもの。
嵐どころか一滴の雨粒すらも降ってはいません。
まあ、それもそのはず。なにしろ、この天変地異を思わせる異変は、実際にはたった三名による鬼ごっこの余波でしかないのですから。実に近所迷惑です。
『みんな、危ないからもっと離れてるの!』
ウルが勝負の見物をしていた友人達に注意を促しました。
残った三人の参加者、ウルとシモンとライムも当然それぞれ気を付けてはいるのですが、子供達が不意に進路上に飛び出してきたりしたら減速や回避が間に合わないかもしれません。直接激突しなくとも至近距離を通過するだけでも危険です。ウルの懸念はもっともでしょう。
そして注意を呼び掛けた一瞬後には再び超加速。
常人には視認不可能な速度にまで加速して、鬼役であるライムの追跡の手から逃れました。子供達が素直に忠告に従って移動しようとすると、
ぱん! ぱん! ぱん!
先程までの轟音、暴風だけでなく、鬼ごっこの範囲と定められた公園内のあちこちから奇妙な破裂音のような異音がそこに加わりました。十分に距離を取った後、子供達は音の正体を探ろうと周囲をきょろきょろ見渡します。
「なんだろ、この音?」
「あ! みんな、あそこだ!」
常時目で追うことのできない超高速の追いかけっことはいえ、一瞬の方向転換、フェイントのための急停止など、ほんの短時間だけ動いている三人の姿が見える瞬間もあります。その動きの止まる一瞬に異音の正体を探るためのヒントが隠されていました。
「あれは……鬼のお姉ちゃんがお兄さんにタッチしようと手を伸ばし――」
「すげぇ、速すぎて肩から先が全然見えな――」
ぱぁん!
ライムがシモンに手を伸ばした途端に響く破裂音。
更に音は二つ三つと連続して鳴り続けます。幼い子供の知識ではこの現象の正体までは看破できませんでしたが、奇妙な破裂音の原因がライムのタッチにあることは明白でした。
「ライムよ、それ、タッチというか貫手ではないか?」
「当たれば同じ」
「うむ、まあ、本気を出すと約束してしまったしな。普通に音速超えしてるのはどうかと思わんでもないが、っとと」
破裂音の正体は鬼役のライムが繰り出す貫手の音。
それも指先の最高速度は優に音速を超えています。ライムの指が空気の壁を突き破る音こそが先程から連続して響く破裂音の正体でした。
ちなみにルール上タッチとは言っていますが、人間大の質量を備えた物体がこの速度で衝突すると鉄製の盾やヨロイでも紙屑同然にひしゃげます。とっても危ないので良い子は絶対に真似してはいけません。
『よっ! とっ! これくらいじゃ我には触れないの、よっ!』
「おお、ウルも上手く避けるものだ。流石だな」
『そういうシモンさんも中々なの』
が、そんな危険極まりないタッチを繰り出しながらも未だライムは二人を捉え切れていません。あと数センチで触れられるという距離までは近付けるのですが、その数センチが非常に遠い。
鬼ごっこというルールの制約上、逃げる側から鬼に触れることはできませんが、逆に言えば攻撃を一切考えず100%回避だけに専念できるという意味でもあります。
それに今回は二対一という人数の有利がありました。シモンとウルがそれぞれ協力して立ち回り、的を分散させることでライムの追撃を防いでいるのです。
そして、更には。
フェイントやフットワーク、更には短距離での空間転移までも駆使して、幾度かライムもシモン相手に惜しいところまでは行ったのですが、
「おおっと!? 今のは危ないところであった」
「ん、ん?」
絶対に避けきれないはずの間合い、タイミングで放った貫手が空を切ることがありました。刹那の間、シモンがライムの居場所を見失った隙に背後から触れようとした場合でも、シモンの反応や体勢が整っていないのに不思議と当たらない。
一度や二度ならまぐれの回避やライムの見誤りもあるかもしれませんが、三度、四度と続いたのなら、それは最早必然。そこには何らかの仕掛けがあるはずです。
『ねえねえ、シモンさん。今の動きどうやったの?』
「ははは、なに、練習中の新技をちょっとな。まさか初披露が鬼ごっことは思わなんだが」
どうやらシモンはライムも知らない何らかの技を使っているようです。
技の正体を見極められれば破る手を思いつくことも出来るでしょうが、このゲームにはあらかじめ制限時間が設定されています。具体的には太陽が真上に来る正午まで。時間切れは鬼側の敗北ということになっています。
ウル達と出会った時点で既に昼近い時間でしたし、正午まではあと五分あるかないかという程度。これが戦いであるなら一旦退いて相手の能力を分析する手もありますが、今回は悠長に見極めている余裕はなさそうです。
もう一人のウルはというと、こちらは単純な運動能力でライムやシモンを上回っていました。武術的な走法や歩法といった技術は一切使っていないのに、ただの脚力だけで単純に速い。
まだまだ余裕がありそうな口ぶりですし、あくまで鬼ごっこということでウルが自主的に封じている分身や変身抜きでも油断ならない強敵です。神の“なりかけ”は伊達ではないということなのでしょう。
「……むぅ」
ライムは一旦走り続けていた足をピタリと止めました。
このまま同じように追い続けても敗北は必至。
最初に子供達相手にやろうとしたような「遊び半分」の遊びならともかく、本気の遊びで負けるのは我慢なりません。
冷静に考えたら今日は鬼ごっこに真剣になっている場合ではないのですが、ここまでの流れの中ですっかり熱くなった彼女にそんな冷えた思考が残っているはずもなし。ライムはこれで結構な負けず嫌いなのです。なので。
「足を止めてどうかしたのか? 時間まではまだ少しあるようだが」
『なになに、試合放棄は感心しないのよ?』
「ん。大丈夫。安心して」
なので、ライムは本気の「先」を出すことにしました。
「私が勝つから」
連休中にもう一話くらい更新できるよう頑張ります




