ライムの全力鬼ごっこ
先に説明しておきますと、一応、相手に合わせる努力はしたのです。
子供達に混ざっての鬼ごっこ。
普段から鍛えに鍛えているシモンやライムが本気を出したら、逃げるにせよ捕まえるにせよ、まともにゲームとして成立すらしないでしょう。なので。
「はっはっは、捕まってしまったな」
「ん。そちらの勝ち。すごい」
適当なところでわざと鬼役の子に追いつかれてみたのです。
ですが、これは悪手。子供達には大不評でした。
「こらー! 手を抜くの禁止!」
「こっちが子供だからって手加減しないでよね!」
「遊びに本気になれない人は何やってもダメ」
「鬼ごっこへの意識が低い」
十人ほどいた子供達からはブーイングが出るわ出るわ。
けれど理由はどうあれ、相手を甘く見て手を抜いたのは事実です。
その侮りが彼ら彼女らのプライドを酷く刺激してしまったのでしょう。
この時点でゲームは一旦中断。
鬼ごっこへの意識がやたらと高い子供達によるガチ説教を受けたシモンとライムは、ぺこぺこと頭を下げて軽率な判断で手加減したことを謝り、改めて本気で鬼ごっこに取り組む流れとなったのです。
◆◆◆
そうして改めて再開した鬼ごっこ。
鬼役となったのはライムです。
先程の軽率な手加減で相手への非礼を働いてしまった反省もあり、彼女は今度こそ真剣に鬼ごっこに向き合うことにしました。せっかくのデート中に何をしているんだろう、とかの真っ当な疑問は一旦頭の隅に追いやっています。
「捕まえた」
「すごい、全然見えなかった……!」
全力とはいえ、あくまでルールは鬼ごっこ。
鬼役は他の参加者にタッチするだけで捕まえたという扱いになります。当然ながらパンチやキックで攻撃することはできません……が、それでもライムには十分に過ぎました。
全身の細胞に魔力を通して移動速度や反射神経、思考速度を大幅強化。
武術で培った歩法・走法と強化された各種能力が合わされば、常人にはライムの姿を視認することすら不可能です。
「くそぅ、また一人捕まった!」
「速くて全然見えないよ」
「あっ、また消えた! どこに――」
「あなたの後ろ。タッチ」
まあ当然こうなります。
びゅう、と強い風が吹いたと思ったら次の瞬間には誰かの背後に立っているのです。その段階で既にタッチを終えているのでそこから逃げることもできません。
そして、あるいは。
「あ、また消えたぞ!?」
「また凄いスピードで後ろに……」
「ううん違う、正面! 目の前にいるよ!」
「ええっ、なんで見えなかったの?」
速度を出さずとも、本気で気配を隠したライムの姿は知覚することすら困難。真正面から堂々と歩いて近付いてすら、意識の空隙を突かれた相手は存在に気付くことができないのです。
一定以上の注意力や感知能力を備えた相手には見破られてしまいますが、今回相手をしている子供達には少々厳しいでしょう。これで捕まった子供達にしてみれば、突然ライムが目の前に瞬間移動でもしてきたかのように感じられたはずです。
オマケに付け加えると物陰に隠れようにも気配を感知して正確に位置を特定してきます。
木陰や茂み、遊具やベンチの下など隠れられそうな場所はそこそこあるのですが、そもそもライムの感覚は開始時点から参加者全員の気配を常に追い続けているのです。
どれだけ巧妙に隠れても、たとえ視界外であろうともずっと見られているも同然。もっと遠くまで逃げられれば話は別ですが、今回のゲームの範囲はあらかじめ公園内だけと定められていますし、どこかに潜んで制限時間いっぱいまで逃げ切るのも不可能。
こうして、ものの数分もしないうちにほとんどの参加者は鬼役のライムに捕まってしまいました。最初から分かっていたことではありますが、実力差がありすぎてまともにゲームとして成立してすらいません。
先程はああ言っていたものの、ここまで一方的に勝ちすぎてしまったら子供達が機嫌を悪くしてしまわないかと、内心ライムは心配していたのですが。
「お姉さん、すっごい!」
「何食べたらそんな風に動けるの?」
「強い! カッコいい!」
「なんだよ、やれば出来るじゃん」
どうやら、その心配は要らなかったようです。
負けて悔しい気持ちがないとは言わずとも、お互い本気で向き合った結果ならば納得できる。ウルの友人達は遊びに関して高いプライドを持っているのでしょう。
ライムも余計な気遣いは無用と知って一安心。
が、すぐに気を引き締め直しました。
未だゲームが終わったわけではありません。
いえ、むしろこれからが本番です。
ここから先は、本気を出したライムでも簡単にはいかないでしょう。
「うむ、まあ、こうなるだろうとは思っていたが」
『ふっふっふ、我を捕まえることができるかしら?』
困ったような笑みを浮かべるシモンと、うきうきと楽しそうなウル。
この二人を捕えるまでは鬼側の勝ちとはいきません。
周りには固唾を呑んで場に残った三人を見守る子供達。
彼らが集まる公園の一角には異様な緊迫感が満ち満ちています。
そうして向き合ったまま睨み合うことしばし。
「私が勝つ」
誰に聞かせるともなくライムが呟いた、次の瞬間。
ずどん!
どかん!
雷鳴にも似た轟音が響くと同時。
猛烈な勢いで地を蹴った三人の姿がかき消えました。
◆ストーリー初期の頃にも触れたライムの気配隠しですが、一応レンリ達も成長して現在では真正面にいる時くらいは見破れるようになっています。身体能力や魔法力では遠く及ばずとも、これに関しては純粋な観察力だけで対処可能なので。フットワークや転移魔法と組み合わされると一気に感知不能の無理ゲーになりますが。
◆全力を出すことが義務付けられている鬼ごっこにいつも参加しているウルですが、迷宮外でも高い能力を発揮できるようになってからはゲームバランスを保つために工夫するようになりました。具体的には五感を常人並みに制限することで程よいバランスを保っています。
たとえばサーモグラフィーのように体温を視たり、心臓の鼓動や血流音を聴いて位置を特定したのではウル的にも興醒めなので、最大限楽しむための制限を付けた上での全力ということで他の子達も納得しています。
身体能力だけ高くてもウルは普段から油断も多いので、隠れ場所の死角から慎重に近付けば普通の子供でも結構捕まえられたりするのです。




