デートのはじまり
そして、いよいよデート当日。
ライムは考え得る限り最高のオシャレをして待ち合わせ場所に現れました。
その気迫は、さながら決死の覚悟で戦場に臨む古強者が如し。溢れる闘気を意識的に抑えていなければ善良な一般市民の皆様を無闇に怖がらせてしまいそうです。
「これで大丈夫……の、はず」
待ち合わせの時間までは、まだ一時間以上もあります。
普段のライムならば、そんな空き時間があれば走り込みや筋トレなどで時間を潰すところですが、流石に今日はそんな気分にもなれません。せっかくの綺麗な服が汚れてしまっても困ります。
ちなみに本日の恰好は意図的にアリスのイメージに寄せたモノ。
昨日、何か引っ掛かるものを感じ、その直感を信じての選択です。
手持ちの服装の関係もあって流石に見慣れたウェイトレス風の姿そのものではありませんが、青系のロングスカートに涼しげな印象の白いブラウスを合わせ、解いて下ろしてある髪には青いリボンという組み合わせ。
鏡の前でチェックしたライム自身も、予想以上にアリスの印象に似ていたので内心驚いたものです。もはやアリス風のコーデというよりも変装や仮装に近いかもしれません。
この格好をすることに何の意味があるのか。それは正直ライムにもまだ不明。まあ似合ってはいますし、ダメで元々。何かの役に立てば御の字といったところでしょうか。
いくら備えを重ねても不安は尽きず。
僅かにでもプラス材料になりそうならば躊躇う理由はありません。
そうしてソワソワと落ち着かない気持ちで待つことしばし。
「おお、早いなライム。待たせたか?」
「う、ううん。今来たとこ」
とうとうシモンが姿を現しました。
◆◆◆
「では、どこに行く? 今日は一日、お前の希望に合わせるつもりだが」
さて、当然ながらシモンにはデートという意図はありません。
あくまで仲の良い友人と二人で遊びに行くだけという気楽な構えでいる様子。
少し前までは同じように一緒に出掛けるにせよライムにも気軽に楽しむ余裕があったのですが、最近はどうもギクシャクとしてしまっていけません。
結局誤解だったとはいえシモンが他の誰かと付き合う可能性を考えてしまったことで、ライム側の心持ちが少なからず変化してしまったのでしょう。端的に表現するならば、あの一件をキッカケにライムの心に焦りが芽生えました。
ライムが思っていたより時間の猶予はないかもしれない。今更ながらにその事実に気付いた、いえ、とっくに気付いていたのに考えたくなくて目を逸らしていたのでしょうか。
シモンは現在ライムより一つ下の十九歳。
現時点では特に決まった婚約者などいませんが、彼の立場や年齢を考えればいつそんな話が持ち上がっても不思議はありません。下手をすればシモン本人が知らないところで既にそのような政略結婚の話が進んでいる可能性すらあります。
もし話が来た時点でシモンにこれと決めた相手がいないフリーの状態であれば、国や王家を心から愛する彼のこと。そのまま素直に話を受けてしまいかねません。
「シモン」
「む、どうかしたか?」
「これ。服、どう?」
なので、今日はライムも最初から積極的な攻勢に出ることにしました。
初手は軽いジャブとして服の感想を尋ねるところから。ルカの助けもない一対一の状態で質問するのはなかなかの思い切りがいりましたが、ここで前のように褒めてもらえれば、この先の予定に先駆けて大きな自信を付けることができるでしょう。
「服? ああ、それはもしやアリスに似せているのか?」
「うん。どう?」
「前も見間違えるほどだったが、改めて見てもよく似ているな。うむ、似合っているし可愛らしいと思うぞ」
「そう。良かった」
とりあえず第一関門は突破。前にオシャレをして見せた時の経験がなければ、褒められた嬉しさで顔がニヤけてしまっていたかもしれません。
「魔法や格闘だけでなく服装まで真似るとは、ライムは本当に師匠を尊敬しているのだな。うむ、気持ちはよく分かるぞ。俺がもし女であれば、そういう部分でもリサの真似をしていたかもしれぬ」
「うん。尊敬はしてる」
シモンの受け取り方はライムの思惑とは違いますが感触は悪くありません。
これで一安心……と以前のライムなら満足してしまったかもしれませんが、今日は事情が違います。謙虚は美徳ですが、人生には時に強欲になるべき場面もあるのです。
取るべき恋愛姿勢は積極的に前に出てガンガン攻めまくるインファイト。牽制のジャブが当たったからと手を休める暇はなし。手応えがあったのならば、休む間も与えずに二撃目三撃目と追撃を狙っていくべきなのです(※なお、これらは全て比喩表現であり実際にグーで殴ってはいけません)。
「シモン、こういう格好は好き?」
「服の好みということか。それは、まあ、正直好みではあるな。いや、もちろん肝心なのは着る人間の中身だと思うが」
「中身、私は大丈夫?」
「当然だろう。お前でダメなら大丈夫な者など滅多におらぬだろうさ」
表情こそ普段通りの冷静なままですが、ライムの心臓はバクバクと鳴りっぱなし。分かっていたことではありますが、友人としてならシモンからライムへの好意は半端ではありません。誇張ではなく自分の命だって当たり前のように預けられるほど。言葉や振る舞いの端々からも強い信頼感が感じられます。
とはいえ、その「友人として」というシモンの先入観こそが、ある意味最大の強敵です。それがある限りはシモンが別の視点からライムを見てみようという気にはならないでしょう。どうにかして、それを打ち破らねばなりません。
「おっと、人通りが増えてきたな。このままでは邪魔になるから移動するか。それでライムはどこに行きたいのだ?」
「ん。まずは――――」
果たして本日中にどれだけ進展があるのやら。
こうしてライムのとても長い一日が幕を開けたのです。




