ライム、本番に備える
そもそもの話、ライムは勘違いをしていたのです。
ルカの恋愛経験はあくまでライムと比較すれば多少マシという程度。単にライムが買い被っていただけで、次から次へと名案が飛び出してくるはずがありません。むしろ、ここまで良く頑張ったほうでしょう。
「というわけで……告白の、特訓……を」
「特訓? どんな?」
ライムとしては時期尚早にしか思えないのですが、遅かれ早かれ挑まねばならぬこと。それに内容がなんであれ、「特訓」という言葉を聞くと、ライムは条件反射的にワクワクしてしまいます。
「告白の、台詞を……考えたり? あと、実際に……言う、練習も」
まあ、無難な線でしょうか。
実際の「本番」がどのような状況になるか分からない以上、事前に考えた台詞がそのまま使えるかは未知数ですが、まったくのノープランで挑むよりは僅かなりともマシでしょう。
「……恥ずかしい」
「そ、それは……そうでしょう、けど」
「照れる」
「あの……それに、慣れるのも……目的なので……」
「むぅ……やる」
練習にすら臆していたのではお話になりません。
本番はきっとその何倍も恥ずかしいのです。
ライムもそれは重々承知しています。練習で成功したことのない高等技が実戦でいきなり成功するなどという甘い話があるわけが……こと戦いに関してならライムのセンスであればあり得なくもないので例えとして不適かもしれませんが、まあ普通はありません。少なくとも出来る範囲で備えをして悪いということはないでしょう。
ともあれ女は度胸。現段階でその度胸が足りていないというのであれば、なおさら猛特訓を重ねて不足分を補うべきでしょう。
及び腰になっていたライムも結局は腹を括りました。
そうしてルカと二人での最終特訓が始まったのです。
◆◆◆
……が、そうして始まった最後の特訓は困難を極めました。
「私は貴方が、す―――」
「す……?」
「す、すき……隙有り!」
ライムにとって、実戦に近いリアルな状況を想定してのイメージトレーニングは慣れたもの。体温や息遣いまで細かにイメージし、シモン本人が目の前にいるかのように感じられるほどの想像力の高さが、特訓の難度を無闇に引き上げているのでしょう。
今もまた照れ隠しで放たれた亜音速の正拳突きが、空想上のシモンの鳩尾を貫きました。この告白特訓を始めてから早幾日。もう似たような失敗が何十回何百回繰り返されたのかも数え切れません。
これまでのオシャレや料理に関しては、やればやった分だけ確実に進歩しているという手応えがあったのですが、それもなし。しいて言えば拳のスピードは上がったかもしれませんが、今回そういう物理的な攻撃力は求められていないのです。空き時間を見つけては律儀に付き合っているルカの顔にも疲労の色が隠せませんでした。
「もう、明日……ですよね?」
「……うん。ごめん」
シモンと二人で出かける予定日はもう明日に迫っています。
絶対に明日告白しないといけないわけではないにせよ、この機を逃したら次のチャンスはいつになるか分かりません。準備万端に仕上げるとまでは最早望まずとも、ライムとしては今日中に解決の糸口くらいは見つけておきたいところです。
ライムは、考えて、考えて、考えて、考えすぎて熱が出そうなくらいに必死で考えて、そして一つのヒントが思い当たりました。
「師匠」
「アリス、さん……?」
ライムの脳裏に浮かんだのは師匠であるアリスの顔。今でこそ結婚して平和に主婦などしている彼女ですが、ライムの記憶にある昔のアリスはひどい恥ずかしがり屋でした。
いつかライムが聞いた話によると、片想いをこじらせていた期間は実に半世紀以上。いくら気の長い長命種族とはいえ、これは流石に普通ではありません。その恋愛弱者っぷりは今のライムをも明らかに上回るでしょう。
そんなアリスが、どうやって想い人に気持ちを伝えて上手くいったのか。
そのあたりは当事者達が恥ずかしがって秘密にしている部分もあるのでライムも完全に事情を把握しているわけではないのですが、それでも当時すぐ近くで彼女らの恋愛模様を見ていたのです。ある程度の不明点はなんとなく想像できなくもありません。
「つまり、昔の、アリスさんが……参考に、なりそう、なんです?」
「ん。そんな気がする、かも?」
「それでも、『かも』なんです……ね」
ヒントというには曖昧ですが、ライムの勘はこの方向に何かがあると告げています。可能であればその「何か」を詳しく掘り下げる時間が欲しかったところですが、無いものねだりをしても仕方がありません。明日の朝までに分からなければ、あとはもうシモンと一緒に行動しながら考えるしかないでしょう。根拠が勘であろうとも、方向性が定まった分だけまだしも良いと考えるしかありません。
こうしてライムは頭の片隅にアリスの存在を留め置いた状態で、翌日のシモンとのデート本番に臨むことになったのです。




