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お風呂とライム


 学都方面軍の兵舎は建物自体が男女別に分かれており、その双方に土地を流れる湯脈を利用した広い浴場があります。

 これが夜であれば仕事終わりの兵が一斉に詰め掛けて狭苦しくも感じますが、平日の昼前ともなれば、非番で寝坊したとか怪我で休職している者やらがポツポツと入りに来る程度。ほとんど貸切に近い状態でした。


 部外者であるレンリとルカも、シモンが話を通してくれたおかげで浴場を使わせて貰えることになりました。タオルやら何やらを管理人室で借りて、女性兵舎の一階にある大浴場へ軽い足取りで向かいます。



「いやぁ、楽しみだね」


「うん、お風呂……すき」



 軍というのはどこでも男社会で、五千人を擁する学都方面軍も九割以上は男性です。

 とはいえ、女性だけでも四百人以上。位の高い騎士などは、兵舎ではなく市井の家に住むこともあるので全員ではありませんが、それだけの人数が日常的に使う浴場は一度に五十人以上も入れる広さがあります。

 入浴という行為はただ心地良いだけでなく、清潔を保って病気を防ぎ、体力や怪我の回復にも有効であるとされています。ならば、体力仕事である軍の設備に立派な浴場があってもさほどおかしくはありません。

 

 学都の街中にも公共浴場はありますし、レンリの居候先であるマールス邸のようなお屋敷であれば個人で浴室を持っている場合もあります。

 とはいえ、前者は大勢が入りにくるのであまりゆっくりは出来ませんし、後者は領主クラス以上の豪邸でもなければ充分な広さを維持管理するのは難しいものです。


 ですが、今回は広いお風呂がほぼ貸切。

 レンリ達がワクワクしていても不思議はないでしょう。


 脱衣所のカゴも大半がカラッポで、先客は一人しかいないようです。

 服を脱いでタオルで身体の前を隠した二人が意気揚々と浴室へと入ると、



「ど、どうも」


「お邪魔、しま……す?」


「…………」



 何故か先に湯船に浸かっていたライムと目が合いました。







 


 とりあえず洗い場で身を清め、それから湯船に入ったレンリとルカでしたが、



「す、すごく……見てる、ね」


「どうしようか、あれ?」



 その間ライムは、遠すぎず離れすぎずといった間合いを保ち、一言も発さずにジッと視線を向けてくるばかり。



「じー」



 否。正確には「じー」っと口で言って、露骨に見ているアピールはしてくるのですが、それ以上の動きは何もありません。


 いくら同性同士とはいえ、現在は格好が格好です。

 ただでさえ気の小さいルカはもちろん、年頃の女子にしては豪胆なレンリも、理由も分からずに裸を凝視されては平静ではいられません。



「あの……どうしてここに?」


「……こんな所で奇遇」



 意を決してレンリが尋ねてみましたが、ライムは事もあろうに、己がここにいたのは偶然であると言い張りました。どうやら、ライムはあまり嘘が上手ではないようです。


 まともに考えれば、何かしらレンリ達に用件があって、先回りして待っていたということなのでしょうが。



「「あ」」



 ライムはそれ以上の会話を避けるかのように、膝を抱えた体勢で身体を横倒しにし、お湯の中に潜ってしまいました。

 そのまま一分が過ぎ、五分が過ぎ、やがて十分に達しようとして……、



「いやいや!? 流石に死んじゃうよ!?」


「助け……ない、とっ」



 慌てたレンリとルカがライムの身体を掴んで強制的に浮上させました。



「……恥ずかしい。下ろして」


「全然平気そうだね……肺活量どうなってるの?」



 素っ裸のエルフを持ち上げて拘束する、これまた裸の少女二名。

 流石のライムもこの状況は恥ずかしいのか、珍しく頬を朱に染めています。

 いえ、もしかすると単にのぼせただけかもしれませんが。


 まあ、恥ずかしいのは持ち上げているレンリとルカも一緒です。

 とりあえずライムから手を離し、三人向かい合ってお湯に浸かり直しました。

 

 とはいえ、その後も浴室内では何か特筆すべき事象があったわけではありません。



「……私はまだ成長期。師匠とは違う、はず」



 時折ライムが二人にチラチラと視線を向けては、小声で何やらブツブツ呟いていましたが、それはまあ置いておきましょう。人は誰しも触れられたくない悩みを抱えているものなのです。

 ちなみに、あえて“何が”とは明記しませんが、この場の女子三名を大きい順に並べると、まず一番がレンリ、僅差でルカ、そこから二回りほど差を付けてライムの順番になります。





「……そろそろ上がろうか」


「……うん」


「…………」



 結局、ライムの奇行の原因は、お風呂を上がってシモン達と合流するまで分かりませんでした。







 ◆◆◆







 風呂を上がり女性兵舎を出てからも、ライムは二人のすぐ後を付いてきました。

 その間、レンリ達は形容しがたい居心地の悪さを感じていたのですが、 



「おお、ライムも来ていたのか。俺達はこれから昼食に行くのだが、お前も一緒に食事に来るか?」



 先に汗を流してルグと一緒に待っていたシモンは、ライムの顔を一目見るなり……、



「ん、どうした? ああ、その顔はあれだな。『頼まれて鍛えてみたはいいけど、張り切りすぎて加減を間違えてしまった。三人に嫌われたりしていないか心配。気になって様子を見に来たけど、いざ会ってみると自分から話を切り出すのも不安になった』……といったところだろう?」


「っ!?」



 まるで読心術でも使ったかのように正確に看破しました。

 レンリ達からはライムの表情はいつもとほとんど変わらない静かな無表情にしか見えないのですが、一体どこからどうやってそれほどの情報量を読み取ったのでしょう?

 ライムも特に否定する様子はありませんし、どうやらその推測で正解のようです。



「よくそんなに分かりますね?」


「まあ、長い付き合いだし、なんとなく雰囲気でな」



 彼は気軽に言っていますが、随分と正確極まる「なんとなく」もあったものです。

 そして、事情を明かされた以上、ライムもこれ以上口を閉ざす意味はないと考えたのでしょう。



「……この間は貴方達への配慮が足りなかった。それに、もっと早く謝るべきだった。ごめんなさい」


「だ、大丈夫だよ。まあ、それは大変だったけど、別に嫌ったりしないから! ね、二人とも?」


「う、うん……気にしてない、です……!」


「ああ、考えてみれば、あれはあれでいい経験だったしな」


「そう。良かった」


 三人に嫌われていないと分かって安心したからでしょう。ライムは、彼女にしてはとても珍しいことに、いつもの無表情を崩して柔らかな笑みを浮かべていました。







 ◆◆◆






《オマケ『独り言』》


 ライムを加えた一行は、共に昼食を取るべくシモンの行きつけだという料理屋に向かうことになりました。


 その道中にて。


「それにしても、シモンさん。いくら幼馴染といっても顔を見ただけで、あんな風になんでも分かるものなんですね」


「す、すごい……です」


「表情や気配だけでそこまで読めるものなのか。戦いに応用できそうだな」


「はっはっは、まあ十年以上も一緒にいればな。まあ、付き合いの長い相手といっても誰にでも同じように出来るワケではないが、ライムの考えてることなら大抵は分かる自信があるぞ」



 シモンとレンリ達は、先程の出来事を話題にして盛り上がっていました。

 ライムはその少し後ろを歩きながら、幼馴染の青年に視線を向け、



「……鈍感」



 誰にも聞こえないような小声でポツリと呟きました。



国の仕事があるシモンと違い、特に立場に縛られないライムが学都にいるのは、まあそういう理由なのです。現在は残念ながら、親友兼手のかかる姉くらいのポジションですが。

シモンは奇しくも子供の頃に恋敵として嫌っていた「彼」に似てしまった気がします。良くも悪くも。

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