ライム、理想の自分をイメージする
「二人とも、おはよ……ふわぁ」
ルカの部屋にライムが泊まった翌朝のこと。
いつもの待ち合わせ場所でレンリやルグと合流したルカは、朝の挨拶もそこそこに大あくび。目をごしごしとこすって、如何にも眠そうにしています。
「やあ、おはよう。ルカ君がそんな風になるなんて珍しいね。夜更かしでもしてたのかい……はっ、まさか!? いつの間にそこまで!」
ルカの眠そうな様子を見たレンリが何故か顔を赤くしてルグに視線を向けました。
「ルー君、二人のプライベートに口を出すのは気が進まないけどさ……まあ、キミも若い男だから色々と持て余してるのかもだけど? でも、だからって、あまり遅くまで彼女に付き合わせるのはどうかと思うよ?」
「変な勘違いすんな、このバカ!? はあ、レンもまだ寝惚けてるみたいだな……」
無論、これはレンリの誤解です。
「えへへ、ライムさん、と……夜中まで、お喋りしてて」
本当の眠気の原因は、昨夜ベッドの中でライムの話を聞いていたから。
まだ幼かったシモンの失恋話と、そこに至るまでも様々な思い出話。聞き始めた時にはもう眠気でうとうとしていたルカも段々と話に引き込まれ、時には直接関係ないエピソードにも話題が及び、ようやく一通り語って落ち着いた頃にはもう夜空が白み始めていました。
一応少しは眠ったとはいえ、ほとんど徹夜も同然です。
あくびが出てしまうのも仕方ありません。
「へえ、お泊り会か。いいね、楽しそう。今度は私も混ぜてよ」
「うん、今度は……一緒に、ね」
「それで、そんなに遅くまで何を話してたんだい?」
「えっと、それは……」
昨夜聞いた話は秘密にすることになっています。
全部を正直に話すわけにはいきません。
「お料理の、話……とか? 今度、一緒に……お菓子とか、お弁当とか、作ろうって、約束して……あ、あと、お洋服の話とかも」
実際、これも嘘ではありません。
とはいえ、嘘ではないというだけで真実を誤魔化しているのは確か。そういった誤魔化しに不慣れなルカでは、息をするように自然に、とはいきませんが。
「へえ、食べ物はともかく服はちょっと意外だな」
「ライムさんもそういう話で盛り上がるんだね。今度、話題を振ってみようかな?」
ルカもほっと一安心。何か聞かれても、ライムに色々な服を着せ替えて遊んだ件までは話しても問題ないでしょう。ルグもレンリも少々の違和感は抱いたようですが、これ以上追求してくる様子はありません。
「それで、レン。今日は何をするんだ?」
さて、このタイミングでルグが話題を変えました。
シモンも一緒だった昨日ほどではありませんが、今日もレンリのほうをチラチラ眺めてくる人間がそれなりにいます。本人はもう全然気にしていませんが、早めに場所を変えるのが無難でしょう。
「そうだね。もうそろそろ第三迷宮を終わらせても良いんだけど……ああ、そうだ! ルカ君、ライムさんってもう家に帰ったのかい?」
「う、うん……一度帰るって、言ってた、よ」
「ライムさんの名前が出て思い出したよ。ちょっと渡したい物があるから、キミ達には荷物運びをお願いしよう」
と、そんな流れで三人は第一迷宮内のライム宅を訪ねることになりました。
◆◆◆
「ど、どうも……さっきぶり、です」
「ん。いらっしゃい? ……それは?」
一度レンリの家に行ってから荷物を運び終えるまで一時間ほど。
三人が到着した時には既にライムは普段通りの動きやすい服装に着替えていました。流石にあの恰好で家事などするわけにはいかないので仕方ありません。
今朝別れたばかりのルカが訪ねてきたことにライムも疑問を持っていましたが、その興味はすぐにルカが抱えている大荷物に移りました。頑丈なワイヤーでグルグル巻きにしてどうにか一まとめにしてはありますが、いくつもの金属棒や金属球など、重さにすれば大体二トンくらいにはなるでしょう。
「やあやあ、こんにちは。実はライムさんに新しく作った道具のモニターをお願いしたくてね。ちょっと、そこの庭先にこの丸いのを埋めてもいいかな? いいよね? ルー君、持ってきたシャベルでその辺り掘って、四メートル四方くらい。深さは一メートルもあればいいかな」
「これは、何?」
「私が考えた新しいトレーニング器具……みたいな物だよ。ちょっと前にシモン君にも筋トレ用のを渡したんだけど、それで色々とインスピレーションが湧いちゃってね」
「ふむ。続けて」
最初は訝しんでいたライムも、新作のトレーニング器具と聞いて興味を惹かれた様子。無表情ながらも好奇心を隠しきれていません。まるでオモチャ屋の店先で瞳を輝かせる子供のような眼をしています。例の秘密特訓は継続中ですが、重ねて別の特訓をしてはいけないという道理もないでしょう。
「レン、この棒はこっちの丸いのに繋げばいいのか?」
「うん、そこにお願い。ルカ君は組み立て済みのパーツを穴の底の四隅に置いていって。置いたとこから掘った土を被せて埋めていって」
「う、うん……わかった」
「私も手伝う」
とはいえ、単なるトレーニング器具にしては相当に大掛かりな仕掛けです。
重量があるのでそのまま持ち上げてもトレーニングになりそうですが、組み立てが終わった端から地面に埋めているので、そういう使い方をする物ではないのでしょう。
「おい、全部埋め終わったぞ」
「それで……結局、これって」
「なに?」
どうやら魔法の刻まれた道具のようですが、製作者であるレンリ以外は組み立てや埋設が全部終わってもまださっぱり効果が分かりません。
「ふっふっふ、聞いて驚きたまえ!」
「わ、わあっ……びっくり……した、よ?」
「……ルカ君、聞く前から気遣って驚いてくれなくてもいいから。まあ、いいや。この装置が埋め込まれた範囲内は結界として作用するようになっていてね」
装置を発動させる準備が整い、ようやくレンリが説明を始めました。
「あの装置には『理想』という概念が刻んであるのだよ。この結界の中にいる人間は、ただそれだけで自らのイメージする理想像に近付く。強くなった自分を思い描けばそれだけでも勝手に強くなるし、この中で鍛えれば普通にトレーニングするより何倍も強くなる。更に、背が伸びたり顔やスタイルも良くなり頭も賢くなるし友達が百人できて宝くじも当たる――――」
「すごい」
「おい、それはマジでスゴいやつなんじゃないか?」
レンリの説明が本当なら凄いことです。
この世界の人類史に革命を起こしかねません。
「――――そんな感じの装置になってたら良いなぁ、と思う」
まあ、流石にそこまで美味い話はありませんが。早く装置を試してみたいと前のめりの姿勢で聞いていた皆は盛大にズッコケました。
「ふふふ、私にそんな凄い魔法が使えるわけがないだろう?」
「なんで、お前はそんな自信満々なんだよ……」
「だからこそ、モニターなのさ。まあ魔法が刻んであるのは本当だし、少しでも効果があれば儲け物って感じで。そのデータ取りが本命かな。あと何か不味いことになっても、ライムさんなら埋まってるのをすぐ破壊できるから大事には至らないだろうし」
「なるほど」
いざという時に自衛できることがモニター選出の条件だったようです。
その後、家の中でライムの身長や各種身体のサイズを計測。これで実験前後での変化があればすぐに確認できます。
「じゃあ、ライムさん。また一週間くらいしたら様子を見にくるけど、何か目立った変化があればいつでも連絡してくれたまえ」
「ん。分かった」
そうして怪しげな装置を置いてレンリ達は帰っていきました。
ライムとしては半信半疑ではありますが、試したところで大きく損をすることもないでしょう。早速、結界の中に足を踏み入れて『理想』の自分をイメージするところから始めました。




