ライムとルカ、次なる作戦を練る
夕食後、ライムはルカの部屋に泊まっていくことになりました。
そのまま寝たらせっかくの服がシワになってしまうので入浴後にルカの寝間着を借りて(サイズが合わないので適当な紐でベルトのように固定して)、ベッドもルカと一緒です。小柄なライムが一人増えた程度では特に狭苦しくもなりません。
「シモンさん、可愛いって……言って、ましたね」
「うん。貴女のおかげ。ふふ」
しかし、当然ながらすぐ就寝とはなりません。
ルカとライム、二人並んで横になったまま作戦会議の始まりです。
「ふふ。嬉しい。ふふふ」
「えへへ、好きな人に、可愛いって言われるの……幸せ、ですよね」
「……うん。幸せ」
途中まではライムも不安でしたが、結果は上々。
見事、シモンに「可愛い」と言わせることに成功しました。
先程、他の皆がいる前ではライムも堪えていましたが、今でもその時の言葉を思い出すだけで顔がふにゃりと緩んでしまいそうです。
「流石は秘密特訓。秘密が付くだけはある」
「あの、普通の、特訓との違いって……何か、あるんですか?」
「ある。秘密特訓は、こう、なんか強い」
「えと……なんか、強い……んです?」
「ん。常識」
まあ、単に普段と違う服装に着替えただけなのですが。
それを特訓ならぬ秘密特訓と言い換えただけでモチベーションが上がるあたり、ライムもなかなかにシンプルな精神構造をしています。ルカには違いがよく分かりませんでしたが、それだけで前向きになるのならば好都合。
「次の特訓は?」
ルカのアドバイスの効果を実感したからでしょうか。現金なもので、最初に協力の申し出を受けた時よりもずいぶんと積極的になっていました。
実際、オシャレをして見栄えを良くするというのは、ライム自身からはなかなか出てきそうにない発想です。今回の件に限りませんが、そのような発想の違い、視点の違いを得られるのが、協力者を増やすメリットと言えるでしょう。
「ええと、たとえば……お料理、とか?」
「料理は得意」
そうしてルカが出してきたアイデアの第二弾は料理。
やや古典的ではありますが、美味い料理で相手の胃袋を掴むというのは堅実かつデメリットも少ない好手です。普段は一人暮らしで自炊をしているだけあって、ライムもそれなりに自信があります。
「ライムさんの、料理は……ちょっと、ワイルドすぎる……かも」
「そう?」
ただし、ライムの料理は少しばかり野性味溢れすぎるのが難点です。
素手で狩ってきたクマだのイノシシだの、よく分からない魔物だのがメイン食材。ハーブやスパイスを使った臭み抜きの技術で食べやすく工夫しているとはいえ、異性へのアピールに用いるには不向きでしょう。
シモンならそういう食材にも抵抗なく素直に食べてくれそうですが、それでライムの女性的な魅力をアピールできるかというと大いに疑問があります。どちらかというと、性別の垣根を超えた雄々しさのアピールになってしまいそうです。
「残念。美味しいのに……」
「えっと、あの……た、たとえばっ……お菓子作り、とか」
「お菓子?」
得意料理を封じられて落ち込んだライムに、ルカが慌てて別案を出してきました。ライムもシモンも甘い物は好きですし、可愛らしいお菓子なら女の子らしさのアピールにもなりそうです。
「あとは、お弁当とか……? シモンさん、が……お仕事の日の、ご飯に」
「なるほど。名案」
更に追加案として手作りのお弁当を渡すアイデアも出てきました。
普段シモンは職場の食堂で昼食を摂っているはずですが、出勤前にでも手作り弁当を差し入れれば着実にポイントを稼げそうです。
「栄養バランス、大事、だけど……彩りを良くして、盛り付けも」
「ん。勉強になる」
「えへへ、実は、本の……受け売り、です」
前に日本を訪れた際、ルカはお土産として料理本を持ち帰ってきました。
もちろん日本語は分からないので完全に内容を理解してはいないのですが、元々写真やイラストが多く入っている物を選んだので多少は想像で補えます。日本語の読み書きを解するライムであれば更に詳しい理解も可能でしょう。
「じゃあ、今度、一緒に……作ってみましょう、ね」
「うん。楽しみ」
流石に今日はもう遅いので今すぐに作ってみようとはいきませんが、近いうちに二人で弁当やお菓子作りの練習をしようと約束しました。一応は師匠ポジションのルカですが、彼女としてもルグに向けて色々作るレパートリーを増やせるのでしっかりメリットがあります。
「他にはない?」
「え、他に……? 今思いつくのは、これくらい……です」
「そう。まあ詰め込みすぎも良くない」
「で、ですよね……また何か、思いついたら……言いますね」
やる気満々のライムですが、ルカのアイデアもひとまず出尽くしました。
単にもう遅い時間なので眠くて頭が働かないだけかもしれませんが、ライムの言う通り一度にあれこれとタスクを詰め込みすぎても逆効果でしょう。
「……あ、そうだ」
しかし、最後に一つだけルカが思いつきました。
「シモンさん、の……好みのタイプを、調べる……とか?」
オシャレも料理も、基本的には自分の価値を高める方向の努力です。それはそれで重要ではあるのですが、自分磨きだけで全部解決するなら苦労はありません。
恋愛には必ず相手が存在します。
対象の好き嫌いを把握せず、見当違いの努力をいくら重ねても意味はなし。
もちろん出来ることと出来ないことはあるにせよ、可能な範囲で相手の好みに寄せていく努力をするのは悪いことではないでしょう。その前段階として、好みのタイプを調べるというのも理に適っています。
「知ってる」
「え……知ってる、って?」
「シモンの好み」
ですが、改めて調べるまでもありません。
ライムには最初からシモンの好みのタイプが分かっていました。
髪は長い金髪。
背丈は小柄。
スタイルは細身。
ただし、ひ弱な印象のある細さではなくある程度鍛えているほうが望ましい。
「見た目の好みは、そんな感じ」
「いや、あの……それって……」
ルカが誤解するのも無理はありません。
それだけ聞いた限りでは自分こそがシモンの好みど真ん中なのだという、自信なのか単なる自惚れなのか判断に困る宣言にも思えてしまいます、が。
「違う。私じゃない」
条件こそ現在のライムにぴったり当てはまりますが、ライムがイメージしたのは自分自身ではありません。それこそ、かつてのシモンの想い人にしてライムの師匠。
「アリス、さん……?」
「うん。少し、長くなるけど……秘密にできる?」
「は、はいっ……内緒です、ね」
この説明をするためには少々昔話をせねばなりません。
無闇に広めるべきではないけれど、協力してもらうならルカにだけは教えておくべきだろう。そう考えたライムは、十年以上も前、まだライムとシモンが出会って間もない頃の話を始めました。
幼き日のシモンが恋をして、恋に破れたお話を。
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《おまけ・おめかしライム》




