ライム、特訓の成果を確認する
恋愛の特訓と称して可愛いらしい服に着替えさせられたライム。
夕食を食べるためにルカに誘われた……という名目でシモンの住む屋敷を訪れたライムは、庭先で早々に賛辞の言葉を雨あられと受けることになりました。
「やあ、誰かと思えば我が妹じゃないか。今日はなんだか可愛い恰好をしているね。見違えたよ。ははは、可愛い可愛い……いや、よく見たら私の妹マジ可愛いな。え、なにこの美少女? ねえ今度ヌードモデルとかする気ない?」
「ありがと。モデルはしない」
「ちぇっ、残念。仕方ないから見えない部分は想像で補うしかないか」
「想像で描くのもダメ」
ただし、相手はシモンではありません。
ルカ達が住む屋敷には、しばらく前からライムの姉である画家のタイムが住み着いているのです。趣味趣向や性格はまるで違いますが姉妹仲は良好。ライムとしても褒められて悪い気はしません。
「へえ、夜ご飯食べにきたんだ?」
「あ、はい……その、えっと、わたしが……誘って……」
「ん。そう、食事に来ただけ。それだけ」
「ふぅん? それだけ、ね」
ある意味、ここが一番の難所でした。
ただ食事に来るだけならともかく、わざわざ普段とは全然違う服を着てくる理由にはなりません。ルカもライムも嘘を吐くのは非常に苦手。食事以外の理由があることは明らかに思えますが、
「その恰好は、ああ、そういう……なるほど、二人がそう言うってことはそうなんだろうね。よし、じゃあ、他の皆には私から上手く言っておくよ」
どうやら、タイムはわざと騙されてくれたようです。
どこまで察しているのか不安な面もありますが、こういうとぼけた反応を見せているうちは向こうから積極的に秘密を暴こうとしたりはしないでしょう。ならば、今のライムにとっては心強い味方です。
「あの、ありがと」
「なに、お礼を言われるほどのことじゃないよ。たまにはお姉ちゃんに任せなさい! まあ、どうしてもお礼を言いたいというなら『お姉ちゃん、大好き』とかライムに言って欲しいなぁ、なんて」
「わかった。オネーチャンダイスキ。言った」
「え? ちょっとちょっと心の準備ができる前にいきなり言わないでよ!? ライム、もう一回! もう一回、ちゃんと聞かせて! できれば今度は淡々とじゃなくて感情を乗せて!」
「……ダメ。恥ずかしい」
「無表情で恥じらう妹も可愛いなぁ……じゃなくて! くそぅ、また今度別口で恩を売りつけて言わせてやるから!」
◆◆◆
ともあれ、無事にライムは自然な形で夕食に招かれる運びとなりました。
「そのヒラヒラの下に山ほど重りを付けて鍛えてるんだってねぇ?」
「まったく物好きねぇ。アタシには理解できないわ」
「ライムの姉ちゃんと鷲獅子、どっちがパワーあるかなー?」
と、前から順にラック、リン、レイルの反応。タイムが上手く説明してくれたおかげで、ルカの兄弟達にライムの恰好について不自然に思われることもありません。
「……そう。トレーニングは大事」
ライムが普段から鍛えまくっているせいか、新しいトレーニングだと言えば大体の行いは納得されてしまうようです。好都合ではありますが、流石のライムも少々複雑な気持ちがありました。
食卓には既に全員分の料理が並んでいます。
真ん中の大皿には肉や魚の揚げ物が山のように盛られ、各人が好きなだけ取って食べる形式です。他にもパンやスープもたっぷりと。先程ルカが言っていたようにライム一人増えた程度で足りなくなることはないでしょう。
「シモンは?」
しかし食事の用意ができているというのにまだシモンの姿はありません。
「シモン兄ならさっきトイレ掃除してたからもうすぐ来ると思うよー」
「そ、そう?」
早く会いたいような。
なるべく先延ばしにしたいような。
ライムとしては複雑な心境です。
「あ……噂を、すれば」
「皆、待たせたか? 思いのほか汚れのヤツが頑固でな……おや?」
そんなライムの乙女心など知るはずもなく、一仕事終えたシモンが食堂にやってきました。
当然、すぐに来客の存在にも気付いたようです。そして彼は――――、
「アリス?」
「……違う。私」
「ああ、いや、ライムか。すまん、見間違えたようだ」
「ううん。いい」
体格が近い上に、普段は三つ編みにしている金髪を下ろしているせいでしょうか。
服装で普段と印象が変わっていることも相まってか、シモンは一瞬、ライムのことをアリスと見間違えてしまいました。もちろん耳の形を見ればすぐに違うと分かりますし、そもそもアリスがこの場にいるはずがありません。
シモン自身、すぐにそんな勘違いは忘れてしまいました。
そして改めてライムの姿に着目します。
「ほう、なにやら珍しい恰好をしているな」
「シモンさん……ライムさん、可愛いです……よね? ねっ?」
気を利かせてのサポートでしょう。
ルカがライムの服装に関しての感想を促すような問いを投げました。
表面上は冷静に見えるライムですが、内心ドキドキ。
彼は褒めてくれるだろうか。
笑われたりしたらどうしよう。
ライムは自分の心臓がうるさいほど鳴っているのを感じていました。
まあ幸い、それらの心配は杞憂に終わったのですが。
「うむ、ライムはそういう服も似合うな。俺は可愛いと思うぞ」
「そ、そう? 本当に?」
「ああ、世辞ではない。可愛いと思うぞ。動きやすいシンプルなのも悪くないが、普段からもっとそういう服を着てもいいのではないか?」
「それは、その、ふふ……考えておく。ふふ」
結果的には期待以上の大成功。
シモンに可愛いと褒められたライムは、嬉しさのあまりいつもの無表情を保つのにも一苦労。油断をすると表情筋が緩んで顔がニヤけてしまいそうです。的確なアシストを出したルカも、嬉しそうなライムの様子を見てニコニコと微笑んでいました。
「おっと、いかん。あまり話し込んでいたら料理が冷めてしまうな。さあ早く食事にしよう」
「ん。いただきます。今日はいっぱい食べる」
「ははは、随分気合が入っているなライム。何か良いことでもあったのか?」
「うん。とっても」
こうして特訓の第一弾は最良の結果に終わった、と。
この時はライム自身もそう思っていたのですけれど。
「……?」
先程、アリスと見間違えられた件。
理由も定かでないままに、それが不思議とライムの頭に引っかかっていました。
◆本編で回収するか分からないお話
最初は肖像画の仕事で学都に滞在していたタイムさん。実はその元々の用事はとっくに終わっていて、近頃は伯爵からの追加依頼で毎日街のあちこちに出かけては風景画ばかり描いてます。発展著しい街の今の景色を見える形で残しておきたい的なオーダーで。
◆あまり大きな声では言えないお話
タイムさん、レンリと口調や性格が似てるのでどっちが喋ってるのか分からなくなる恐れがあったりなかったり。なので混同を避けるためのメタ的な都合で同じ場面に二人一緒に出ることが少ないのです。




