ライム、秘密特訓を受ける
ルカに恋愛道の弟子入りをしたライム。
こうして師弟の厳しい修業の日々が幕を開けたのです。
「最終目的、は……告白を、成功させること……ですよね?」
「告白……」
「怖いです……よね。もし失敗したらと……思うと」
「……うん。怖い」
最終目標は告白を成功させること。
ですが、何事にも段取りというものがあります。
然るべき準備も戦略もなしに決戦に臨むのは自殺行為と変わりません。
「だから……まずは、特訓が、必要だと……思うんです」
「特訓」
「秘密、特訓……です」
「秘密特訓!」
特訓という言葉を聞いてライムが目の色を変えました。特訓とか修業とか鍛錬とか稽古とかトレーニングとか、そういう分野であればライムの得意分野です。
他に特別な用事でもない限りは、毎日毎日、朝から晩まで自主的にやっています。そういうコツコツと努力を積み重ねる行為が性に合っているのでしょう。それもノーマルの特訓ではなく秘密特訓ともなれば、それだけで更にやる気が増してくるというものです。
「何からする? スクワット十万回? 大岩を担いで走り込み?」
「えっと、あの……そういう、特訓じゃなくて……」
ただし今回は武道ではなく恋愛の特訓です。
人によっては運動でスタイルの改善を試みるのが効果的な場合もあるでしょうが、普段から過剰すぎるほど鍛えているライムには必要ないでしょう。今のライムに必要な要素があるとすれば、それはたとえば。
「たとえば……オシャレ、とか?」
◆◆◆
第一の特訓はオシャレ道。
別にライムとしてもオシャレな恰好が嫌いなわけではないのですが、そうした方面への関心が薄いのは否定できません。普段は動きやすさ最優先の簡素な服装ばかりです。
しかしシモンの心を射止めようと思うなら、こうした分野に目を向けてみるのは悪くない作戦かもしれません。普段と違う可愛い恰好をしたライムを見て鈍感なシモンも一目でメロメロに……とまで望むのは厳しいにせよ、試してみて損はないでしょう。
オシャレによって女性としての自信を得られたなら、いつか告白を実行するための勇気や度胸の足しになってくれるかもしれません。
「わあ……ライムさん、可愛い、ですっ」
「そう?」
「じゃあ、次はこっち……うーん、でも、これも可愛いし」
「あの、少し手心を……」
幸い、この特訓に必要な可愛い服は最初からライムの家にありました。
それも一着や二着ではありません。ぱっと見では何着あるのかも分からないほど大量の服がクローゼットやらトランクやらにぎゅうぎゅうに詰め込まれていたのです。
ルカも最初にその衣服の山を見た時には驚きました。
デザインや色合いは様々ですが、格好良いというよりは可愛い系の物が大半。フリルやレースの山盛りフルコースといった風情です。
どう見ても簡単に集められる量ではありません。
お金で買おうとすれば相当の金額になるでしょう。
実はライムには人目に付かない家の中で可愛い恰好を楽しむ秘密の趣味があった……というわけではありません。
「師匠に貰った。ラブじゃないほうの師匠に」
「ラブ師匠は……もう、いいので……師匠って、えと、アリスさん?」
「うん。押し付けられた」
これらの衣服は全てライムの師匠からの貰い物。
ルカとも面識がある先代魔王にして現主婦のアリスには、自分で色々な服やアクセサリを手作りする趣味があるのです。
趣味とはいえ長く続けているだけあって腕前はかなりのもので、ルカが見ても本職の仕立て屋が作ったようにしか思えません。なので、クオリティに関してはライムも文句はないのですが。
「自分が着るのは恥ずかしいのを私に押し付けてくる。困る」
作ってみたはいいものの、自分が着るには可愛すぎて恥ずかしい。
けれど失敗作というわけではないので捨てるには惜しい。
さて、どうしたものかと考えている時にちょうど他に似合いそうな相手がいたわけです。
幸か不幸か、アリスとライムの体格は数年前からほぼ同じ。
いつの間にか、そういう悩ましいデザインの服がライムに押し付けられるようになったのは、ある意味自然な流れだったのかもしれません。まあ結局は動きにくいし汚したくないしで、一度だけ義理で袖を通した後はタンスの肥やしになっているのが現状です。
が、ここに来てようやくしまい込まれた衣服の数々が日の目を見ました。
「ライムさん、次は……これ、あ、このリボンも合わせて、髪型も変えて……」
「……疲れた。続きは明日じゃダメ?」
「ダメですよ、これは特訓……そう、特訓なんですからっ……えへへ、楽しい」
ルカ師匠による特訓は熾烈を極めました。
なにしろ、あのライムが数時間もしないうちに弱音を吐くほどです。
一見すると単にルカがライムを着せ替え人形にして遊んでいるように見えるかもしれませんが……まあ実際その通りではあるのですが、ライムが普段とは趣の違う可愛らしい姿になっているのはたしかです。ルカはその後も様々な服や髪型やアクセサリの組み合わせを何度も試し、そして。
「ほら……鏡、見てください」
「ん? これ、私?」
「ね? 可愛い、です……よね。ね?」
「う、うん。びっくり」
最終的には、鏡を見たライム自身が驚くほどに印象が変わっていました。
いつもは長い三つ編みにしている金髪も解いて下ろしてあります。フリルたっぷりの白いドレスと合わせると、まるでどこか由緒ある家柄のお姫様のように見えなくもありません。
「これで、少しは……オシャレに、興味、出ました?」
「ん……ちょっと」
これで今すぐ告白する勇気が湧いたわけではないにしろ、このような形で自分でも知らなかった自分の魅力を引き出されて、ライムとしても正直悪い気はしなかったようです。
「じゃあ……今度、は……服屋さんに、一緒に、行きましょう」
「か、考えておく」
等身大の着せ替え遊びにハマってしまったのか、いつになく積極的なルカには引き気味の対応ではありましたが、まあ実害はありません。ただ物凄く疲れるだけです。
さて、初日の特訓もとりあえずは一段落。
時間的にも、間もなく日が落ちそうな頃合いです。
せっかくの綺麗な服ですが、このまま片付けや食事の支度をするには不向きでしょう。ライムはそう思って普段着に着替えようと思ったのですが、
「あ、まだ……着替えちゃ、ダメ、です」
「ん?」
脱ぎ始める前にルカに止められてしまいました。
「あの、良かったら……今日、うちで、ご飯……食べませんか? うち、いつも……沢山、作るから」
「それは、いいけど?」
正直、ライムの家には現在ロクな食材がありません。
昨日までの状態でも一応食事をしていたようなのですが、元々残っていた物をそのまま齧っていただけ。今から新しい食材を買いに行くにしろ狩りに行くにしろ、調達して帰ってくる頃にはすっかり遅くなっているでしょう。
なので、ルカからの誘いはライムにとってもありがたいものではあるのですが、何故着替えてはいけないのでしょうか。理由は簡単。
「せっかく、着たんですし……今から、シモンさんに、見せに……ね?」
「え。その、それは……あ」
「えへへ……早く動いたら……服、破れちゃいますよ?」
ライムの手首はいつの間にかルカに掴まれています。
その気になれば外せなくもありませんが、今のライムはヒラヒラのドレス姿。
不慣れな恰好で素早く動いたり何らかの技を仕掛けたりすれば、せっかく似合っていた服が破れてしまうかもしれません。魔法で転移しようにも、接触した状態ではルカごと移動するだけです。
「大丈夫、ですっ……シモンさんも、絶対……可愛いって、思うから」
「そ、そう?」
どうやら今回はルカの作戦勝ち。ライムは大きな不安と小さな期待を胸に、ルカに手を引かれながら進むのでありました。
◆珍しくルカのテンションが高め。何を着せても似合うので、だんだん楽しくなってきたようです
◆そのうちライムの新しい絵も描きたいですね




