やっと気付いた二人
とうとう相手の正体が明らかになった交際疑惑。
根本部分からして間違っているのに正体云々を論じるのは滑稽でしかないのですが、少なくとも噂している人々は真剣に語っていました。
純粋にシモンの幸福を喜ぶ者。
嫉妬も顕わに気を荒くする者。
ただ騒ぎに乗っかっているだけの者。
反応こそ様々ですが、噂の内容を信じ込んでいるという点では共通です。
幸いなのは、噂が広まる過程でシモンの相手とされるレンリの身分についての周知も進んだことでしょう。これがなんの後ろ盾もない一平民女性であれば誤解から嫌がらせなど受けていた可能性もありますが、流石に高位貴族の令嬢にそのような真似をする度胸のある人間はそういません。
まあ、そういう愚か者がいたらいたでレンリが泣き寝入りなどするはずもなく、相手が泣いて謝るまで口喧嘩でボコボコにしていたのでしょうけれど。
そうならなかったのは誰にとっても幸いでした。
そのおかげで更に誤解が解けるのが遅れたという側面もあるにせよ。
「やあ、シモン君。こないだのプレゼントは気に入ってくれたようだね」
「うむ、実に素晴らしい。ありがたく使わせてもらっているぞ」
そんなわけで噂の元となった『デート』の日から一週間が経過しても、驚くべきことに未だ当事者の二人は自分達を取り巻く状況に気付いてすらいませんでした。
さて、今日はまたもやシモンの休日。
それに合わせて前回と同じように二人で待ち合わせていました。
現在の話題は、先日レンリが贈った手作りのプレゼントに関してのようです。
優れた捜査能力を誇る歴戦の騎士団員達にも、その品物の正体までは掴めませんでした。別にシモンに隠すつもりはないので一言尋ねればすぐに判明したのでしょうけれど。
「本当に金は払わなくていいのか?」
「なに、気にすることはないさ。元はといえばキミとの会話から出た発想だからね。アイデア料とでも思っておいてくれたまえ」
「ならば、その言葉に甘えさせてもらおう。それにしても本当に使い勝手が良いな、このダンベルは。今もこの通り、おかげでいつでも筋トレができる」
そう言うとシモンはおもむろにアームカールで上腕二頭筋を鍛え始めました。
そう、レンリが贈ったのはダンベルです。
正確には、その機能を有した新作の魔法道具です。
材質は芯となる鉄棒と、それを覆う革製のカバー。
外観は刃物の柄の部分だけ切り取ったような感じでしょうか。
当然そのままでは大した重さはありませんが、芯の部分に刻まれた刻印魔法の効果で流した魔力量に応じて重さが変動する仕組みがあるのです。
シモンは常日頃から自分に対して重力操作の魔法を使って身体を鍛えているのですが、要はその延長線上の発想でしょうか。
鉄棒に重量変化の効果を刻み込むことで、普通なら重くなるにつれて大きく場所を取りがちになる筋トレグッズがあら不思議。ポケットに収まるサイズのまま重さだけ自由に変えられるという寸法です。
「トレーニング器具というのは大体サイズがかさばるからな。ポケットに入るサイズで必要な重さを出せるのは実にありがたい。なんなら、うちの騎士団にもトレーニング用の備品として導入したいくらいだ」
「へえ、気に入ってもらえたようで何よりだよ。ルカ君はあまり興味なさそうだったけどルー君には好評だったし、この様子だと売り物になるかもしれないね」
「うむ、欲しがる人間は多いと思うぞ」
「ふむふむ、それなら本当に考えてみようかな?」
腕力に自信のない初心者トレーニーから高重量のウェイトを扱い慣れている上級者まで、コレ一つで需要に応える優れモノ。普段は小さく軽いので邪魔になることもありません。商品化して上手いこと売り出せば、それなりにまとまったお金になりそうです。
「まあ自分で商売の筋道を立てるのは大変だからね、術式のメモを送って実家に丸投げすることにするよ。私の姉様がそういうアイデアをお金に換えるみたいなの大得意なんだよね」
「ほう、そういえばレンリには姉上がいるのだったな。ルカから話を聞いたことがあるぞ。たしか王族の教育係と聞いていたが商売もするのか?」
「そっちは趣味みたいなものだけどね。我が姉ながら多才で多趣味な人なんだよ」
「そうか、そのうちレンリの家族にも会ってみたいものだな。どこかで挨拶する機会があればいいのだが」
異性に対して「家族に挨拶したい」と言ったら普通は結婚の申し込み的な意味合いを伴いますが、もちろんシモンに他意はなし。単に挨拶をしたいから挨拶したいと言っただけ。それ以上でもそれ以下でもありません。
しかし、現在二人がいるのは大勢の人目がある広場のど真ん中。その上、最近の噂のおかげもあってか注目度合いは先週よりも遥かに上がっています。
そんな状況で更に誤解を煽るような言葉を口にしたのです。周囲で聞き耳を立てていた野次馬達の心境たるや如何に。とても心穏やかにとはいきません。
……まあ、相も変わらず張本人二名は気付いてすらいないのですけれど。
「あ、いたよ……あそこ……っ」
「ホントだ! おーい、レン!」
「…………」
ですが、ようやくと言うべきか。
ここに来てやっと風向きが変わるキッカケがやってきました。
「やあ、二人とも……ああ、いや三人か。ライムさんも一緒だったんだね。そんなに急いでどうしたんだい?」
レンリ達のところにやってきたのはルカとルグ、そしてライム。
最初にレンリが二人しかいないものと勘違いしていたのは、ライムがルカの背中に隠れていたから。ただでさえ小柄な彼女が人の後ろにいたら気付かないのも無理はありません。
ですが、今回に限っては体格だけのせいではないでしょう。身に纏う雰囲気そのものが弱々しく、まるで何かに怯えているように感じられるのです。
「どうしたんだい? てっきり今日は二人でデートでもしてるものと思ってたけど。それにライムさん、今日はなんだか……」
いつもより小さく見えるような気がする。
そう続けようとしたレンリの言葉は、なんと、ルカによって遮られました。
いつになく強い語気に、レンリもシモンも疑問を差し挟むことさえできません。
「レンリちゃん、シモンさん……これ、読んで……ください」
「あ、ああ……これは、新聞?」
「うむ、この折り目のあるページを読めばいいのだな…………は?」
まず該当のページにデカデカと書かれている見出しを目にしたシモンが、雷にでも打たれたように動きを止めました。なにしろ自分自身の交際疑惑の記事が載っているのです。彼が驚くのも無理はありません。
そうしてシモンの思考がフリーズした数秒後。
「ああ、そういえば前にサニーマリー君も言ってたっけ。私も今度会ったら直接聞いてみようと思ってたんだ。ふむふむ、それでシモン君のお相手は、と……………………はああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」
記事を読み進めたレンリが怒声とも困惑ともつかぬ大音声を上げました。
◆やっと、この章のヒロインが出てきました。ライムだって本気を出せばちゃんとヒロインムーブできるんですよ。できるといいなぁ……




