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シモンの魔法


 一人対百人の試合。

 そんな状況、普通であればまともな勝負など成立するはずもありませんが、現在は間違いなく一人の側が優勢でありました。



「はっはっは、お前達、今の連携はなかなか良かったぞ」



 一人を大勢で取り囲んでいるとはいえ、同士討ちを避けようとすると一度に攻撃できるのは精々三人か四人。多くても六人というところでしょう。

 兵達はシモンを取り囲んで攻撃のタイミングを合わせ、あるいはあえて微妙にズラして隙を作ろうと工夫しますが、未だに一本も入れることが出来ていません。


 ルグ一人を相手にした時と違ってフットワークも使ってはいますが、それも歩く程度の速さ。

 よく狙えば充分に当てられるはずなのに、実際にはかすりもしない。絶え間なく襲いかかる百人を相手にしても、その技のキレには僅かな曇りもありません。



「本当に当たらなかった。ビックリだね」


「うん……すごい、ね」



 レンリとルカも、素振りに使った長剣と金棒でそれぞれ打ちかかってみましたが、他の面々と同じようにまるで当たりません。

 逆にシモンが手にしている革を巻いた竹棒が、怪我をさせないようにそっと彼女達のこめかみや喉に当てられ(他の兵達はもう少し荒っぽく叩かれていました)敗北を悟らざるを得ませんでした。



 とはいえ、訓練の時間内であれば何度でも挑戦は可能です。

 他の兵達も何度もあしらわれながら、それでもへこたれずに二度三度とシモンに立ち向かっていきました。



「よし、今度は本気で行ってみる……!」


「どう……する、の?」



 勿論、先程外されたあまり鋭くない斬撃もそれはそれで全力だったのですが、レンリは今度こそ本当の本気を出す気になったようです。

 ポケットに入れていた塗料で服をめくって両手両足に刻印を描き、



「『身体制御』……の簡易版!」



 今回は試作聖剣ではなく訓練用の鉄剣ですが、それでもある程度の効力は発揮できるようです。

 あまり多用すると反動による筋断裂や骨折が怖いので長時間の連続使用はできませんが、これならば一時的とはいえ達人並みの技や速さを発揮できます。


 レンリは魔法の効果が切れないうちに、他の兵達の攻撃が止まった瞬間を狙って、シモンの背後から斬り込みましたが、



「おお、これは見事。なかなかやるではないか」


「ん、これは……? って、わわっ!?」



 シモンは手にした棒で冷静に剣の腹を打って軌道を逸らし、そのままカウンター気味に顔へ一撃を……打ち込むと怪我をさせてしまうので急遽足払いに変え、自らの斬撃の勢いが急加速したことに対応できなかったレンリは、そのままゴロゴロと転がっていきました。


 しかし、今の一合も完全に無駄ではありませんでした。

 魔法使いであるレンリは、武器越しにシモンと接触したことで彼がなんらかの魔法を行使していることに気付いたのです。



「なんの術だか分からないけど、あの人は魔法を使っている。あれが彼の強さの秘密に違いない!」


「そ……そう、なの?」



 シモンの強さの秘密は、その魔法にこそあると推理したレンリでしたが、



「いや、別に秘密ではないぞ? 確かに俺は魔法を使っている」



 特に隠すこともなく、聞いたら普通に教えてくれました。

 シモンの使っている魔法とは、



「重力魔法というのがあるだろう? ほら、狙った場所やモノをペシャンコにするやつ。あれだ」



 ちなみにシモンは、レンリの質問に答えながらも他の兵の相手をしています。

 よそ見をしていても、特に問題はなさそうです。



「ああ、ありますね……でも別にそれで誰かを攻撃しているようには見えませんけど?」


「うむ、恥ずかしながら俺はあまり魔法の才がなくてな。動き回る相手を狙って当てるのが苦手なのだ」


「は? でも、それが一体……」


「だから、確実に当てられるのは俺自身くらいなものだな」


「……はい?」



 シモンの言葉を聞いたレンリは、意味を理解できずにポカンと呆けています。

 まあ、魔法使いの常識からあまりに離れた使い方なので無理もありません。



「ええと、それって……?」


「攻撃には使えんが、それでもモノは考えようでな。俺自身にかかる重力を何倍にもすれば、これが案外良い鍛錬になるのだ」



 そう、確かにシモンは魔法を行使していました。

 ただし、自分自身にかかる負荷を増して鍛錬の強度を上げるためという、ちょっと頭おかしい系の目的の為に。



「今は大体二十倍くらいの重さか? 気を付けないと床や道路を踏み抜いてしまうから、街中だとあまり負荷を増やせないのが難点だがな」



 この口ぶりからすると、訓練の時だけに限らず日常生活の中でも恒常的に自分に重力魔法を使い続けているのでしょう。よく見れば今も、訓練場の土にシモンの靴は足首近くまで埋まっていました。


 そう、この一対百の訓練試合。

 なんと、一の側が最初から大きな枷を付けたハンデ戦だったのです。








 ◆◆◆








「ふむ、いい汗をかいた」


 結局、今朝は誰一人として一本取ることが出来ず、シモンの完勝に終わりました。彼から一本取ったら金一封というローカルルールもあるようですが、残念ながら今回はお預けです。



「では、今朝の訓練はこれまで。この後は各員職務に励むように。では、解散!」



 騎士や衛兵達も解散し、後に残ったのはシモンとレンリ達だけになりました。



「我が軍の訓練は如何だったかな?」


「ええ、なんというか……色々と良い刺激になりました」


「俺は楽しかったです!」


「わ、わたしも……です」


「はっはっは、それは良かった! 話は通しておくから、またいつでも来るといい」



 それなりに疲れはしましたが、彼らにとって今回の訓練は実り多いものだったようです。三人とも全身汗や土で汚れていましたが、充実した表情を浮かべています。



「良かったら兵舎の風呂で汗を流していくといい。うちの風呂は広いし、この時間は空いているから気分がいいぞ。俺も今日はまだ時間があるし、汗を流した後で一緒に朝食……いや、もう昼食か。一緒に食事でもどうかな?」



 レンリ達はほとんど迷うことなく誘いを受けることにしました。


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― 新着の感想 ―
利発で、お子様ランチの好きなシモン君、立派に成長したなぁ~
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