真相を探る二人
この日を境に学都内にとある噂が広まり始めました。
街中の、いえ国中の多くの女性が憧れる王弟殿下の交際疑惑。
事実無根の、と言えるかどうかは微妙なところです。
もちろん当の本人達にそんなつもりは毛頭ないのですが、事実がどうであるのかはこの際関係ありません。多くの人目が集まる場所で待ち合わせ、いかにも親しげに笑い合い、しまいには頬を赤く染めながら腕を組んで歩く。
実情は飲んだくれのオッサン同士が肩を組んでガハハと笑っているようなものとはいえ、少なくとも見た目だけなら年頃の男女です。これで誤解するなというほうが理不尽でしょう。
「あの騎士団長さんが女の子と待ち合わせをしてたって?」
「そういえば、付き合うとかどうとか言ってるのを聞いたぞ」
「それはつまり、そういうことなのかな?」
「それはつまり、そういうことなんだな」
女神像騒ぎの時よりは幾分落ち着いたとはいえ、それでも学都の中心部近くは常に大勢の人で賑わっています。よって当然、噂の渦中にある二人を目撃したり会話を耳にした者もそれなりにいました。
断片的な情報を繋ぎ合わせれば、あっという間にそれらしい交際疑惑の出来上がり。根拠薄弱な誰かの推測が、いつの間にか自明の事実として語られるまでにも大して時間を要しません……が、まだまだこれで終わりではありません。
「ここだけの話なんだけど」
「友達の友達が言ってたんだけど」
古今東西、どこの国でも、そしてどこの世界でも、噂とはどんどん尾ヒレが増えていくもののようです。時に話を盛り上げるべく意図的に、時にうろ覚えの記憶をなんとなく埋めた結果、話はよりセンセーショナルな方向へと盛られていくのでありました。
◆◆◆
「というわけで、昨日は久々にあの店に行ってきたんだ」
「ご、ごめんね……わたし、脳ミソは……ちょっと」
「いやいや、ルカ君が気にすることはないさ。無理強いをするものでもないからね。今度は一緒に甘い物でも食べに行こうよ」
レストラン『漢の肉』を訪れた翌日。
レンリは自分がどのように噂されているかなど知る由もなく、普段通りにルカ達と待ち合わせていました。ルカもルグも、街角や酒場などで見知らぬ人々と噂話に興じるようなタイプではないため、まだ噂自体を知らないようです。
ついでに言えば噂そのものは広まっていますが、レンリがシモンと二人でいるのを直接見た人間の数は、噂の広まり具合からするとそれほど多くありません。
そのおかげで、この時点ではまだ件の『交際相手』がレンリであるとまでは特定されていませんでした。昨日とは服装も変わっているので、なおさら特定されにくくなっているはずです。
写真でも撮られていたらまた話も違ってきたのでしょうが、この世界の写真機はまだまだ高価で数も少ない貴重品。学都に存在する写真機は新聞各社が取材用に持っている数台程度しかありません。
「それじゃあ、今日は諸君に荷物運びをお願いしよう。昨日ちょっとインスピレーションが降ってきたのでね。試作用の材料を買いに行きたいのだよ」
「えへへ、荷物運び、得意……がんばる、ね」
「俺も。ルカほど役には立たないだろうけど、まあそれなりに」
この三人の活動方針は雇用主であるレンリのその日の気分で決まります。
時には行列のできる食べ物屋に何時間も並んで目当てのメニューを買ってくることなども仕事扱いになるのですが、それに比べると今日も荷運びは気楽な部類でしょう。特にルカがいれば何トンもあるような重量物でも一人で軽々運べます。
「インスピレーションが来たっていうと、また新しい剣でも作るのか?」
「いや、実は今回は武器じゃないんだ」
「へえ、レンにしては珍しいこともあるもんだな。じゃあ何を作るんだ?」
「ああ、ちょっと昨日付き合ってくれた礼にシモン君にプレゼントでもと思ってね。上手く出来たらキミ達にも進呈するよ……って、おや、あれは?」
早速、買い物に向かおうと思った矢先。
レンリは知り合いの姿を見かけました。
「やあ、サニーマリー君達じゃないか。今日はちゃんと生きてるみたいだね」
「あ、こんにちは」「こんにちは、レンリちゃん」「ルカちゃん達もこんにちは」「今日はちゃんと生きてるよ」「生き生きしてるよ」
レンリの視線の先にいたのは双子の妖精記者サニーマリー。
先日の事件で一度死んでしまった彼(彼女)ですが、そんなことはすっかり忘れたように取材に精を出しているようです。
「おや、その首に提げているのはもしかして写真機かい?」
「そうだよ」「うちの会社にも」「二台しかないんだよ」「社長が魔界に旅行に行った時に」「中古のを値切り倒して」「買ってきたんだって」
「へえ、いいなぁ。アレ面白そうだから私も一個欲しいんだけど、普通に買おうとしたら予約しても何年待ちとかだもんね」
少しずつ流通量が増えているとはいえ、この世界に現在存在する写真機のほとんどは魔界からの輸入品。職人が一点ずつ組み立てているので生産ペースに限界がある上、新たに注文しようにも予約で数年待ちが当たり前。お金さえ積めば手に入るというものでもありません。
人間界の国々でも入手した写真機の構造を分析して再現しようと試みてはいますが、こちらも安定して生産できるようになるまではまだ当分かかりそうです。
「そして何を隠そう」「私は写真を撮る」「名人なのさ」「これだけは」「編集長にも」「褒められるの」
「キミ達、そんな特技があったんだ。ねえねえ、それじゃあちょっと私達を撮ってよ」
「うん、いいよ」「あ、でも僕」「あ、そうだったね私」「仕事に関係ない」「写真を撮りまくって」「フィルム代を無駄にするなって」「怒られたばっかりだっけ」「だから、ごめんね」
「いや、まあそれなら仕方ないさ」
妖精記者の写真術は、会社の備品を散々にオモチャとして使いながら磨かれた技術のようです。レンリとしても興味はありましたが、無理を言って頼み込むほどでもありません。
「それで、そんな写真機を持ってるってことはこれから取材かい?」
「うん、取材だよ」「スクープだよ」「あのねぇ、この前会った」「シモン君に、なんと」「正体不明の」「恋人がいたんだって」「みんな言ってるよ」
どうやら双子は早速噂の真相を調べているようです。その噂の当事者の一人が目の前のレンリだとは気付いていないようですが。
「へえ、シモン君に? どんな相手なんだい?」
こうしてようやく噂が流れているということを知ったレンリですが、当然ながらその相手が自分だとは夢にも思っていません。
「それがね」「いっぱい目撃証言があって」「髪が長くて」「ものすごい美人で」「見た目はそれほどでもないけど心が綺麗で、じゃない?」「どこかの国のお姫様で」「あれ? 平民との身分の壁を越えた恋、じゃなかった?」「ええと、たしか両方聞いた気がするけど」「何が本当か分からないね」
街中で情報を集めたサニーマリーも、噂がどんどんと姿を変えていったせいで何が本当で何が嘘なのか分からないようです。実は、先程頼まれた通りにレンリの写真を撮るのが一番の正解だったなんて分かるはずもありません。
「よく分からないから」「シモン君に直接」「聞きに行くことにするね」「騎士団の建物に」「張り込んで」「出てきたところを」「突撃インタビューだよ」「お腹が減らないように」「パンと牛乳を」「買っていかないと」
「そうかい、まあ頑張ってくれたまえ。今度はノドに詰まらせてうっかり死なないようにするんだよ」
「うん、気を付けるね」「それじゃあ」「またね」
そうして真相にニアミスしながらも一切何も解決しないまま、レンリ達と双子記者は何事もなかったかのように別れるのでありました。




