酔っ払い二人
レンリ達は中央広場から少し歩いた料理店へと向かいました。そこは如何にもデート向きなオシャレでロマンチックな雰囲気……ということは全くありません。
むしろ、そうしたイメージの対極に位置する類の店でしょう。
いやまあ、ある種のロマンがあるにはあるのですが。
「どうだい、シモン君?」
「ううむ、これはすごい迫力だな!」
「だろう? 牛一頭の丸焼きなんてなかなか見られないからね」
レストラン『漢の肉』。
その店のフロアは客席のド真ん中に巨大な炉が設置され、牛の丸焼きを作っている様子を間近で眺めることができるようになっていました。
内臓を抜かれ極太の鉄串に貫かれた牛は巨大なハンドルでグルグル回せるようになっており、筋骨隆々の男達が全身から汗を噴き出しながら絶えず回し続けています。そうやって肉を炙りながら秘伝のタレを塗り続けることによって、この店こだわりの美味が生み出されるのです。
もし仮に、この暑苦しい光景から色恋的な意味でのロマンを感じ取れる者がいたら、その人物には取り急ぎ眼科か精神科の受診を勧めるべきでしょう。
さて、調理の光景を眺めることしばし。
ようやくレンリ達のテーブルにも料理が運ばれてきました。
いくらレンリが大食いといっても流石に一人で牛一頭を一人占めするわけではなく、店のスタッフが丸焼きの各部から切り出してきた肉を皿に盛り付けて運んでくるという形式です。
「これは脚でこちらは背肉か。一皿で様々な部位の食べ比べができるのは面白い趣向だな。この焦げたタレの風味も良い」
「うんうん、喜んでくれたようで何より。でも本番はこれからだから胃袋の余裕を残しておいてくれたまえよ。実は、この店には他にも面白い裏メニューがあるのさ」
「ほう、裏メニューとな?」
『漢の肉』の名物は現在シモン達も食べている牛の丸焼きですが、他にもまだまだ美味い物を揃えています。たとえば丸焼きの下ごしらえの段階で抜いてしまう臓物。内臓は処理や鮮度が悪いと途端に臭みが出てしまいますが、この店でそんな心配は要りません。
「ここの煮込みは美味いな。クニュクニュした食感が良い」
「串焼きや揚げ物もイケるよ。ああ、店員さん。飲み物のおかわりとレバーのステーキを追加で」
「はっはっは、これは昼間からビールが進んでしまうな! なるほど、この内臓料理が裏メニューというわけか。レンリが勧めるだけはある」
「いやいや、それが違うんだな。さっき頼んでおいたから、そろそろ来るはずだけど……っと、噂をすれば」
丸焼きと内臓料理各種に続き、レンリおすすめの裏メニューがテーブルに運ばれてきました。大皿の上に鎮座するソレは、牛一頭から一つしか取れない希少部位……には違いないのですが、グロテスクな見た目のせいで人によっては食欲よりも拒否感が先に立つことでしょう。
「来た来た! これが裏メニューの脳ミソのローストだよ」
「……おお、これはなかなか迫力があるな。匂いは悪くないが」
「まあ人を選ぶメニューには違いないからね。無理に食べろとは言わないけど」
「いや少々驚いたが、これもまた経験だ……魚の白子に似ているがもっと風味が濃いな。うむ、悪くない。いや美味いなコレ」
最初の一口はおっかなびっくり。
先入観が消えた二口目からはパクパクと。
どうやらレンリおすすめの一品はシモンのお気に召したようです。
「ふふふ、気に入ってもらえたようで何よりだよ。おっと、健康のためには野菜も食べないとね。ニンニクの丸揚げと、あと揚げ芋も貰おうか」
「はっはっは、たしかに栄養バランスは大事だな。それにしても、ううむ、こう味の濃い料理ばかりでは喉が渇いていかん。ビールの追加も頼む。ジョッキ、いや、ピッチャーで持って来てくれ」
今日は休日ということでシモンも気が緩んでいる様子。アルコールを控えるつもりもないようです。レンリと一緒に散々飲み食いし、会計を済ませて店を出る頃には二人ともすっかり出来上がっていました。
「ととっ、ちょっとフラつくな。楽しくて飲みすぎちゃったかも」
「それは一人で帰すわけにはいかんな。今日は俺もあまり人のことは言えんが、せめて家まで送っていこう。俺の腕に掴まって歩くといい」
「それじゃあ、お言葉に甘えるとするよ。おお、流石鍛えてるだけあって腕が太い。これは掴まりやすいな」
「ははは、それは良かった。日頃から鍛えていた甲斐もあるというものだ」
そんなごく自然な流れで二人はひどく密着した体勢で街中を歩き出しました。
元々のある種の察しの悪さに加えてアルコールで頭が鈍っているせいもあって、自分達の状況に微塵も疑問を抱くことはありません。周囲からどのように見られているかとか、飲酒で紅潮した顔色がどのように思われるかになど考えが至るはずもありません。
「ああ、楽しかった。今日は付き合ってくれて助かったよ。実は、前に来た時はルカ君があの裏メニューを見て青くなっちゃってさ」
「ああ、まあ、味はともかく見た目がアレではなぁ」
「ルー君は大丈夫だったけど、彼を誘ってルカ君だけ連れて来ないのは仲間外れにしてるみたいで何だかイヤだし、アン達もあの店の話をしただけで腰が引けてたし。一人でっていうのもつまんないからね。これからアレが食べたい時はシモン君を誘うことにするよ」
「ははは、そんなことで力になれるならいつでも付き合おう!」
「うんうん、是非とも付き合ってくれたまえ!」
と、付き合うだのなんだのと。如何にも誤解を招きそうなことを天下の往来で話しながら、酔っ払い二人は腕を組んだままその場を後にするのでありました。
◆◆◆
「おお、そうだ。今度はライムの奴も誘ってやらねば。もしかしたら、珍しくあいつのビックリする顔が拝めるかもしれんぞ」
「はは、いいね、それは楽しそうだ」
「本当は今日も来られれば良かったのだが家を訪ねても留守でな。まあ、ライムが狩りだの修業だので何日か空けることはよくあるし、いずれまた機会もあるだろうよ」




