なかよしの解釈
「おっと、もうこんな時間かい?」
実験に次ぐ実験。
本来想定されていない仕様の穴や、ルールの抜け道を見つけるのはレンリの得意分野です。シモンや迷宮達を付き合わせ、迷宮の機能についてあれこれ検証を繰り返していたら、いつの間にやら日暮れ近い時間になっていました。
「私は帰るけどウル君も一緒に帰るかい?」
『あ、その必要はないの。街にいる我はもうお家に戻ってるのよ』
「そうかい、了解。同じ自分が何人もいるっていうのは便利でいいね」
ウルとモモとネム、迷宮達にとってはここがもう家みたいなものです。レンリと同居しているウルも、別の自分がすでに帰宅しているので一緒に戻る必要はありません。
人間であるレンリとシモンは流石にそういうわけにもいかないので、迷宮達とはここでお別れ。二人で街に戻ることになりました。迷宮の現在いる辺りは魔物の出没するエリアですが、シモンがボディガードをするなら危険はないでしょう。
「やあ、シモンさん。今日はこっちの趣味に長々と付き合わせて悪かったですね」
「いや、なかなか有意義な時間であったぞ。それに良い勉強をさせてもらった。研究助手としても及第点を貰えたようで何よりだ」
今日は最初の確認を終えた後はレンリの助手役を務めていたシモンですが、彼もそれなりに楽しんでいたようです。レンリに気を遣って退屈なのを我慢していたという風ではありません。
「そういえば、今日はあの二人はどうしたのだ?」
「あの二人? ああ、ルー君とルカ君ですか」
さて、歩きながら話すうちに別の話題へと移りました。
研究の手伝いやら護衛やらは、普段であればルグとルカがしているはずですが、今日は最初から二人の姿が見えません。
ちょうどシモンにも迷宮達に確認すべき用事がありましたし、ならば折角だし一緒にと、屋敷を訪ねてきたレンリと行動を共にしていたわけですが。
「ああ、大したことじゃないですよ。いつもオンオフ関係なく私の都合に付き合わせてますし、たまには二人で過ごせる時間があったほうがいいかな、なんて」
普段レンリは迷宮攻略の際はもちろん、休日だろうと毎日のように私的な買い物の荷物持ちやヒマ潰しの相手などにルグ達を連れ回しています。が、レンリにも一応は気遣いの心はあるのです。
「多分、二人でデートでもしてるんじゃないですか? あの二人のことだから、小さい子の遊びみたいな健全な内容でしょうけど」
「なるほど、得心が行った。レンリ嬢は優しいな」
「はいっ!? いやいや、全然そんなのじゃないですってば!」
「ははは、そうかそうか。では、そういうことにしておこう」
「いや、シモンさん全然分かってないですよね!」
「はっはっは、さて、どうだろうな?」
人に褒められるのが苦手なレンリとしては、思わぬ不意打ちに大弱り。
シモンはそれを分かっているのかいないのか楽しそうに笑うばかりです。
そうして、ひとしきり笑った後で。
「ああ、そうだ。笑った弾みで思い出した。前々からそなたらに言おうと思っていたのだが、今伝えてしまっても構うまい」
「そなたら、っていうと私とルー君達にってことですか? ちゃんとした話なら皆一緒の時のほうが良いと思いますけど」
「いや、それほど大した話ではないのだ。二人にはまた別に伝えよう。それに……うむ、それだ。やはり気になるのでな。今更といえば今更の話ではあるのだが」
「それ、というと?」
シモンが妙なことを言い出しました。
話しぶりからするに、どうやらレンリ一人にではなく、ルグやルカを加えたいつもの三人組に対しての用件のようですが。
「いや、大したことではないのだがな。そなたら、俺に対していつも敬語で話すだろう? それが不快とまでは言わぬが、友人としては少々壁を感じてしまってな」
現在のレンリの喋り方も敬語としては相当にラフな、少なからず崩したものではあるのですが、シモンとしてはもっと対等の友人らしく接してもらいたいようです。
王族らしからぬ頼み……いえ、時として腫れ物に触るが如く慎重な対応をされがちな身分ならではの望みとも言えるでしょうか。迷宮都市の旧友達とは幼い時分からの付き合いということもあって自然と対等な関係ができていましたが、ある程度分別が身に付く年齢以降の知り合いだとなかなか難しいものがあるのでしょう。
「ふむ、つまりは気を遣わずにタメ口で話せということですか?」
「うむ、そう、それだ! もちろん無理にとは言わぬが」
「……いや。もちろん構わないとも! 少なくとも私は喜んで。まあ人目がある場とかでは臨機応変にってことでね」
「そうか、それはありがたい! やはり友との関係とは、かく在りたいものよな」
そしてレンリはその願いを快諾しました。
元より疑っていたわけではありませんが、シモンが自分達を手のかかる被保護者などではなく対等の友人だと思ってくれていたのが、思いのほか嬉しかったというのもあるでしょうか。
「じゃあ、改めてよろしくね。シモンさん、いや、呼び方も名前を呼び捨てにしたほうがいいのかな? シモン? でも年上を呼び捨てっていうのもなんかね」
「そこはまあ、呼びやすいようにしてくれれば構わぬよ。では改めてよろしくな、レンリ嬢。いや、レンリよ」
呼び方、そして喋り方の変化。ほんの些細なことではありますが、こうしてシモンとレンリは前よりも少しだけ仲良くなったのでありました。
◆◆◆
――――彼らは気付いていませんでした。
シモンもレンリも、まったく気が付いていませんでした。
この二人くらいの年齢の男女が、急に互いの呼び方や喋り方を変え、誰が見ても明らかなほど親密な方向に関係が変化した場合、事情を知らない第三者からどのように見られるのかということを。
現国王の実弟であり、この街の騎士団長でもあるシモンは学都でも領主に次ぐほどの有名人。レンリも新聞の影響などもあって本人が思っている以上に顔が売れています。基本的には変人としての知名度ではありますが、別に普段から隠しているわけではありませんし、街の中には彼女がそれなりに高めの家格を持つ隣国の貴族令嬢であることを知る人間だっていることでしょう。
そんな事情を知る人々が、王族である彼と貴族である彼女の親し気な様子を見たら、果たしてどんな想像をするでしょうか。
当の本人達が一切の他意なく単なる友人だと思っていようが外野には関係ありません。
いえ、それどころか強く否定すればするほどに関係を怪しまれる恐れすらあります。
……ですが、まあ、それはまだいいのです。
本当の問題は別の部分にあります。
彼らは気付いていませんでした。
現在、シモンとレンリが歩いているのは第一迷宮の森の中。
そこは言うまでもなくウルの領域でありますが、同時にもう一人、この森の中に住まう人物の縄張りでもあります。
「…………」
彼女は見ていました。
ライムは見ていました。
最初から全て見ていたのなら誤解することもなかったのでしょうけれど、よりにもよって話の途中から。彼女が知るシモンとレンリの距離感とは明らかに違います。
互いの呼び方ひとつ取っても、他の誰かがいる時よりも随分と仲が良さそうに思えます。見ようによっては、二人きりになったから人目を気にせず素を出している……という風な解釈もできなくはないでしょう。
森の木々と大気とに自らの気配を溶け込ませ、もしかすると第一迷宮そのものであるウルにすら感知できないほどにまで存在を希薄化したライムには、流石のシモンも一切気付く様子がありません。
「…………そう」
果たして、その呟きにはどんな想いが込められていたのか。
ライムは去って行く二人の背を静かに見つめるばかりでありました。
◆今回で九章は終わりです。お読みいただきありがとうございました。序章を除くとこれまでで一番短い章でしたが、書いてる分にはボリューム不足感みたいなものは感じなかったですね。
◆十章はそろそろシモンとライムの関係を少し進めてみようかと。ちなみにNTRみたいな邪悪な属性を書いたら作者の脳が破壊されて死ぬので、そういう要素は一切ないです。ご安心ください。そういうのが好きな方はがっかりしてください。たとえ拷問を受けようと宗旨替えはせぬ。
◆章の合間にはいつも通り迷宮レストランのほうを何話か書いていきます。そっちも読んでもらえると嬉しいです。




