モモ大勝利! 希望の未来へレディ・ゴーッ!!
『それじゃあ、とりあえず手始めに――――』
ああ、なんということでしょう!
今やモモが何をしようと止める者はいません。
表面上は純粋な善意で協力するように見せかけながら、ついには一切疑われることのないままネムへの命令権を手にしたのです。
しかも、ネムの力はつい数時間前とは比べ物にならないほど高まっています。
ネムと同類の迷宮であるモモでは、いくら手を合わせて形だけ祈ろうが覚醒に必要なエネルギーを発生させることはできません。ですが、その不足分を人間であるレンリ達に補わせることにも成功しました。
決して最初から何もかもがモモの計画通りだったわけではありません。
第三迷宮の中でレンリ達と会ったのも、その後に街へ出てネムが引き起こしたトラブルに巻き込まれたのも、あくまで純然たる偶然です。
とはいえ、その偶然の状況を「使える」と判断したのは紛れもないモモ自身。
女神に能力を効かせられるかという点をはじめ、どのタイミングでどうネムへ指示を送るか、その結果どの程度の影響が出るか、など。振り返ってみればギリギリの綱渡りの連続で、全てを掌の上で操っていた黒幕などとは到底呼べません。
いくつもの偶然、いくつもの幸運に助けられての薄氷の勝利。
仮にもう一度同じような状況に巻き込まれたとしても二度目の成功はないでしょう。
ですが、それでも勝ちは勝ち。
危険極まるネムの監視役という座を手にしました。
多少精神面での変化も見られますが、ネムもまたモモを心底信頼しています。指示を受ければその通りに能力を振るうことでしょう。
そして、モモは手始めにこんな言葉を告げたのです。
『それじゃあ、ねーちゃん。久しぶりにモモと一緒に遊ぶのです』
『はい、お姉様』
一緒に遊ぶ。
何か恐るべき意味合いを秘めた比喩表現……ではありません。
『おままごととか、かくれんぼとか。モモの迷宮で大きな動物に乗って走るのもいいですね。ねーちゃんはお絵描きが好きでしたっけ? 一緒にひーちゃんの所に行って果物を採って食べたり、波に揺られながらお昼寝するのも捨てがたいのです。ひーちゃんの新作なぞなぞもいっぱい増えたのですよ。ねーちゃんはどれがいいです?』
『くすくす、どれも楽しそう。そんなにあったら迷ってしまいますね』
『迷うことはないのです。これからは時間があるんだし、楽しそうなことを片っ端から全部やればいいのですよ』
ネムを懐柔するために楽しませようとしているようには見えません。
そもそも、ネムを利用するのにそんな手間は要りません。
つまり、これはモモの本心。
ヒトのそれとは違うにせよ、姉として妹を想う気持ちはあるのです。
何年も閉じ込められることになった妹を救えなかった無念、無力感、罪悪感……そんな気持ちはヒトならぬ迷宮にだってあるのです。
『ねーちゃん自身が全然気にしてなかったとしても……まあ、こっちには思うところが色々あるのですよ』
『あらあら、なんだか大変だったのですね』
『うんうん、実は大変だったのですよ。今日は大変すぎたので当分はダラダラ遊んで過ごしたいです。人間のヒト達が言う「疲れる」っていうのは、こういう感覚なのですかねえ?』
モモとしても仕方のないことだったと理解はしています。
ネムに非が無いわけでもありません。
封印の判断を下した女神を恨む気持ちもありません。
しいて恨むとすれば、それはただ己の無力さのみ。
だから、今度こそ絶対に守りたかった。
覚醒して神性が芽生えたネムは、もう簡単には封じられないでしょう。
万が一、ネム自身の意思で石棺に戻ったとしても、あの封具には神を抑えられるほどの機能はないはずです。実際、今のネムと同格の存在であるウルが石棺に触れて蓋を容易く開け閉めしたという話は、菓子店で様々な話をする中でレンリから聞いて知っていました。もっとも、話を聞いた段階ではそこまで気に留めてもいませんでしたが。
能力の威力がどうとか、効果範囲が広がるとか、それにより引き起こされる人の世の混乱とか、そんなことはモモにとって最初から二の次、三の次。もうネムが同じように封じられないようにすることこそが何よりも大事だったのです。
その上で、毎日近くにいてネムがおかしな行動をしないよう見守っていれば、あるいは見張っていれば、これでもう万全でしょう。
もしネムが怪我人や病人や死人やらを助けたいと望むなら、大きな騒ぎにならないように協力するのもやぶさかではありません。実は最初から死んだように見せかけたトリックだった……なんて演出を考えたり、アリバイ工作をするのも案外楽しいかもしれません。
もし後になって今日の交渉内容に違和感を持たれたとしても、モモが何も知らないフリをしてとぼければ、それ以上追及のしようはないはずです。少なくとも明確な証拠は存在しないのですから疑惑が確信に変わることはないでしょう。
『これまで出来なかった分を、ううん、それよりもっともっと沢山楽しいことをするのです!』
『はい、モモお姉様』
こうして今回の事件はモモの一人勝ちとなりました。
しかし、その勝利を知る者は他になし。勝利者であるモモが語らぬ以上、他の誰かが完全な真相に至ることは決してありません。
この章はもうちょっとだけ続きます。




