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試合


「全員がかりは流石にちょっとな……」


 素振りの次の訓練は試合です。

 とはいえ、騎士団長のシモン一人を相手に約百人がかり。


 ここまでの指導やライムと親しい点からしても、どうやら彼が強いらしいとは察せられましたが、常識的に考えれば一方的なリンチにしかなりません。

 ここまで親切にしてもらった相手ということもあり、レンリ達三人は少々気が引けているようです。



「ふむ、やりにくいなら一対一でも構わぬよ。どれ少年、一つ手合わせでもしてみるか?」


「俺、ですか? いいですけど」



 気が引けたまま始めるよりも、一度実力を見せてからのほうが後々やりやすいと考えたのでしょう。シモンがルグを指名し、試しに通常の一対一形式で試合をしてみることになりました。

 他の兵達も面白そうにその推移を見守っています。




 ルグは訓練場の中央にいるシモンと向かい合って立ち、武器の具合を改めて確かめました。

 武器はいつもの角剣ではなく、先程素振りに使った刃引きをした長剣。斬れないように刃を潰してあるとはいえ、それなりの重量がある金属の棒ですし、勢いよく当てれば骨折は免れません。


 そして、対するシモンの武器は、



「棒術ですか?」


「別に棒が専門ではないがな。一通りの武器の扱いは修めているつもりだ」



 彼は2mほどの長さの棒状の武器を手にしていました。



「切り出した竹に革を巻いた物だ。訓練の度に部下に怪我をさせるワケにもいかんからな」



 シモンの武器は、何の変哲もない竹の棒に、柔軟な革を何重にも巻いた物。両端までピッチリと革で覆われています。これならば、たとえ叩かれても大怪我をする心配はなさそうです。



「では少年、いつでも来るがいい」


「ルグです」


「そうか。では、ルグよ来い!」


「行きます!」



 ルグは改めて剣の握りを確認してから大きく深呼吸をすると、最初から全速力で斬りかかりました。










「おお、思ったより速いな」


 鋭い踏み込みからの上段斬りは惜しくも外れましたが、突撃の勢いをそのまま活かしてすれ違うように背後に回りこみました。そのままシモンが振り返る間もなくルグは二撃目を放ちます。



「あっ、惜しい!」


「ルグ君……が、がんばって……!」


「おお、あの坊主なかなかやるなぁ」



 予想外の善戦に、応援しているレンリとルカ、周囲の兵達も大いに盛り上がっていました。

 背後から胴を狙った横薙ぎもまたギリギリのところで避けられてしまいましたが、シモンの動きは意外にもそれほど速くありません。

 瞬発力に優れたルグが連続して攻撃を続けていれば、いずれ捉えることができる……というように見えました。


 ただし、当事者であるルグを除いて、ですが。



(当たってない!?)



 最初の上段狙いの一撃。

 続く背後からの胴への二撃目。

 更にはそこから回転力を利用して繋いだ三撃目。


 更にそこから続くこと、四、五、六、七発。

 ここまで来れば流石に外野で見物しているレンリ達も違和感に気付きました。

 

 これらを放つ間、シモンは最初の位置から一歩も動いていません。手にした棒や身体を軽く揺らしている程度で、大きく仰け反ったり、飛び跳ねたりもしていません。

 なのに、不思議と攻撃が当たらないのです。

 これが、手にした棒で防御したとか、剣の軌道をズラしたとかならまだ理解はできますが、これでは目測を誤ったルグが勝手に攻撃を外しているようにしか思えません。



「ははは、なかなか当たらんな。どれ、今度はこちらから行くぞ?」


「……遅い?」



 これは試合なのですから、シモンから攻撃すること自体は別に不思議ではありません。

 ですが、竹棒を振るう彼の動きは非常に遅いゆったりとしたものでした。試合の場でなければ、この動作が攻撃であるとすら認識できないでしょう。


 反撃か回避かを選択する時間も充分以上。

 先程攻撃が当たらなかった不審もあってか、ルグは一旦回避を選択して体勢を立て直そうとしたのですが、



「……え? なっ!?」


「ふむ、これで一本だな」



 緩々と動いていたはずの棒の先端が、いつの間にか鼻先にピタリと触れていたのです。


 これが、視認できない超スピードによるものならば、まだ理解もできたでしょう。

 しかし、動き始めから終わりまでルグは一瞬たりとも視線を切っていません。それに距離的にも時間的にも充分な余裕を持って避けたはずでした。それにも関わらず、避けられなかったのです。



「どれ、このままでは不完全燃焼だろうし、もう少し続けるか? 今度は鳩尾みぞおちを狙うぞ」


「……っ!」



 まさかの攻撃部位の予告を受けて、ルグは一旦間合いを開けるべく背後に跳ぼうとしたのですが、



「なんでっ!?」


「おお、二本目だな」



 飛び退こうとして足に力を込めた時点で、視界に捉えていたはずの竹棒がいつの間にか鳩尾に触れていました。



「ルグよ、避けてばかりでは勝てないぞ?」


「……くっ、まだまだっ!」


「うむ、その意気やよし!」







 ◆◆◆







 ルグの攻撃はその後もかすりすらせず、逆にシモンの攻撃は簡単に避けられそうな速度であるのに確実に急所を捉えています。もしこれが実戦であったなら、ルグはすでに十回以上は死んでいるでしょう。



「ふ、不思議……だね?」


「ルー君、なんで避けないんだろ? あれくらい簡単に……」



 試合を見学しているルカとレンリも異様な光景に首を傾げています。

 何が起こっているのか、まるで理解できないのでしょう。


 

「いやいや、それが避けられないんだな」


「そうそう、嬢ちゃん達も後で試してみるといいぜ」



 周囲で一緒に観戦している兵達も、あまりに圧倒的な状況を前に苦笑していました。

 彼らは、眼前で繰り広げられている状況のタネを知っているようです。特に秘密にしているワケでもないようで、親切に教えてくれました。



「まあ、言ってみりゃ簡単だ。あの坊主は自分の意思で剣を振ってると思ってるだろうが、実際は視線だの細かい身じろぎだので思考を誘導されて振らされてるんだよ。ギリギリ間合いを勘違いするように調整してな。最初から届かない場所で振ってるんだから、そりゃ当たらんわな」


「で、攻撃のほうは、あまりに動作に余分がなさすぎるせいで、速さに関わらず見失っちまうんだ。オマケに先読みが極まってるから、回避も反撃も形になる前に潰されちまう。拳闘ボクシングとかの技でカウンターってあるだろ? うちの団長は相手の動きが形になる前の意思に対してカウンターを取ってる……って、自分でも何言ってるか分かんなくなってきたけど、本人が言うには大体そんな感じらしい」



 タネを知っている彼らも完全には理解できていないようですが、どうやらシモンはそんな感じのことをしているのだとか。ライムとは強さの方向性が違いますが、彼もまた超人的な域の使い手だったようです。







 ◆◆◆





「ま……参りました……!」


「うむ、そなたもなかなか良い動きをしていたぞ」


 十五分以上も一方的な展開が続いた後、ルグが負けを認めて決着となりました。

 スタミナには自信のあるルグも、延々と動かされ続けたせいで、すっかりバテています。


「徒手の格闘技でもやっていたのか? 歩法に関しては随分と修練を積んでいるようだな。だが、剣は我流か? 振りは速いが素直過ぎて読みやすい。それから、強い一撃を放とうという意識が強すぎて振りかぶる癖があるようだな。あれは早いうちに直したほうがいいだろう」


「あ、ありがとうございました……!」


 シモンはまだまだ汗一つかいていません。

 ルグにアドバイスをすると、それまで観戦していた兵達に号令を出しました。


「よし、では始めるとするか。全員遠慮なくかかってくるがいい!」


 

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