モモのアイデア、ワン・ツー・スリー
『これはまあ、お姉さん達も思いついた上で除外してるのかもですけど。「奇跡」に頼る神頼みが一番手っ取り早いと思うのです』
モモの考えは、たしかに確実なものではあるのでしょう。
必要なコストさえ賄えればあらゆる願いを実現させられる神の『奇跡』。この力を用いれば、ネムが能力を乱用しないように厄介な人格そのものを書き換えることもできるはずです。
とはいえ相手は仮にも神候補。
この場にいる化身のみならず、超巨大な知性体である迷宮そのものに不可逆の影響を与えようと思ったら、どれだけのコスト、すなわち信仰のエネルギーが必要になるかは分かりません。少なくとも安く済むことはないでしょう。
理論上可能ではありますが、それはあくまで理論上。
実践可能かというと疑問が残ります。
そもそも、コストがどうこう以前の問題もありますが。
「洗脳を止めさせるために洗脳するって本末転倒じゃないかな?」
『ええ、わたくしもそれは気が進みません』
この手段は、要するにネムへの洗脳です。
実行すれば今の人格は多少なりとも失われてしまいます。
それで事態が収まったとしても後味の悪さは残るでしょう。
レンリや女神は息をするように悪だくみをしますし時には他人を利用することもしますが、どんな非道を働いてもまったく罪悪感を感じないほどに物事を割り切れるわけではありません。
つまりは手に負えない悪事には怖気づいてしまう程度の小悪党なのです。まあ、そんな部分で下手に大物ぶりを発揮されるよりはずっとマシですが。
『モモもその手はできれば避けたいのです。本命のアイデアは次なのですよ』
最初の案が却下されるのは織り込み済みだったようです。
ぼんやりした表面上の雰囲気からは分かりにくいのですが、モモの切れ者ぶりや芸達者ぶりは先程から見ていても明らか。かなりの知恵者と言えましょう。すぐに本命の第二案を繰り出してきました。
『ほら、昔はキレたナイフみたいだったひーちゃんが、ちょっと前に更生したじゃないですか?』
「それって、そんな反抗期の不良感覚で語っていいやつなの?」
モモの表現はともかく、その件はレンリ達もよく知っています。
以前は怒りの感情を制御できずにトラブルを頻発させ、人前に出ることを恐れていたヒナでしたが、現在はすっかりメンタル面が落ち着いて大勢の人で賑わうビーチで毎日食べ歩きなどしています。
ヒナが問題を解決した理由は、その当時のレンリ達が協力した影響も多少あったのでしょうが、最大の決め手となったのは迷宮として覚醒したことでしょう。
未覚醒の迷宮が未完成ゆえに抱えていた精神の不安定さは、覚醒によって解消される……可能性がある。その仮説が他の迷宮にまで通じるかどうかは未知数ですが、少なくとも改善例はすでにあるわけです。不安定さの方向は違えど、試してみる価値はあるかもしれません。
「なるほど、言われてみれば一理ある気がする。専門家の意見はどうだい?」
『ん~……わたくしも多分イケるような気がします。不安定さの原因が迷宮として安定してないからっていうのも、ええ、その影響は少なからずあるでしょうね。ちょうど、もうあと少しで神性を獲得できそうなくらいまで信仰が溜まってるみたいですし』
もしもネムが覚醒迷宮になれば大方の問題が勝手に片付くのだとすれば、さっきまでレンリ達が必死に走り回っていたのはまったくの無駄、杞憂に過ぎなかったということになってしまいますが、こればかりは仕方ありません。
現在のネムの状態は女神の見立てでも覚醒直前。
あと、ほんの一押しで神としての性質を獲得できそうです。さっきのような大騒動を起こさずとも、やり方次第ですぐにでも試すことはできそうですが……。
「でも、これがダメだったらやっぱり元に戻すってわけにはいかないからね。ネム君が超パワーアップしただけでメンタル面は全然変わらない可能性だってあるし」
『そうなんですよねえ。わたくしとしても、あと何か一つくらい安心材料が欲しいというか、ここでゴーサインを出した責任を負いたくないというか……』
「それは神様としてどうなのさ? まあ責任云々は置いておくとしても、あともう一押しくらい安心材料が欲しいって意見は分かるかな」
迷宮の覚醒は不可逆の変化となります。
一度試してみて、ダメそうだったからやっぱりナシとはいきません。
あと一手、もう少しだけ安心できる材料が欲しいところです。
『あるのですよ?』
「え、あるの?」
『え、あるんですか?』
ありました。珍しくやる気を出したモモの切れ者ぶりは大したもので、ダメ押しとなる第三案までを既に用意していたのです。
あまりにも単純で、それ故にかえって思考の盲点になっていたようなアイデアでしたが、この方法を先の第二案と組み合わせれば、ネムの暴走をほぼ確実に防ぐことが叶うでしょう。
『……という感じで、きっとイケると思うのです』
「たしかに、それなら……うん、大丈夫そうかも」
レンリや女神も納得したようです。
100%確実とまでは望めずとも、十中八九程度は大丈夫だろうと思えます。
いずれにせよ、どこかしらのタイミングで思い切らねばいけないのです。
ならば、現状で最善と信じられるアイデアに乗るのが一番というもの。
「よし、私はモモ君のアイデアを信じるよ。キミは思ったよりすごい子だね」
『ふふ、流石はモモ。わたくしは貴女ができる子だと最初から信じていましたよ』
『うふふ、そんなに褒められると照れちゃうのです』
かくしてモモの第二、および第三の複合案が採用される運びとなりました。
先程までの不安は、いつの間にか嘘のように薄れています。
大丈夫、きっと上手くいくことでしょう。
だって、こんなにも皆が力を合わせ、知恵を出し合ったのですから。
どうして失敗するはずがありましょうか。
『うふふふふ』
そうして皆はモモを“信じて”運命を委ねることを決めたのです。




