迷宮の教育方針についての保護者対談
『わたくし、悪くないですもん!』
開口一番、女神はそんな風に言いました。
いえ、正確にはちょっと違いますが。
自前の肉体を持たない神が地上で活動するためには依代となる神子が必要なのですが、以前と違って今回は学都に使用可能な身体がありません。
ですが物は考えよう。
コミュニケーションを取る手段がないわけではないのです。
具体的には、迷宮の化身が仲介役として女神の言葉を一言一句そのまま伝えればなんとかなります。今回は先程までと同じようにモモがその役目をすることになりました。
労力をかけさせた分だけ後で相応の対価は必要になるでしょうが、それはまあ必要経費と割り切るしかありません。ともあれ、モモは意外な演技力を発揮して、細かなニュアンスまで正確に女神の言葉を再現していました。
「こら、『もん!』じゃないよ、『もん!』じゃ! なんでちょっと可愛く言ってるのさ。少しは自分の年齢を考えたまえ、この最低百万歳オーバー」
『酷い!? 年齢は関係ないじゃないですか、年齢は!?』
「はぁ? 自分で昔語りとかしといて今更何言ってるの?」
『自分で言うのは良いけど人に言われるのはイヤなんですぅ!』
言葉を正確に伝えた結果、女神がレンリに泣かされそうになっていました。
仲介をしているモモの表情は普段と変わらないのですが、言葉の端々から負け犬オーラが漂っているとでも申しましょうか。
『ネム、聞いて下さい! レンリさんがイジメます!』
『あらあら、どうか泣かないでくださいまし、女神様。おお、よしよし』
『ねーちゃん、モモの頭を撫でても意味ないのですよ? あ、これはモモの言葉です』
女神はモモを介して(言葉だけで)ネムに泣きついています。
ネムはネムで状況が分かっているのかいないのか、代弁しているだけのモモの頭を撫でて慰めようとしており、全体的になんだかとっても混沌としていました。このままでは話が進みそうにありません。
『あの、レンリ様。あるじさまが怖がってしまいますので』
「ああ、うん、それは確かにごめん。ちょっと言いすぎたかも。初手の『もん!』で思ったよりイラっときちゃったみたい」
ネムがレンリを宥めて、どうにか話ができそうな雰囲気になりました。
女神のほうもネムに慰めてもらって落ち着いたようです。
「自分で言っておいてなんだけど、神様でも年齢を気にするんだね」
『それはまあ、神様だって女の子ですし』
「女の……子?」
『素直な疑問形に傷つきました!?』
女神のほうも落ち着いたようです。
事実はどうあれ、落ち着いたということにして話を進めます。
「それで本題に戻るけど、初手言い訳から入ったということは自分でも何が問題かは分かっているんだろう? 『もん!』はさておき」
『そう何度も連呼されると恥ずかしくなってくるので、さっきの「もん!」は忘れてください! それで、ええその、問題というか、わたくしの責任につきましてはですね……』
今回の本題。
それはもちろんネムに関する諸々です。
かつてネムが手に負えないと判断した女神は、第五迷宮内の石棺に新たな化身を生み出す能力と共に彼女を封印して、そのまま何年も放置していました。
そして実のところ、封印中にもずっとネムの意識はあったのです。
狭苦しい棺の中で何年も、ほとんど身動きできない状態で。
これが人間であれば間違いなく発狂しています。
ネムの性質を考えれば行き過ぎた処置だったとも言い切れませんが、それでも普通なら恨まれても不思議はありません。
『あの、ネム? 念の為聞きますが、わたくしのことを恨んだりは……?』
『あるじさまには我には思いも寄らない深いお考えがあったのでしょう? それを恨むはずなどございません』
『心がっ、良い子すぎて心が痛みます!?』
しかし、普通ではないネムに恨みや憎しみなどの負の感情は皆無。実際にはさして深い考えなどなく、単に手に負えなくなったから閉じ込めておいただけなのですが。
「ネム君がそんな感じだと私も強く言いにくいなぁ」
レンリとしてはネムの代わりに育児放棄についての文句でも言ってやろうと思っていたのですが、当の本人がこの様子では毒気を抜かれてしまいます。
『それに封印されている時も色々な楽しみはあったのですよ』
「楽しみ?」
『ええ、一人でどこまでしりとりを続けられるか挑戦したり、左右の手でジャンケンをしたり。あとは石棺の中に積もっていた砂に指で線を引いてお絵描きなども。封印中は身体が干乾びていたので少し動かしにくかったのですが、それも縛りプレイと思えば逆にアリですよね』
嘘を吐いている様子はまるでありません。
どうやら本気で楽しい思い出を語っているつもりのようです。
そもそも、嘘を吐いて人を騙そうという発想自体を持てないのでしょう。
『それに新しい身体が作れないだけで本体とは繋がっていましたから……あらあら、レンリ様? あるじさまも、どうかなさいました?』
「この子、ポジティブすぎてちょっと怖くなってきた……」
『で、ですよね? わたくしがそう思うのもおかしくないですよね?』
説教の一つもしてやろうと思って女神を対話の場に呼び出したレンリですが、ネムの感性があまりにも独特なせいで結局は意見を同じくしてしまっています。神様基準で考えても、ネムのメンタルは理解が及ばないのでしょう。
「まあ、ネム君が色々難しい子なのは分かったけどさ、今回もまた閉じ込めて見ないフリを決め込むっていうのは正直気が進まないよ?」
『それはまあ、わたくしとしても、できれば自由に伸び伸びと育って欲しいとは思いますけど。でも、この子を自由にさせるの怖すぎますし……』
「そこなんだよねぇ……」
危険な迷宮が特別に封印されている……と、ネムに出会う前に聞いていたならレンリもかつての女神のように封印を維持する方向で考えていたかもしれません。
しかし、幸か不幸か既にこうして面識ができてしまいました。
既に知り合った後で幼い子供を狭い所に閉じ込めて見ないフリをするというのは、たとえ本人が全然気にしていなくとも、なかなか重めの罪悪感がありそうです。
女神だって他に良いアイデアがあるなら封印なんてしたいはずがありません。ネムを自由にさせたまま、危険性だけを封じる方法はないものでしょうか?
『多分、あるのですよ? あ、これはまたモモの言葉ですけど』
ありました。




