体力と根性さえあれば世界だって救えるかもしれない
「と、止まった……?」
足を止めても焦りや不安が消えることはありません。
皮肉にも思えますが、だからこそ今は安心できます。
ひとまず、街を覆っていた『復元』の影響は止まったようです。
『たしかに、これでは街の皆様へのご迷惑になってしまいますね。解散していただくにはどうすればいいでしょう?』
とはいえ、まだまだ油断できる状況ではありません。
通行の邪魔に騒音公害。
自分のしたことでそんな影響が出るなど夢にも思わなかったネムですが(実際、街の人々はそれらの迷惑が迷惑だとすら認識できなくなっていたのですが)、一度そうしたことが起こり得ると知らされた以上、その問題を解決するために今度は何をするか分かったものではありません。
一旦止まった『復元』も、再発動すれば今度こそ街を完全に飲み込んでしまうでしょう。体力の残りを考えても、そうなったらもうレンリ達にできることはなくなってしまいます。
「ネム君は何もしなくていいからね! そのまま何もしなければ自然に解散すると思うから。何もしないのが一番だから!」
『はあ、そういうものなのでしょうか?』
「そういうものなんだよ!」
能力の影響さえ消えれば、広場に集まった人々も自然と冷静さを取り戻して解散するはず。異常に高いテンションで盛り上がっていた記憶まで消えるわけではありませんし、後で自分達の行動に疑問を抱くことくらいはあるでしょうが、それだけならお酒に酔ったのと大した違いはありません。
ほとんどの街の人間は特に明確な理由もなく楽しい気分になっていただけなのですから、勘の良い者が疑問を抱いたとしても原因にまで辿り着くことはまずないでしょう。
だから、そちらの問題に関しては何かするまでもなく自然と片付くはずなのです。このままネムが余計な真似をしなければ、という条件付きではありますが。
「今からそっち行くからネム君は何もしないで待っててね! 皆、散々走って疲れてるとこ悪いけど、すぐにさっきの場所まで戻るよ……!」
レンリ達は街の端近くまでペース度外視で走った直後。
このまま家に直帰してベッドに飛び込みたい気分ではありますが、ネムを一人で野放しにするリスクは痛いほど身に染みて理解しました。
こうなっては一秒でも早く戻って彼女の身柄を確保する以外の選択肢はありません。確保した後でどうするかという点に関しては、またその時に考えねばなりませんが。
「モモ君はなるべく間を空けずに話しかけてネム君の気を逸らしてて……ひい、はあっ」
『そう言われても、モモもそんなに話題があるわけじゃないのですけど。ええと、とりあえず、ひーちゃんの爆笑なぞなぞボツ案シリーズで間を繋いでおくのです』
「なにそれ、ちょっと気になる……ひい、ひいっ」
筋力や瞬発力は弱いものの、元々活動に酸素を必要としないモモだけはスタミナの概念とは無縁でいられます。走りながらネムとの念話を続け、とにかく余計なことを考えさせない役目を任されました。まあ気休め程度の対策ではありますが。
レンリ達は残り少ない体力を振り絞るようにして、ついさっき走ってきたばかりの道を逆向きに走るのでありました。
◆◆◆
「ひい、はあ……ネム君……はあっ……キミの、思い通りに……ふう、はあ……させるわけには……すう、はあ、すう、はあ……げほっ、ごっほ……いかな……おぇっぷ」
『あの、レンリ様? 申し訳ありません、息切れのせいか何を仰っているのかよく聞き取れなかったのですが』
結局、レンリ達が広場に戻ってくるまで二十分近くもかかりました。
レンリとルカは、もはや息も絶え絶えといった有様でまともに話もできません。スタミナとは無縁のモモと、普段から熱心に走り込みのトレーニングをして鍛えているルグは多少マシですが、元より体力でどうこうできる相手ではないのです。
とはいえ、悪いことばかりではありません。
レンリの考えた通り、中央広場に集まっていた人々はここに到着するまでの間にほとんど解散した様子。元々、街の中でも一番人通りが多い場所だけにそこそこの人数は残っていますが、これならば普段と大して変わらない程度。とりあえず、多数の信奉者に囲まれてネムに近付くことすらできないという最悪の予想は避けられたようです。
そして、良いことはもう一つ。
『あの、皆様。差し出がましいようですが』
「ぜえ、はあ、気持わる……って、え、あれ?」
今にも道路に倒れ込みそうなほど消耗していたレンリやルカの背をネムが一撫ですると、まるで一晩ぐっすり快眠した直後のように体力が戻ってきたのです。息苦しさや足の痛みも綺麗さっぱりなくなっていました。
「ありがとう、ネム君。なるほど、『復元』にはこんな使い方もあるんだね。今ので頭の中を弄られてたらアウトだったけど……」
使い道さえ誤らなければ非常に有用な能力です。
それ自体は疑いようもありません。
問題は、目を離したら確実に使い方を間違えそうな迷宮がこんな能力を持っていることなのですが。自分で体感したことによりレンリの危機意識は一層高まりました。
『それで、レンリ様。先程は何を仰っていたのですか?』
「うん、それじゃあ改めて……コホン」
レンリは軽く咳払いをすると、ビシッとネムに指を突き付けて宣言しました。
「ネム君、キミの思い通りにさせるわけにはいかない! 世界の平和は私達が守る、いや、守らない? あれ、この場合ってどっちなんだろ?」




