レンリとモモの合理的で合法的な交渉術
レンリ達は中央広場を離れた後、予定通りにモモを南地区の菓子店へと連れていきました。いずれ行うであろう第四迷宮の情報を得るために、甘い物で釣って有益な情報を引き出そうというわけです。
「ふふふふふ、モモ君が話の分かる迷宮で良かったよ」
『うふふふふ、皆が幸せになるのだから何も問題はないのですよ』
レンリとモモは二人してニヤリと悪そうな笑みを浮かべています。
これがゴゴやヒナあたりなら、こんなにもあからさまな賄賂など通用しなかったでしょうが、モモはどうやらそのあたり話の分かる迷宮のようです。思いのほかすんなりと、むしろ手応えがなさすぎて逆に不安になるほどぺらぺらと、自分の迷宮についての情報を話してくれました。
『モモの迷宮はわりかしクラシックでオーソドックスな洞窟型なのですが、その中身はなかなか大したモノなのですよ。ところで、この焼きプリンもう一個頼んでいいです?』
「いいとも、いいとも。一個と言わず十個でも二十個でも好きなだけ食べたまえ」
『うふふ、催促したみたいで悪いですねえ』
第四迷宮は地底深くに広がる巨大洞窟。
神造ならぬ自然界に発生する迷宮にもよくある、いかにもダンジョンらしいダンジョンです。サイズは桁違いですが、大まかな構造としては蟻の巣に例えるのが分かりやすいでしょうか。
とはいえ、もちろんただの洞窟ではありません。
問題なのはその中身。
具体的には、第四迷宮独特の生物群が最大の特徴と言えるでしょう。
『モモのとこには、こーんな大きな生き物がいっぱいいるのですよ。動物も植物も、なんでも大きくなるのです。残念ながら、日当たりが悪いせいかフルーツ系は育ちが悪いのですが』
洞窟内には外界でも目にするような生物も多々いるのですが、そのサイズはまるで別物。ちょっとした城ほどもあるゾウだの恐竜だのがそこらをのしのし歩き、人間大の昆虫が当たり前のように広い地下空間を飛び回り、家屋ほどの大きさのキノコやら草花が生い茂る。
地下洞窟というと狭苦しいイメージがあるかもしれませんが、これらの生物が好き勝手に動き回っても崩落しないような広さがあるのです。モモも『こーんな』と両手を横いっぱいに広げて表現しています。
『なので、一匹狩ればステーキでも焼肉でも食べ放題なのですよ。来てくれたら今日のお礼に美味しい肉料理をご馳走するのです』
「それは楽しみだね。モモ君も自分の迷宮の中なら強いんだろう?」
『それはもう、モモはこう見えて最強の迷宮なのです!』
「ほほう、最強とは大きく出たね」
どうやら、ずいぶんと自分の能力に自信がある様子。
レンリ達は第四迷宮にいるモモを見たことがないので詳細については不明ですが、少なくとも弱いということはないでしょう。最低でも話に出た巨大生物を単身で狩れるだけの実力はあるはずです。
『もっと知りたいことはないです? モモは気前の良さも最強なので、甘いお菓子さえ頂ければ有ること無いことペラペラお喋りする所存なのですが』
「できれば有ることだけ話して欲しいけど、まあ話が早くて助かるよ」
それから、ざっと一時間以上。
レンリは思いつく質問を片っ端から聞いていきました。
他の迷宮の情報に関してはプライバシー保護の都合上(※神造迷宮は創造主の方針で各種コンプライアンスに配慮した健全な運営をしています)聞くことができなかったのですが、モモが管理権限を有する第四迷宮に関しては、ほぼほぼ把握できたと言っても過言ではないでしょう。
たとえば、危険な肉食生物に遭遇しない安全な道の見分け方。
外界では滅多に産出されない希少な鉱物の在処。
食用に適した魔物の種類とその対処法。
モモの守護者としての固有能力。
試練の内容と、ついでに効率的な攻略法まで。
まだ一歩も立ち入っていないのに凄まじいまでの成果です。
実質的に第四迷宮の攻略は半ば以上完了したも同然。
まあ、個人的なコネと賄賂で得た情報ではありますが。
「ふふ、これも私達の友情と相互理解の賜物だね!」
『そうそう、誰も損してないので問題はないのですよ。友情とは美味しいものなのですね』
コネも賄賂も物は言いよう。
レンリもモモも、こうした手段に罪悪感を覚えるような軟弱な面の皮はしていません。普段はレンリのストッパー役を務めるルグ達も「迷宮本人が良いと言うのだから」と己の良識を誤魔化して何も見なかったフリをしてくれています。
「いやはや、今日は有意義な時間だったよ」
『いえいえ、こちらこそ。お土産までありがとです』
そうして菓子店を出たのは日暮れ頃。
モモはお土産のホールケーキが入った紙箱を両手で抱えています。
終わってみれば双方共に万々歳。
普通の、真面目に迷宮を攻略している人々にとっては不公平もいいところですが、なに、どうせ他言しなければバレる心配などありません。
そもそも「守護者を金銭や物品で買収してはいけない」という明文化されたルールが有るわけでなし。神造迷宮は各種コンプライアンスに配慮した迷宮ですが、そういったモノには得てして運用の穴があるものなのです。
ルールに抵触していないのだから、つまり合法。この件が明るみに出たらアウトになる可能性もありますが、少なくとも現時点ではセーフです。
こうしてモモとレンリ達はそれぞれ有意義な時間を過ごした後に、意気揚々と帰宅……できれば良かったのですが。
「おや、なんだか中央広場のほうが騒がしいね」
『さっき、ねーちゃんがいたほうです? 何かあったんですかね?』
店を出て間もなく、学都の中心から不自然なざわめきが聞こえてきました。
ちょっと忙しくて更新が遅れてました




