モモとバーベキュー
『うふふ、なんだか催促したみたいになっちゃって申しわけないのです』
第三迷宮のビーチで寛いでいたら、なんかその辺にいたモモ。
非常に雑な表現ですが、実際「なんかその辺にいた」としか言いようがありません。
ネムの話題について喋ったことにも深い意図はないようです。
単に、たまたま知り合いを見かけたから近寄ってきただけ。
その上、今やその関心は目の前の網で焼ける肉へと完全に移っていました。
「そう言う割には遠慮なく食べるね、モモ君。まあ知らない仲でもないし別にいいけど……って、その牛ロース私が育ててたやつ!」
『おや、そうだったのですか? それはご馳走さまでした。お詫びと言ってはなんですけど、お姉さんにはこっちのお野菜をあげましょう』
「こらこら、お詫びと言いつつ苦手な物を人の皿に押し付けるんじゃあないよ。まあ食べるけど。あとルー君、また追加のお肉買ってきて!」
本日の昼食はモモの希望通り浜辺でのバーベキューになりました。
肉や野菜といった食材から焼き網などの道具まで、すぐ近くのビーチの出店で簡単に調達できます。迷宮の外の街に比べればやや割高ではありますが、いわゆる観光地価格としては良心的な部類でしょう。付近にライバル店がいくつもある関係で独占的な殿様商売がしにくいという理由はあるにせよ。
ちなみに現在のレンリ達は普段の迷宮探索用の格好ではなく、涼しげな麻のシャツとハーフパンツ、足にはサンダル履きというラフな格好をしています。魔物が出てくる場所ならともかく、安全な場所で寛ぐ分には快適さが最優先です。
これらはハンモックを借りるのと一緒に出店で購入した物で、更には有料の更衣室(四隅に柱を立てて布を張っただけの部屋とも呼べない程度のものですが)まであったのですぐに着替えまで済ませることができました。需要あるところに商売の種あり。学都の商人も抜け目なく色々と考えるものです。
「レンリちゃん……こっち、焼けてる、よ。モモちゃん、も、どうぞ」
「ありがとう、ルカ君は気が利くね。ルー君、また追加買ってきて」
『ありがとです。タレの染みたお肉は最高ですね』
食べ始めてから一時間。
その間、四人用の食材セットをもう十回以上も追加しているのですが、一向にペースが落ちる気配がありません。
迷宮の化身は皆よく食べますが、レンリのペースに付いていけるモモの食欲も並大抵ではありません。なんで人間であるはずのレンリのほうが人間ではないモモよりも怪物じみた食べっぷりを発揮しているのかはさっぱり分かりませんが。
彼女達は普通に食べているだけなのですが、あまりの食べっぷりを新手の見世物と勘違いしたのか、足を止めて見物している人々まで出る始末。先程から見物人がおひねりを投げようとするのをルグが忙しなく止めて回っています。
『タレを塗って焼いたトウモロコシもイケるのです』
「うんうん、イケるイケる。ルー君、また食材の追加お願い」
「いや残念だけど、この辺にある食い物屋はさっきので全部店仕舞いだ。あとはもう街に戻るか、その辺の海で獲ってくるしかないぞ」
「うーん、それは流石に面倒かな。まあ健康のためには程々にしておこうか」
『そうそう、早寝早起き腹八分が健康には大事なのですよ。モモには関係ないですけど』
ついには近くの出店全てを品切れに追い込み、そこでようやく食事がストップしました。ルグが何度も説明したので新手の大道芸ではないと分かっているはずなのですが、それでもなお見物人から盛大な拍手がパチパチと。
本人達は自覚していませんが、レンリとモモの人間離れした大食いは見る者を深く感心させる一種のエンターテイメントにまで昇華されていたのです! ……まあ、だからなんだというワケではないのですが。
『ご馳走さまでした。ちょっと前から気になっていたのですが、モモはお金を持っていないのでなかなかお店の食べ物を食べられなかったのですよ。ひーちゃんは全然奢ってくれませんし』
「もしかして、それで顔見知りの私達に?」
『ふっふっふ、バレてしまってはしょうがないのです。なにを隠そう、モモは人に食べ物を貢がせる悪女だったのですよ……!』
また微笑ましい悪女もいたものです。
「バレてしまってはって、キミ隠す気全然ないだろう? いや、まあ別にそれはいいんだけど……って、本当にそれだけ? タダ飯をたかりにきただけ?」
『他に何かないとダメなのです?』
「いやダメってことはないけどさ……え、マジで?」
『マジですよ?』
モモは第四迷宮の化身。
つまりは彼女もまた『神』候補であるわけで。
そんな彼女がわざわざ接触してきたのは何らかの思惑があってのことだろう、と。レンリ達が深読みしてしまったのも無理はないでしょう。
しかし、その用件はタダ飯をたかりにきただけ。
それも思惑といえば思惑ですが、あまりにショボい。
このとぼけた態度が演技だとしたら大したものですが、どうやらそういうわけでもなさそうです。敵対されるよりはマシですが、ここまで考えがないと逆に反応に困ります。
「考えてみれば、何度か会ってるけどモモ君のこと全然知らないな?」
今更ですが、レンリ達はモモのことをほとんど何も知りません。
モモにも迷宮としての固有能力があるのでしょうが、それについてのヒントなども一切無し。まだしも一個飛ばしで入った第五迷宮のほうが詳しいくらいです。
もう第三迷宮の攻略も佳境。
その後は、順当に行けば第四迷宮に挑戦しようという話になるでしょう。
今後のことを考えるならば、この機会に探りを入れて有益な情報を引き出すべきか。物事を深く考えないモモの性格も、相手を利用することを考えれば好都合です。
迷宮の特性や固有能力や試練の内容など、どれもこれも知っておいて損はありません。摂取したばかりのエネルギーでレンリの脳細胞が猛回転を始めました。ここぞとばかりにレンリの交渉術が光ります。
「ところでモモ君。デザートに甘い物は欲しくないかい? ちょっとお話を聞かせてくれたら、なんでも好きなお菓子をご馳走してあげようじゃないか」
『わーい! なんでも喋るのです!』
「……私から誘っておいてなんだけど、この子心配になるな。流石はウル君の妹」
ここぞとばかりにレンリの交渉術が光りました。
まあ、このチョロさなら誰が話しても同じ結果になったかもしれませんが。なおかつモモの警戒心の薄さに、誘いをかけたレンリのほうが罪悪感を感じていましたが。
しかし、なにはともあれ交渉は成功しました。
近辺の出店からは食べ物が消えてなくなってしまったので、着替えを済ませてから迷宮の外の適当な菓子店でも探しに行こうという流れになったのですけれど……どうやら、世の中そう上手くはいかないようです。
迷宮を出て学都の中央広場に出た直後。
モモとレンリ達はちょっとした騒動に出くわしました。
◆この子書いてて楽しいです。モモの設定画もそのうち用意しますね。
◆モモの言う「ひーちゃん」はヒナのことです。念の為。
ちなみにウルとゴゴに対しては「名前」プラス「お姉ちゃん」。
第三以下の姉妹に対しては名前の一文字目を伸ばして「ちゃん」付け。




