石棺の大広間にて
『どうして封印が解けちゃったのかしら?』
「さっきの石棺、ちょっとやそっとで蓋が外れるようには見えなかったしね。私が押してもビクともしなかったもん」
封印の石棺。
その見た目は飾り気のない石製の直方体です。
上面の部分だけが蓋として外れるようになっていますが、ちょっとやそっとの力で開くような物ではありません。ウルが髪の毛で持った感じだと蓋だけで百キロ前後はありそうでした。
もし通りすがりの冒険者が見かけたら、そういう意匠の宝箱なのだと勘違いしてこじ開ける可能性は否定できませんが、こんな場所に偶然通りすがる者がいるとも思えません。
迷宮全体を揺るがすほどの大地震でもあれば勝手に蓋がズレて外れることも考えられますが、そもそも独立した異界である神造迷宮で地震のような自然災害が起こる可能性も考えにくいのです。
「じゃあ、地震の線はないか。表側にあった火山の噴火とか……いや、元々の迷宮の活動で外れるようならもっと早くに外れてるか。うーん、他に考えられるのは…………ん?」
「レンリ嬢よ、それも気になるが考え事は後にしよう。では、サニーマリーよ。よく目を凝らしておいてくれ」
「分かったよ」「ウルちゃん」「お願い」
『うん、我に任せておくの!』
しかし、今は封印よりも安全の確保が優先です。
シモンとサニーマリーに促されて、ウルも張り切っています。
この裏側にもう一人のサニーマリーがいるとすれば、恐らくはもう目と鼻の先まで来ているはず。こちらの彼(彼女)と常時共有している感覚をヒントにすれば、見つけるのはそう難しくもないでしょう。
裏・第五迷宮『真命廻楼』。
この真なる迷宮は、表の砂漠とは比べ物にならないほど小さいモノです。
面積を比較すれば表側の1%に届くかどうか。
魔物の一匹もおらず、謎解きや罠の類もない。
肉眼ではほとんど見通せないような薄暗さも、簡単な魔法や松明の一つもあれば晴らせる程度。その構造も別れ道がほとんどない単純なものですし、人を惑わす『迷宮』としては簡素に過ぎるようにも思えます。人探しには好都合ですが。
『じゃあ我が思いっきり光るから、こっちの皆は目を瞑ってるのよ』
現在、一行がいるのは石棺の置かれている大広間。
円形の広間からは放射状に六本の通路が伸びています。
そのうち一本は表側から移動してきた穴に繋がっているので、候補となる通路は残り五つ。そのどれかに行方不明のサニーマリーがいるとすれば、ウルの発した強烈な光がそこまで届くかもしれません。
『世界がもっと輝けと我に囁いているの……!』
意味不明の台詞はさておき、ウルは先程までの探索時より何百倍も強い光を全身から発しています。その光には物理的な破壊力こそありませんが、人間が近くで直視したら失明しかねないほどの強烈な明るさです。
以前、レンリが新聞記事の取材で持ち出してきた『光の魔剣』という失敗作がありましたが、この作戦の発想はそこから来ていました。まったく、何がどこでどう役立つか分かりません。
『妖精の人、どうかしら? あっ、まだこっち見ちゃダメよ』
この作戦が失敗したら通路の一つ一つを地道に洗っていかねばならないところでした……が、意外と言うべきでしょうか。
「あっ」「僕から」「見えてるよ」「光のほうに」「行ってみるね」
『うん、狙い通りね。それなら目が潰れないようにちょっと光を弱めるの』
この作戦は思いのほか上手くいったようです。
もう一人のサニーマリーの目がウルの光を捉えました。
向こうの彼(彼女)が見失わない程度に光量を弱め、ウル以外の皆も目を開けられるようになってから待つこと数分。表側に通じる穴の通路のすぐ隣の通路から、小柄な人物が駆けてくる足音が聞こえてきました。
「やったぁ、僕」「やあ、私」「いぇい!」「いぇーい!」
パァン、と。
二人のサニーマリーは思いっきりハイタッチ。
かくして、今回の探索行における最重要の目的は達せられたわけです。
◆◆◆
そして。
『くすくす』
ようやく見つけ出した彼(彼女)とは別に、もう一人。
鈴を転がすような笑い声が通路の奥から聞こえてきました。
『くすくすくす』
腰まで伸びる純白の髪。
新雪を思わせる真っ白なドレス。
その気品ある佇まいは、まるでどこかの国の姫君のよう。
背丈や顔立ちこそ幼い子供のものですが、ただの子供がこんな場所にいるはずがありません。間違いなく、ここの『迷宮』です。
『皆様、ようこそいらっしゃいました』
封印から解き放たれた第五迷宮の化身。
そして連続活人事件の最有力容疑者。
そんな相手が逃げも隠れもせずに堂々と現れたことで、皆の精神に僅かな虚が生まれたのは仕方のないことでありましょう。
『さて、それでは早速ですが――――』




