裏・第五迷宮『真命廻楼』
砂漠に開いた穴を落ちること数分。
一行はようやく本当の第五迷宮へと辿り着きました。
裏の第五迷宮とは文字通りの裏側です。
第五迷宮の構造は、中心に穴の開いたコインに例えると分かりやすいでしょうか。
さっきまでの灼熱砂漠はコインの表側。
地に開いた穴を通過した現在地が裏側。
重力は表と裏に挟まれた中心部に向けて発生しているので、先程までとは一八〇度逆さまの向きで地に足を着けている形になります。
落下時のスピードは半ばを過ぎた時から自然と減速されるので、着地時に誰かが怪我をするようなこともありませんでした。
「こらっ、ウル君! いきなり突き落とすとか怖いじゃないか!」
『ちゃんと来れたんだから文句言わないで欲しいの!』
「なにおぅ、この!」
まあ、レンリとウルが互いのほっぺたを引っ張り合っていますが、何も問題はありません。いつも通りの微笑ましいジャレ合いです。すぐに飽きて関心は迷宮へと移りました。
「僕が」「いる所と」「雰囲気が」「似てるかも?」
「やっぱり、ここで正解かな? とりあえず、さっきまでに比べて涼しいのは助かるよ。暗いから人探しには向かなそうな環境だけど」
迷宮を構成する砂が発光しているので完全な暗闇ではありませんが、その明かりもごく僅かなものです。人間とは違う視覚を持つウルはともかく、他の面々の目ではほんの十メートルか精々二十メートルまでしか見通せません。ランプや松明などの持ち合わせもありませんが、
「ここは私に任せておきたまえ」
レンリが懐から取り出した短杖を振りながら呪文を唱えると、ぽうっと魔力の明かりが灯りました。初歩的な光を操る魔法です。
「ふふふふふ、久しぶりに私が魔法使いらしい活躍をした気がする……って、ちょっとちょっとウル君!」
『なぁに? 我がどうかしたの?』
レンリの横ではウルが身体中をピカピカ光らせていました。
チョウチンアンコウやホタルなど、体内に発光器官を持つ生物は色々います。そうした生物の機能を部分的に真似ているのでしょう。レンリの魔法と合わせれば、より効率的に暗闇を探索できそうですが、
「そんな風に隣でピカピカ光られると私の活躍が目立たないじゃあないか!」
『ふふーん、そんなの知らないの。えーい、もっと強く光ってやるの!』
「おのれ、それなら私は杖だけじゃなくて両手の指先全部を光らせてやる! 明かりを灯す魔法は昔から夜更かしで使い慣れてるのさ!」
『それならこっちは全身が七色に光る“ゲーミング我”なのよ!』
……まあ、結果的に光が強くなったので良しとしましょう。
探索がしやすくなるのなら過程は問題ではありません。
ちなみに、この場にいるウルとは別の迷宮都市にいるほうのウルは、居候している家でちょくちょく地球産の電子ゲームやインターネットなどにも触れています。ゲーミング云々というのは、恐らくその影響で覚えた知識なのでしょう。
さて、明かりが確保できたところで一行は進み始めました。
目に入るのは左右に並ぶ巨岩の列と、その間に挟まれた砂敷きの道。
見る限りでは別れ道などもなさそうな一本道です。
ウル曰く、本物の第五迷宮の名前は『真命廻楼』。
名に命と入っている割には生き物の気配は感じられません。
表の『炎天廻廊』も他の迷宮に比べて生命の数は少なく、乾燥に強いサソリやサボテン、昆虫型の魔物を時折見かける程度。あとは、そもそも生きていないアンデッド系の魔物などもいましたが、この裏面にはそれらの姿すらありません。
「まあ楽といえば楽だが……それにしても“本物の”第五迷宮か」
『シモンさん、どうかしたの?』
「ああいや、大したことではないのだが少し気になってな」
シモンは元々自力で第四迷宮までをクリアして第五迷宮に至っていました。
表の砂漠や火山地帯を探索したことも一度や二度ではありません。時には強力な魔物を相手に修業なども行っていたのですが、それでも今日までこの裏側の存在には気付きすらしませんでした。
彼だけではありません。
冒険者の中でもトップクラスの何組かは第五迷宮の表側までは辿り着いているのですが、その全てがそこ止まり。それ以前の迷宮のように、どこからともなく守護者が出てきて試練を課してくるようなこともなし。七大迷宮とは言いますが、現状、第六以降の迷宮に至った攻略者は一人としていないのです。
「もしや、先程のアリジゴクを倒してこの道を発見することが試練の条件になっていたのだろうか? そうだとすれば、それをウルに教えてもらったのは何やらズルをしているような気分になってな。いや、今回は人命救助ゆえ仕方ないが」
砂漠のどこかにいる特定の魔物を倒して隠された道を見つける。
ノーヒントではかなり厳しい、もはや理不尽とすら言える条件ですが、それが試練に組み込まれているなら意図せずしてシモンは攻略のヒントを得てしまったことになります。
『あ~……ううん、別にクリアの条件とかじゃないのよ?』
しかし、ウルによるとこの裏側に来ることは試練とは本質的に無関係。
流石にヒント無しで先程の穴を見つけることは不可能でしょう。
ただし、問題がないわけではありません。
というより、問題しかありません。
『えっとね、この迷宮の子はちょっと、その、女神様に封印されてて。だから他の迷宮と違ってヒトの姿で人前に出てくることはできないはずなの』
「人前に出られない? それなら、どうやって試練を課すのだ?」
『我としても言いにくいんだけど……試練は、出せないの』
「出せない? というと、つまり」
『うん、そうよ。第五から先に進む方法自体がないの』
次の迷宮に進むには前の迷宮の守護者が出した試練をクリアしないといけない。
ただし、この第五にはその守護者が不在。
正確には化身を作り出して姿を現すことができない。
そのための機能が創造主によって封じられているのです。
クリア方法がないのだから攻略は不可能。
電子ゲームに例えるなら、仕様上のバグで攻略に必須のイベントが発生しないようになっているようなものでしょうか。
しかも攻略者には、そのバグが存在するという事実が隠されているわけです。
そもそもクリア方法が存在しないのに、どこかに攻略のカギとなる要素があるのではと思わせて延々無駄な時間と労力をかけさせているわけで。
「それなのに七つの迷宮がどうとか言ってたのかい? それ、詐欺じゃないの? もしくは誇大広告。これってどこの窓口に苦情を出せばいいのかな」
『そんなの我に言われても困るのよ!』
レンリの言う通り、これではほとんど詐欺みたいなものでしょう。
この第五迷宮を突破した者がいないのも当然です。
ただし、今はそれどころではありません。
「いや、それよりも気になるのはその封印とやらだ。もしそれが解けていたなら……この迷宮の守護者には、できるのだな? 人を蘇らせることが?」
と、シモンからの確認が。
今はサニーマリーの安全の確保が第一。
そして、犯人の正体と事件のカラクリを明らかにすることが優先です。
『うーん、自由に動けてもそれだけじゃ難しいはずなんだけど……とりあえず、先に確かめてみるの。ほら、ちょうどそこの開けたところに封印があるのよ』
巨岩に挟まれた砂道を歩くことしばし。
ここまで幅十メートルほどだった一本道の先には、学都の中央広場と同じくらいの広さの円形の広間がありました。
広間の周囲には今歩いてきた道も含めて幾つかの通路が放射状に伸びているようです。
このいずれかの先に、もう一人のサニーマリーもいるのかもしれません。
ですが、今は先にやるべきことがあります。
広間の中央にはこれ見よがしに大きな石棺が安置されていました。
まるで古代の権力者が財宝と一緒に眠っていそうな雰囲気です。
『ちゃんと化身を生み出す機能が封印されたままなら、この中にあの子が入ってるはずなの。カラカラに干乾びた死体みたいな姿で』
「うへっ、子供の干物なんて見たくないな。それに開けちゃって大丈夫なの? 迂闊に確認したせいでヤバめの封印が解けちゃった……なんて、結構ありがちな話だけど」
『サッと開けてパッと閉めれば大丈夫なのよ、多分』
「いや、多分て」
『ほら、三秒ルールってあるでしょ? あれみたいな感じでイケると思うの』
「アバウトな封印だなぁ」
懸念はありますが、この迷宮が一連の事件を起こしている可能性を考慮すると確認しないわけにもいきません。ウルは長く伸ばした髪を手のように操って、重々しい石棺の蓋を開けました。
「……どうやら、お留守みたいだね」
『うーん、あの子ったらどこ行っちゃったのかしら?』
しかし、中身は空っぽ。
この迷宮への容疑がますます深まる結果となりました。




