表・第五迷宮『炎天廻廊』
ところ変わって第五迷宮『炎天廻廊』。
第一迷宮を後にしたレンリ達は、最有力の容疑者と目される迷宮の化身に会うために灼熱の砂漠を進んでいました。
「暑い! いや、もはや熱い!」
見渡す限り広がる灼熱砂漠。
以前にレンリも勇者対決の観戦をしに来たことはありますが、あの時はずっと日陰にいるだけでした。強烈な日差しを浴びながら砂上を進むのとは負担が大きく違います。
「もっと速くできないのかい、ウル君?」
『速く走るのはいいけど、多分後悔するのよ? まあ、ちょっとだけ』
移動手段はラクダに変身したウル。
レンリとシモンとサニーマリーの三人をコブの間に乗せながらも、負担や疲労を感じさせない力強い走りを見せています。ざくざくと砂を踏みしめる音もあっという間に置き去りに。
『余裕の音なの。馬力が違うのよ』
人が歩くよりもずっと速く、また本物のラクダよりも大幅に速く、具体的には時速200km前後のスピードを維持したまま砂の上を駆け抜けていました。
ちなみに、ウルにはまだまだ余力があります。
本気で走れば、ここから更に何倍もスピードを上げることもできますが、
「ちょ、揺れ、揺れがすご……酔うっ!?」
『だから、ゆっくり走ったほうが良いって言ったの』
「うえ、気持ち悪い……うっぷ」
『ちょっと、我の上で吐いちゃダメなのよ!? 根性で耐えるの!』
今以上のスピードで走ると走行時の揺れを抑えきれずにこうなります。
落馬ならぬ落ラクダした時の危険も考えると、ある程度余裕を持たせるのが賢明というものでしょう。
さて、そんな些細なトラブルもありましたが、一行は三十分ほどで目的地に到達しました。特に建物などは見当たらず、一見するとこれまでと同じく砂ばかりのようにも見えますが。
「この先から」「砂が」「さらさら」「流れてるね」
「ここら一体がすりばち状の穴になってるみたいだね。それで、あの一番下にいる大きいのが」
『うん、あのアリジゴクの魔物が守ってる先が“本当の”第五迷宮なの』
直径は1kmほどにもなるでしょうか。
超巨大な穴の中心へと流れ続ける流砂。その中心には穴の端からでもハッキリ見えるほど巨大なアリジゴクが陣取っていました。
どうやら、ここから先は砂質も他の場所とは違うようです。
パウダー状となった粒の細かい砂は、普通に歩くだけでふくらはぎの半ばまで埋もれてしまうほど歩きにくく、まともに踏ん張ることができません。
魔物の中には本能的に魔法を操る種類がいますが、このアリジゴクがまさにそれ。一定範囲内の砂を細かく砕いて任意の方向に流れるようにするだけの単純なものですが、その効果は絶大です。
うっかり足を踏み入れたが最期。
不安定な足場でまともに戦うこともできず、穴の中心まで流されて巨大アリジゴクの餌となるような仕組みなのでしょう。ウル曰く、目的地に行くためにはこの強大な魔物を倒す必要があるということなのですが、
「それなら、先にあの魔物を倒せば良いのだな?」
『うん、そうなの。手っ取り早く我がやっちゃおうかしら?』
「いや、それには及ばぬ。ここまで楽をさせてもらったのだし俺も少しは働かねばな。では、ちょっと行ってくる」
どうやら問題はなさそうです。
代表して穴の中に飛び込んだシモンの足は、まるで砂に埋もれることがありません。自身の身体に作用する重力を操作して体重を消しているのです。
砂に足を取られないのでは体勢を崩すはずもなし。
このアリジゴクにとっては天敵とも言える能力でしょう。
「ほう、近くで見ると思ったより大きいな」
砂の海に沈むでも溺れるでもなく普通に走ってくるシモンを見てアリジゴクの魔物、正式名称『天国地獄アリジゴク』もようやく危機感を覚えたようです。
顎部分の巨大なハサミをガチガチと打ち鳴らして威嚇しています。
その全長は砂に埋まった半身を除いても優に30m以上。
大きな身体というのはそれだけで一定の破壊力や耐久力に繋がりますし、全身を覆う甲殻はいかにも分厚く硬そうです。砂の罠を用いずともそれなりの戦闘力はあるのでしょう。どうやら、今回は相手が悪かったようですが。
「では、恨みはないが」
シモンが全力の技を出すことは滅多にありません。
試合はもちろん、魔物相手の実戦でも。
当然ながら相手を甘く見て手を抜いているわけではなく、彼の本気の技は破壊力がありすぎて近くの味方にまで被害が及ぶ危険性があるのです。今回のような一人の状況でなければなかなか使えるものではありません。
「ふっ」
短い呼気と共に前方へ加速。
限りなく重さがゼロに近付いたが故の超スピードの突進、からの超加重。
速度を維持したまま瞬間的に自身の重さを千倍以上に引き上げ、なおかつ、その重さを脱力と体捌きによって破壊力へと変換。
手にした剣を通して敵に叩きつけられる威力は、何百トンもの質量と音速に迫る速度の相乗効果によって大幅に跳ね上がり――――。
ドンッ、と。
刀身が触れた次の瞬間、『天国地獄アリジゴク』は、四方八方に破片を撒き散らしながら爆散しました。
◆◆◆
「さて、とりあえず倒してはみたが」
巨大アリジゴクが陣取っていた位置には真っ黒い穴が残っていました。
覗き込んでみても暗くてほとんど見通せません。
どうやら、かなりの深さがある様子。
見るからに単なる巣穴という風ではなさそうです。
アリジゴクの撃破と同時に砂の流れも止まっており、レンリやサニーマリーもウルに抱えられながら穴の淵までやってきていました。今は恐る恐る真っ暗な穴を眺めています。
「それで、ウル君。この後はどうするんだい? この穴に潜るなら、一旦出直してロープとかそれなりの用意をしてきたほうがいいんじゃないかな」
『そんなの要らないのよ? しいて言うなら勇気があれば大丈夫なの、よっと』
「え? ちょっ、落ち……こらーっ!」
ウルは穴の底を覗き込んでいたレンリを後ろから突き飛ばしました。
続いて隣のサニーマリーも投げ落としました。
レンリは落ちながらも器用に振り向いて文句を言っていますが、ウルが気にする様子はありません。続いてウル自身もぴょんと飛び降りて、それを見ていたシモンも自分から飛び降りました。
そんな集団自殺めいた方法で辿り着いた地の底。
広大な灼熱砂漠で蓋をされた本当の第五迷宮。
そこで一行はようやく一連の事件の犯人と対面することになったのです。
◆◆◆◆◆◆
《おまけ》
◆シモンも戦えばちゃんと強いのです。
ツッコミと胃痛だけの男ではないんですよ。
ちなみに今回のシモンの技は前々からたまに触れている未完成の奥義とは別物。
◆この世界にスクール水着は存在しませんが、どこかの一家の影響を受けたウルが地球のファッション文化を知っていたとしても何もおかしくはないですね。はい解決。




