ウル、上がったり下がったりする
「そういえば、サニーマリー君」
レンリは隣を歩く妖精記者に尋ねました。
「もう一人のキミが活人事件の取材で第一迷宮に来てたとは聞いたけど、何か調べるアテでもあったのかい? アテもなく無闇に歩いて回っても何か見つかるとは思えないけれど」
「それはもちろん」「まあ、アテというか」「作戦というか」
ウルに任せておけば、もう一人のサニーマリーも一瞬で見つかるはず。
そんな望みは儚く消えました。
自信満々だったウルの面子と共に。
しかし、だからといって諦めるわけにはいきません。
もう一人のサニーマリーは水や食料をほとんど持っていないようですし、出口不明の空間に閉じ込められたままではいずれ飢えと渇きで死んでしまいます。もしかしたら再び生き返れるのかもしれませんが、正体不明の現象を前提に考えるのは楽観が過ぎるというものでしょう。
そんなわけで、現在、レンリとサニーマリーとシモンとウルは四人で第一迷宮の中を歩いていました。犯人は現場に戻る……かどうかは定かでないにせよ、昨夜のある時間までもう一人のサニーマリーが第一迷宮の中にいたのは確実なのです。つまり死んで意識が途切れる直前までは。
その後、死体となった彼(彼女)を何者かが移動させたとすれば、死んだ現場に何か手掛かりが残っている可能性があります。
二人で同じ感覚を共有しているサニーマリーには自分が死んだ場所も分かります。
昼の森と夜の森とでは見える景色もだいぶ変わってきますが、株を落としてしょんぼりしているとはいえウルがいれば迷う心配もありません。
話を戻しましょう。
レンリの言う通り、闇雲に迷宮の中をうろつき回っても連続活人事件の手掛かりとなる情報が見つかる可能性は限りなくゼロに近い。結果的に自分自身が死んでしまい、もう一人の自分が行方不明となることで手掛かりに近付いたとも言えますが、それはあくまで結果論。
いくら呑気で陽気なサニーマリーでも試しに自分が死んでみたらどうなるか? ……なんて、あの世への突撃取材をかける気はありません。彼(彼女)はもっと効率的かつ安全に人が生き返る事件の取材をできる方法を考えていたのです。
「まず迷宮の」「入口あたりで」「なるべく弱っちそうな」「それでいて」「勇気と無謀を」「履き違えていそうな」「冒険者に」「当たりをつけて」「あとは気付かれないように」「こっそり後ろから」「ついて行けば」「上手い具合に」「死体に」「なってくれそうでしょ?」「あとはその死体を」「じっくり観察してれば」「生き返るところを」「見られるかなって」「まあ、でも」「なかなか死んでくれないし」「逃げ回って」「ばかりなせいで」「途中で見失うし」「最期は僕のほうが」「死んじゃうしで」「散々だったよ」
「なるほど、なるほど。たしかにそれは合理的かもだけど……キミ、見かけによらずイイ性格してるね?」
今回の事件の対象は死んだ人間。
ならば、最初から如何にも死にやすそうな人物に当たりをつけて、魔物に襲われるなどして死んでくれるのを待てば生き返るところをじっくり観察できます。
人道的に問題がありそうな部分にさえ目を瞑れば、それも合理的な作戦かもしれません。そこに目を瞑ってしまうこと自体が大問題ですが。
さて、そんな風に話しながら歩いていた一行は、
「あ、ここだよ」「僕が死んだの」
何事もなく昨夜の現場に到着しました。
この辺りは安全地帯の外。周囲には魔物もいるのですが、ここまで一時間近く歩いていて一度も戦いになることはありませんでした。
「ウル君が魔物をどけといてくれたんだろう? いやぁ、すごいなあ。尊敬しちゃうなぁ。こんなの、なかなか出来ることじゃないよ」
『あからさまに気を遣われてるの!? でも、まあ、うん、さっきのは何かの間違いに決まってるのよ。ここで手柄を立てて汚名ばんか……汚名返上するの!』
そして、珍しく落ち込んでいたウルもやっと回復したようです。
周辺の魔物はウルが草木を操るなどして、あらかじめ追い払っています。これならば途中で襲われる心配をせずにじっくり捜査できるでしょう。
「ふむ、早速足跡を見つけたぞ。まだ新しい。靴のサイズからして、もう一人のそなたのモノであろう」
「足跡を辿っていくと……ふむ、この木陰なら周囲からの死角になるし、こう、この辺りの位置に座って食事を摂っていたわけか。小柄なサニーマリー君なら完全に隠れられそうだ。なるほど意外と痕跡があるものだね」
『ちょっとちょっと、我が調べる分も残しておいて欲しいの!』
現場百遍。
事件現場にこそ重要な手掛かりが残されている。
だから百回通うほど徹底的に調べろという犯罪捜査の心得です。
今回はそんなに時間をかける余裕はありませんが、それでも一度目の調査だけで昨夜の状況がずいぶん鮮明に見えてきました。
『でも我にだって奥の手があるの。これだけ場所が絞れたら……あとは時間が昨日の夜だから……あ、いたいた。ねえねえ、妖精の人』
「どうしたの?」「ウルちゃん」
『我の鋭い推理によると、もう一人の妖精の人が食べてたっていうパンは……ズバリ、中央広場の赤い看板のお店で買ったやつね! それで、カバンに入れてたベリーのジャムを塗って食べてたの!』
「すごい!」「どうして」「分かったの?」
ウルの切れ味鋭い『推理』によって、見事、昨夜のサニーマリーの夕食が明らかになりました。まあ、それが事件に関係あるかはさておき。
「パンの包み紙でも落ちてたのかい?」
「それらしき物は見当たらぬようだが」
『チッチッチ、我の推理はもっとスマートな方法なの。細かい時間と場所さえ分かれば、あとは本体が記録してる映像を確認するだけなのよ』
神造迷宮の情報収集能力は凄まじいものがあります。
常時、迷宮内のありとあらゆる場所を無作為・無差別に記録しており、そこから得た情報をエネルギーに変換。時に他の迷宮とも共有や交換をしながら、迷宮の管理運営や成長の糧としているのです。
もっとも、情報を獲得することと、得た情報の意味合いや価値を評価・判別することはイコールではありません。基本的にはただ観測して記録するだけ。
それら無数の記録の中からどの部分を確認するかについては、ある程度時間や場所などの条件を絞る必要があるのです。こうして現場を訪れたことで少なくとも場所についての条件はクリアできました。
「ふむ、たしかアレだ。ボウハンカメラという物に似ているな」
「ねえ、ウル君。それ、推理じゃなくない?」
『推理なの!』
証拠や証言から論理を組み立てる推理とは根本的に別物ですが、まあ便利であることに違いはありません。もっと時間をかければウルが迷宮の外にいたままでも昨夜の記録を洗えましたが、多少なりとも時間の短縮ができるなら、こうして現場に足を運んだ甲斐があったというものです。
『ふふーんっ、素人探偵はそこで我が事件を解決するのを指をくわえて見ているがいいの。あっはっはー!』
「え、素人探偵って私? ううむ、調子の乗り方がすごい。さっきまでの反動かな」
立ち直った反動か、ウルは露骨にお調子に乗り始めました。
こんなにも調子に乗ることができるのか、と。
あまりの調子乗りっぷりにレンリも怒るどころか逆に感心しています。
とはいえ、シモンの言葉を借りるならば、これはウルにとって防犯カメラの映像を確認するも同然の簡単な作業です。ならば自信があるのも当然というもの。
もう一人のサニーマリーがどこへ消えたのか?
彼(彼女)が見た謎の人影の正体は?
そんな疑問も、昨夜のこの場所の記録映像を参照すれば簡単に……、
『どれどれ……って、あれ? あれれ? あれれれ?』
「ウル君、『あれ』が多いけど大丈夫かい?」
簡単に分かるかと思われたのですが、だいぶ雲行きが怪しくなってきました。
つい一時間ほど前と同じようにウルが難しい表情を浮かべています。
「ウルよ、そなた何を見たのだ?」
シモンの質問にウルはこう答えました。
それはそれは、とてつもなくしょんぼりした顔で。
『ええと、妖精の人が倒れたと思ったら、近くに誰もいないのに突然パッて消えちゃったの……ごめんなさい、我はダメダメな子なの』




