連続活人捜査網
「ふっふっふ、お手上げさ!」
すっかりアテが外れたレンリ達。
ウルではなく女神相手に聞けばもっと詳しい事情が分かるかもしれませんが、レンリ個人としてはそれは避けたい気持ちがありました。
もちろん今更になって神様への畏敬の念が芽生えたとかそういう殊勝な理由ではまったくなく、自身にとって重要度の低い問い合わせで借りを作ると今後の搾取がしにくくなる……もとい、協力の対価としてのリターンを得にくくなるのを避けたかったのです。
「まあ変な事件だとは思うけど、別に私が困ってるわけじゃないし」
現時点での緊急性はそう高いわけでなし。
匿名で記事に掲載されていた事件関係者を探して根気強く調査を続けるほどのモチベーションもありません。元々レンリとしては、ウルに話を聞くだけであっさり片が付く予定だったのです。
よって現時点でのレンリの結論は、
「よし諦めた。気分転換に何か食べに行こうよ」
という、至極あっさりとしたものでした。
◆◆◆
しかし、世の中にはそうあっさりと割り切れない人間もいるのです。
具体的には、単なる興味本位ではなくお仕事で調べざるを得ない人間が。
「団長、また例の件の報告が上がってきております」
「またか! この一週間で二十人以上だぞ。どんどんペースが増えているな」
新聞で取り上げられた連続活人事件については、当然ながら学都の騎士団でも把握していました。それも記事で取り上げられた以上に詳しい内容を。
この日もシモンは不可解な蘇り事件に関しての報告を受けていました。
「ふむ、今度は老衰で亡くなった老人か。老衰は初めてのパターンだが……何故、自分で歩けないほどの老体が迷宮に来ていたのだ?」
「それがどうも大層信心深い方だそうで。死期を悟って家族や医者に頼み込み、迷宮の女神像前で最期の時を迎えたかったとか」
シモンが部下から受け取った報告書には、死んだ人間のプロフィールや死因、生き返った状況などが簡潔にまとめられていました。
「それで望み通りの場所で息を引き取ったかと思ったら、すぐに生き返ったというわけか。しかも、これは……若返っただと?」
「ええ、一気に若者にというほどではありませんが。蘇った本人や家族への聞き取りによると、顔のシワや外見から判断するに十年分ほども若返ったそうですよ。また自分の足で歩けるようになって、ご本人は随分と喜んでいたとか」
「まあ、老衰が死因では生き返ったところでまた即座に亡くなってしまいかねんからな。やはり他のケースと同じく死亡の原因となった要素は取り除かれるということか。まったくサービスの良いことだ」
新聞に掲載されていた連続活人事件の『被害者』は四名だけでしたが、それは氷山の一角に過ぎません。騎士団が把握している限りでは、この三週間ほどで生き返った人間は三十人以上。調査漏れの可能性を考えると実際にはもっと多いかもしれません。
「これは、マズいな」
シモン個人の感情としては、死んだと思われた人間が生き返ったことを喜ぶ気持ちもあります。それも怪我や病気、驚くべきことに老いまで含めた死因が除かれた健康な姿でともなれば尚更です。
が、今後の状況を考慮すると呑気に喜んでばかりもいられません。
「すでに市民の間では密かな噂になっているようです」
「やはり新聞に載ったのはマズかったか。だが俺に検閲だの情報統制だのを出来る権限はないし、そんな真似をすればかえって何かあると言っているようなものだからな」
シモンから学都の報道各社に対して、今件に関する記事の掲載に関してはなるべく慎重を期して欲しいといった程度の「お願い」はしていますが「命令」まではできません。彼にも強制的に記事を差し止めるような権限はないのです。
それに比較的小規模の『ハンプティダンプティ』紙はともかく、学都で流通している他二紙に関しては規模の大きな商会や有力貴族が後ろ盾に付いているのです。あまり強く干渉すれば、そこから波及して余計な面倒事まで招きかねません。
すでに事態の重大性を考慮したシモンから兄である国王に報告を届けてもいますが、強権をもって解決が出来ないのは王とて同じ。むしろ「王様があれほど禁止するのだから」と、かえって不確実な噂に信憑性を与えかねないのです。
実際に生き返った人間やその身内にも無闇に言って回らないよう頼んではいますが、こちらについても大きな効果は望めそうにありません。曖昧な噂が本格的に広まるのも時間の問題でしょう。
神造迷宮の中で死んだ人間は生き返れる。
しかも、怪我や病気まで治る。
そんな噂が広まったら混乱は必至です。
以前の『女神像』ですら比較にならない大混乱になるでしょう。
今回は信心の有無なども関係なし。
なにしろ、死にたくないという気持ちは人類の大半に共通。
老いも若きも、金持ちも貧乏人も、生きたいという気持ちは平等です。
世界中から病人・怪我人・老人・その他諸々が、わざわざ迷宮の中で死ぬためだけに学都まで押し寄せかねません。いつ死にそうになっても良いように、死ぬ前の下準備としてこの近隣に移住しようとする人間だって出てくるでしょう。
それで全員が望む通りに復活できれば良いのですが、連続活人の仕組みに関しては現時点で一切不明。最悪、学都に死にに来た人間がそのまま死んでそれで終わり。後に残ったのはピクリとも動かぬ死体の山だけという集団自殺ツアーになってしまうことだって考えられます。
そうなれば間違いなく国際的な大問題に発展するでしょうし、少なくとも学都の治安を預かるシモン以下騎士団の幹部クラスが様々な責任を問われるのは確実です。
膨大な量になるであろう死亡事件の各種処理や調査に追われて過労死するのと、責任を取らされて物理的に首が飛ぶのとどちらが早いか……なんて悪趣味なジョークですら杞憂と笑えません。
「やはり復活の条件を地道に探っていくしかないか……はぁ、胃が痛い」
このように、事態はレンリ達が思うよりずっと深刻になっていたのです。




