迷探偵レンリの事件簿
「ウル君、犯人はキミだ!」
『いきなり何なのなの!?』
近くの公園でウルを見つけたレンリは、特にこれといった根拠があるわけではないのですが、とりあえず初手からビシッと人差し指を突き付けました。
「いや、これで当たってれば儲けものって感じでさ。さあ早く白状したまえ。この際だ、やってなくても吐きたまえ。ほらほら、素直に白状したらお小遣いをあげるから」
とんだ名探偵もいたものです。
賄賂で自供させることに一切の躊躇がありません。
「私は必ずこの事件を解決してみせる。うちの爺様の名にかけて!」
『おじいちゃんが可哀想!? ……というか、話がまるで飲み込めないのよ? 面倒がらずにちゃんと踏むべき段階を踏んで欲しいの!』
軽率に名前に泥を塗られそうになっているレンリの祖父はさておき、ウルが至極真っ当な指摘をしてきました。第一声から事情の説明もなしに犯人扱いされたのでは、それは当然文句の一つも言いたくなるでしょう。
『我は悪いことなんて全然したことないのよ?』
もっとも、そう言うウルもウルですが。ちょっと前に怪盗団の一員として大暴れした過去は、彼女の中では既に無かったことになっているようです。
『あとは、ええと……お姉さんが買ってきたお菓子を勝手に食べたことかしら? でも、アレについてはお姉さんだって我のお菓子をよく勝手に食べてるから結果イーブンって感じで罪が相殺されてるはずなの!』
「レン、お前、子供相手に何やってるんだ?」
「ふふ……二人、とも……仲良し、だね」
「よし、口を閉じたまえ。その件については置いておこう」
迂闊にウルへの追及を続けるとレンリの罪まで暴かれてしまいそうです。同じ部屋で寝起きしているだけあって、叩こうと思えばいくらでも叩けそうなネタが出てきます。
「今回はそういう個人的なアレじゃなくてね。さっきウル君は悪いことをした覚えがないって言ったけど、逆に善行をした記憶はあるかい?」
『良いこと? それなら、いっぱいありすぎて数え切れないのよ。可愛い我が道を歩くだけで見かけた人が幸せになってるだろうし……はっ! もしかして、この美しさが罪だとかって話だったの!? それなら我も謹んで自分の罪を認めざるを得ないの……』
「いや、そういう話じゃないから。ちょっと、この新聞を見てくれるかい」
レンリは件の連続活人事件の記事が載った新聞を渡しました。
最初からそうしていれば余計な遠回りをせずに済んだことでしょう。
『どれどれ……あははっ! この四コマ絵草子おっかしいの!』
「そうそう今回のは特に傑作でさ……じゃなくて!」
『もう、分かってるのよ。今のは場を和ませようとした我のウィットに富んだジョークってやつなの。この折り目のついたページを読めばいいのね?』
そして、ウルは連続活人事件について書かれた記事を読み始めました。
そして、ウルは連続活人事件について書かれた記事を読み終えました。
『へー、世の中には不思議なことがあるものなのね』
「へー、って。それだけ?」
『それだけだけど、他に何かあるの?』
ウルの態度から嘘の気配は感じられません。彼女の残念な演技力を考えると、この状況で何か重大な隠し事をしているということもあり得ないでしょう。
「うーん、私は十中八九ウル君の仕業なんじゃないかと思ってたんだけど」
『さっきも言ったけど我は無罪なの! そもそも、どうしてそう思ったの?』
「だって、キミの能力ならこの記事にあるような状況を作れそうだし」
推理とも言えないような勘ですが、レンリの主張するようにウルの変身能力であれば、この連続活人事件と同じような状況を作り出すことも不可能ではありません。
迷宮の中で死んだ人間とそっくり同じ姿に変身して、さも本人が生き返ったかのようなフリをしてコピー元となった人物の仲間や家族の近くで暮らしていく。
動機に関しては、親しい人間を無くした者達が悲しまないようにした……などと考えれば、かなりの無理矢理感は否めませんが説明が付かないこともありません。
先程のレンリの、悪事ではなく善行を働いた覚えがないかという質問も、人助けのつもりで死者に成りすましてはいないかという確認のためです。
「ウル君の能力って、実のところどのくらいの精度で変身ができるんだい?」
レンリは質問を続けます。
これまでウルが様々な動物や虫や魔物に変身するところは見てきましたが、人間に、それも親しい人間でも見抜けないほどの精度で特定個人に化けることができるのかというと、
『どのくらいって……そうだね、このくらいかな?』
「うわ、私がいる!」
答えは可能。
ほんの瞬き一つほどの時間で、ウルはレンリの姿に化けて見せました。
体格から肌や髪の質感、服装までそっくりです。
「本当にそっくりだな。全然見分けが付かないぞ」
「う、うん……双子みたい」
『ははは、まあ、それほどでもあるさ。もっと褒めてもいいのだよ?』
目の前で変身した瞬間を見たからこそ見分けがつきますが、一度目を離したらルグやルカでさえ本物との違いが分からなくなってしまうでしょう。オマケに外見だけでなく中身までそっくりです。
「ウル君、キミ口調とか性格もちょっと変わってる?」
『ああ、そうとも。意識すれば普段の人格のまま姿だけ変えられるけど、基本的にはその時々の外見に内面の在り方も準じるからね。ちなみに普段の我の姿は――――我にとって一番しっくりくる基本の形って感じなの』
またもや一瞬のうちに姿が変わり普段通りの幼女に戻りました。
演技力がどうとかは別の次元で、特定の誰かに変身すればその人物に似合う振る舞いをするようになる。それだけならレンリの推測の裏付けになりそうなものですが、
『でも、あくまでそれっぽいってだけなの。その人の思い出とか考え方まで全部分かるようになるわけじゃないし、見る人が見ればすぐバレちゃうと思うのよ』
「あ、それじゃ無理か」
ウルの変身能力では外見はともかく内面の完全コピーまで出来るわけではありません。神造迷宮の情報収集力・分析力は思考や記憶にまで及びますが、そもそも人間の内面とは全てを厳密に数値化できるようなものではありません。
物の考え方や価値観というものは、生涯不動の基準ではなく生きていくうちに微妙な変化を続けるのが当たり前。知識や記憶といったデータをどのように捉えて重要度を定めるのかについても明確な定義付けをするのは難しいでしょう。また特定の人物を徹底的に真似るのならば、本人が自覚すらしていない無意識の癖なども考慮に入れる必要があります。
ウル本人が言うように、単に姿が同じでそれっぽい言動をするだけのコピー人間では、赤の他人ならともかく親しい身内を騙し通せるとも思えません。
そもそも、件の連続活人はごく最近になって急に起こり始めた事件です。
ウルの第一迷宮にはこれまでも多くの人間が足を踏み入れていましたし、その中には残念ながら命を落とす人間もいなかったわけではありません。それが今頃になって急に死者の身内の心情を慮るようになったとも考えにくい。それならまだ迷宮の未知の神秘パワーで本当に死者が蘇ったと考えたほうが自然かもしれません。
「うーん、ウル君はハズレか。ウル君はハズレだったか」
『なんで二回言ったの!?』
「いや特に理由はないよハズレのウル君。どうやらキミの容疑は晴れたようだ。やれやれ、今度からは疑われるようなことをするんじゃあないよ」
『理不尽! 当てずっぽうが外れたからって八つ当たりは良くないと思うの!』
ともかく、これで捜査は振り出しに戻りました。
活人事件は第二や第三の迷宮でも起こっていたようですが、ゴゴやヒナの能力でも死者を蘇らせる、もしくは生き返ったように見せかけることは出来ないでしょう。
そういう意味でもウルが最有力の容疑者、かつ唯一の容疑者だったのですが、これでレンリには全くアテがなくなってしまったのでした。
◆◆◆
『まったくもう、お子様の相手は疲れるの』
レンリ達が立ち去った後の公園でウルはやれやれと肩を竦めて呟きました。
わざわざ遊びを中断して話に付き合ったというのに、結局は当てずっぽうの推理で犯人扱いされただけ。すぐに容疑は晴れましたし、普段より高いグレードのおやつを買えるくらいのお小遣いを貰ったので不満自体はそれほどでもありませんが。
『人が生き返るとか、そんなの……生き返る?』
先程、レンリは一つ見落としをしていました。
確かに、連続活人事件の犯人はウルではありません。
能力を用いて似た現象を起こすことは出来ても、誰が見ても分からないほどの完全な成りすましは不可能です。少なくとも今のウルには出来ません。
『うーん、でも“あの子”は砂漠の地下に封印されてたはずだし……うん、やっぱり我の気のせいね!』
レンリは先程こう聞くべきだったのです。
「お前がやったのか?」ではなく、
「やれそうな相手に心当たりはあるか?」と。




