解明せよ! 謎の連続活人事件
「やあ、おはよう。早速だけど、この記事を見てもらえるかい?」
ある日の朝、というよりは、もう昼に近い時間帯。
学都の中央広場に現われたレンリは、先に来て待っていたルグとルカにいきなり新聞を手渡してきました。どうやら、以前取材を受けた『ハンプティダンプティ』紙のようです。
言われるがままに記事に目を通したルグ達は、
「連続殺人事件? なんだよ物騒な話だな」
「この街で……そ、そんな、怖いこと……あった、の?」
「いやいや、よく記事を見てみたまえ」
連続殺人事件、と誤解したのも無理はないでしょう。
なにしろ言葉自体はそっくりです。
その意味合いはまるっきり正反対ではありますが。
「連続“活人”事件?」
「かつ……な、なんだろ?」
「いや、私も最初は意味が分からなかったんだけどさ、なんでも死んだはずの人間がいつの間にか蘇っていたとかなんとか。それも一人や二人じゃなくて何人も」
連続殺人ならぬ連続活人事件。
記事には、その奇妙な事件を目撃した人物のインタビューが載っていました。
◆
冒険者のAさん(仮名)は、その日も同業の仲間達と迷宮で薬草の採取仕事をしていました。第一迷宮『樹界庭園』では自然界では滅多に見ないような珍しい植物やキノコが見つかることもあります。
Aさんと愉快な仲間達はこの数日前、偶然にもとある病気の特効薬となる希少な薬草が山ほど茂っている穴場を見つけていたのです。前回の発見時には鞄の空き容量分しか持ち帰れませんでしたが、この時はあらかじめ特大サイズの採取カゴを持ち込んできていました。
カゴ一杯の薬草を持ち帰れたら仲間全員が大金持ちになれること確実。
件のAさんも道中で仲間達に「この仕事が終わったら危険な仕事を辞めて堅実な商売でも始めようか」だの「そろそろ故郷の両親を安心させたい」だの「実はもうすぐ恋人と結婚する予定があって」などと楽し気に話していました。
残念ながら、そう上手くはいきませんでしたが。
薬草の採取を終えて、いざ帰ろうと思った時に突然強力な魔物が現れたのです。人間どころか牛でも丸呑みにできそうな巨大アナコンダ。そんなモノがいきなり樹上から現れて、Aさんを頭からパクっと一口。
きっと本人は何が起きたかも分からなかったことでしょう。
分からないながらに必死にもがいてはいたものの、既に頭から腰下あたりまで呑まれた状況ではロクな抵抗もできません。
他の仲間達は荷物を捨てて一目散に走ることで辛うじて命を拾いましたが、恐怖の殺人アナコンダに呑まれていく足先が彼らの見たAさんの最後の姿に……なりませんでした。
本題はここからです。
翌日、仲間達は武装した人間を大勢集めて昨日の現場へと向かいました。
もはや生存は絶望的だとしても、せめてAさんの遺品くらいは見つけてやりたい。出来ることなら仇を取ってやりたいという気持ちもあったのでしょう。
ですが昨日と同じ場所で彼らが見たのは、ぼんやりと虚ろな表情で立ち尽くすAさんの姿。驚くべきことに怪我らしい怪我もありません。近くには昨日捨てて逃げた薬草のカゴがそのまま転がっています。
ぶつぶつと不気味な独り言を呟いていたAさんでしたが、仲間達が声をかけるとすぐに正気を取り戻し、無事に迷宮の外へと生還したのでありました。
◆
「……これ、別に生き返ったわけじゃないだろ? いやまあ、この人が助かって良かったとは思うけど」
ここまで記事を読んだ段階でルグが言いました。
まあ彼の言い分ももっともです。
記事によると件のAさん自身も自分がどうやって助かったのかは覚えていないようですが、たまたま魔物の口に合わなくて吐き出されたとでも考えればそれだけで説明が付きます。
流石にこの一件を根拠に、一度死んで蘇ったとは言えないでしょう。
もちろん、レンリだってその程度のことには気付いています。
「いや、私も最初はそう思ったんだけどね。でも、記事の最初のほうに書いてあったろ? これは、どうやら“連続”活人事件らしいのだよ」
助かったのがAさんだけなら、この記事を書いた記者だって「連続活人事件」などではなく「奇跡の生還」のような見出しを付けたことでしょう。
しかし、あえてそうしなかった。
それには相応の理由があるのです。
この記事にはまだ続きがありました。
◆
Bさん(仮名)。
現場:第三迷宮。
死因:サメ型の魔物に襲われて上半身が食いちぎられた。
三日後、付近の小島にて五体満足の姿で発見される。
Cさん(仮名)。
現場:第二迷宮。
死因:狭い通路でうっかり炎の魔法を使ってしまい窒息死。
数時間後、一人でジッと座り込んでいるところを別の冒険者に発見・保護される。
Dさん(仮名)。
現場:第一迷宮。
死因:荷物の中に大好物のバナナを山ほど入れ、次々と食べながら歩いていたところ、自分が投げ捨てたバナナの皮を踏んづけて滑って転んで頭を打って死亡。遺体の運搬が困難と判断した仲間が、その場に土を掘って簡易的な埋葬を行った。
一週間後、朦朧とした状態で森の中を彷徨っていたところを発見される。
◆
いずれのケースにも最低一人以上の目撃者がおり、またサメに襲われたBさんに至っては明らかに致命傷を負っています。
窒息や頭への衝撃、またAさんのような丸呑みであれば本当は生きている、あるいは一時的な仮死状態に陥ったものを目撃者が死んだと誤認した可能性も十分に考えられるでしょう。
ですが流石に、人喰いザメに身体を半分食べられたのでは誤解のしようもありません。目撃者の証言の信憑性を疑う余地は一応残っていますが、Bさんの死亡シーンを目撃した人物はなんと十人以上。複数の冒険者グループによる共同訓練の真っ最中の出来事だったのです。その全員が同じように見間違えたり偽証する理由があるとも思えません。
神造迷宮ゆえに神のご加護によるものか。
もしくは他の理由があったのか。
当紙では謎の解明に繋がる情報を募集中である。
……と、そこで連続活人事件についての記事は終わっていました。
要するに、
不思議なことがありましたよ。
でも詳しいことは何もわかりません。
何か知ってたら教えてね。
という投げっぱなしの内容です。
「なるほど、これは確かに」
「うん、気になる……かも」
「だろう? それに私は今やあの迷宮の名誉顧問というか運営アドバイザーというか、まあそんな感じの立場でもあるからね。迷宮の中でワケの分からないことが起きてるなら、その理由についてちゃんと知っておきたいし」
死んだはずの人間が生き返る。
しかも五体満足の健康な姿で。
この現象を仮に意図して起こせたら、それはもはや既存の常識に対する革命です。
病人や怪我人や老人や、死を厭う人々が世界中から押し寄せてきて大変なことになるのは想像に難くありません。自分や大切な人の命さえ助かるのなら、対価として全財産を差し出しても構わないという人だっているでしょう。
まあ流石にそれは高望みが過ぎるにせよ、何か不思議な現象が起きているなら仕組みを知っておいて損はなし。幸い、レンリ達にはその謎の答えが分かりそうな相手の心当たりもありました。
「ウル君なら、この時間はその辺の公園で近所の子と遊んでると思うよ。ちょっと行って聞いてみようか」




