五つの魔剣
カフェを後にした一行は第一迷宮までやってきました。
レンリ曰く、取材の続きをするために必要なことらしいのですが。
「ねえねえ」「ここで何するの?」
「ああ、ルー君に適当な魔物でも倒してもらおうかとね。実際に戦う姿を見てもらったほうが記事にしやすいだろうし」
分かりやすく突出した特技のないルグの取材をするに当たって彼の戦いぶりを見せようとした。まあ方向性としては大きく間違ってはいないかもしれませんが、
「それだけ?」「ちょっと」「インパクトが」「弱いかな」
「俺も戦うのは別にいいけど、それだけだと地味じゃないか?」
サニーマリーもルグ本人も、その提案には懐疑的。
ただ単にそこらの魔物を倒すだけでは新聞読者の興味を惹くモノにはならないでしょう。
物凄く強大な魔物を退治するとか、派手で強力な魔法を行使するなどすれば話題性も出てくるかもしれませんが、いずれの方法も今のルグには不可能です。
「ふっふっふ、ただ倒すだけならそうだろうね」
しかし、その点はレンリも先刻承知。その自信の源は、カフェからここまで運んできた大きめのトランクケースにありました。
「まあ、見てみたまえ」
トランクの内側には長剣が二本に短剣が三本。いずれの刀身にも精緻な紋様が刻まれており、何らかの魔法力を秘めた魔剣であるということが窺えます。
「これらを使って戦ってもらえば少しは華も出てきそうだろう?」
自分で製作できる技能を持つレンリには当てはまりませんが、本来、魔剣というのは非常に高価な貴重品。金銭的に余裕のない駈け出しの冒険者にはまるで手が届きませんし、ガンガン稼げるようになったベテランにとっても決して安い買い物ではありません。
が、それでも魔剣持ちというだけで一目置かれることは少なくありませんし、護衛仕事などで指名される機会が増えたり依頼料の増額も見込めます。将来的な収入増を狙って、多少の無理や借金をしてでも魔法の武器を買おうとする者だってそれなりにいるのです。
そんな貴重品がまさかの五振り。それら全てを一人の剣士が自在に操るという触れ込みならば、たしかに少しは話題性も出てくるかもしれません。
「わあ、すごいね」「カッコいいね」
「もしかして、今日のためにわざわざ作ってきたのか?」
「いや流石にその時間はなかったからね。作ってみたはいいけど使いどころが無くて放っておいたやつの中から比較的良さげなのを何本か引っ張り出してきたのだよ」
これまで数々の武器を作ってきたレンリですが、当然ながらその全てが成功品ばかりというわけではありません。というよりも、失敗作のほうが多いくらいでしょう。
ですが今回はその失敗作の中でも比較的マシな、見ようによってはギリギリ成功と言えなくもないようなモノを持ち出してきたのです。
しかし、そんな失敗スレスレの品々であっても魔剣には違いありません。
技術的知識に疎い新聞読者をハッタリで騙くらかすには……もとい、記事としての話題性を狙うだけならば十分でしょう。
「さて、それじゃあ早速適当な魔物を探しに行こうか。細かい説明はその時にね」
◆◆◆
十五分後。
ルグは森の中で一頭の剣角鹿と対峙していました。
まるで剣のように長く鋭い角の生えた鹿型の魔物です。
以前、ルグもこの角を加工した剣を愛用していた時期がありました。もっとも、今回の相手は以前倒したのより二回り以上も大きな成獣のようですが。
「さあ、やっつけてやりたまえ!」
「少しやりにくいけど……まあ、やるしかないか」
ちょっと離れた木陰では、レンリとルカとサニーマリーが彼の戦いぶりを見守っています。そんな彼女らの視線を受けて少しやりづらさを覚えつつも、ルグは新たに腰に差した魔剣のうちの一振りを抜き放ちました。
「おっ、あれは『炎熱の魔剣』だね」
レンリの解説によるとルグの抜いた剣は『炎熱の魔剣』。
文字通り、炎の魔法力を秘めた剣です。
「火炎系の魔剣って割と出回ってる数も多いし見た目が派手でカッコいいから人気もあるんだけど、実は重大な欠点がいくつかあってね。アレはその欠点を克服できないかと思って試してみた実験作なんだ」
多くの火炎系魔剣に共通の欠点。
それは、その高熱そのものにあります。
炎を纏う高熱の刃で敵を斬り付ける……まではいいとしても、その高熱のせいで図らずも敵の傷口が焼けて出血が止まってしまうケースが少なくないのです。
また、風向きによっては刃から噴き出す炎が使い手自身や味方に火傷を負わせる危険性。洞窟などの密閉空間においては酸素を大量に消耗して窒息に陥る危険性。度重なる加熱と冷却によって刀身の金属が脆くなり武器としての耐久力が落ちてしまう、等々。
剣の技術や戦略でカバーできる部分もあるとはいえ、それは武器のせいで戦い方の幅が狭まってしまうのと同義。あまり好ましい状況とは言えません。
レンリの製作した『炎熱の魔剣』は、それら従来の火炎系魔剣の欠点を克服すべく作り出されたモノらしいのです……が。
「おい、レン!? これ魔力を流しても火が出ないぞ!」
「え? だって、剣から火が出たりしたら危ないじゃないか」
「アイデンティティ全否定!?」
「ちなみに、どのあたりが『炎熱』かというと剣の製作にかける私の情熱ね」
「詐欺か!? 他の名前考えとけよ!」
剣から高温の炎が噴き出すからこそ傷口が焼けてしまう。
ならば火が出ない程度の、ほんのり温かくなる程度の熱ならば心配は要りません。
もちろん閉鎖環境で窒息する心配も無用。加熱による刀身への負担も少なくて済みます。
「水を溜めた鍋に剣先を突っ込んでおけばお湯も沸かせるし、最大まで加熱した状態でパンを斬るとちょうど良い焼き加減のトーストになるよ。ああ、あと冬場の屋外とかでは暖房器具として重宝しそうだね」
「わあ、すごいね」「便利だね」
魔剣としてのアイデンティティを根本的に見失っている点にさえ目を瞑れば、なかなか便利ではあるのかもしれません。効果に対してコストが高すぎるので仮に売り出しても購入する者は皆無でしょうし、そもそも肝心の武器としての性能は普通の鉄剣とまったく変わりませんが。
「ちょっ、こら、レン! そんなのっ、いきなり実戦で使わせるな!」
自慢気に性能の解説をするレンリの背後では、使い慣れない剣を振り回すルグが必死に魔物の猛攻を凌いでいました。
◆◆◆◆◆◆
《おまけ》




