サニーマリーのイロモノ取材記
「わあ、すごい」「十秒でケーキを」「食べちゃった」
「ふふふ、なに、このくらい軽いものさ」
「ねえねえ、もう一回」「もう一回見せて」
「ははは! やれやれ、仕方ないなぁ!」
わずか十秒でホールケーキを平らげる圧倒的早食い。
レンリが披露した絶技に妖精記者サニーマリーも大喜びです。
「すごいねぇ」「もう五個も食べちゃった」「そんなに食べて」「大丈夫なの?」
「いやいや、この程度じゃオードブルにもならないさ。ああ、そこの店員さん。今度は口直しにパスタかサンドイッチでも貰おうかな。このメニューに載っているのを、ここからここのページまで全種類頼むよ。もちろん全部大盛りでね」
昼下がりの平和なカフェはレンリ一人のおかげで戦場の最前線のような忙しさ。厨房も配膳もフル回転。周囲の無関係な一般客も、自分達が食べるのを忘れて見事な食べっぷりに見入っていました。
「あれが『終焉をもたらす者』だというのか!?」
「『無限胃袋』か。まさか実在したとはな……」
「同業者の与太話とばかり思っていたが本人を見れば納得せざるを得ぬか。これが『暴食』……ッ! 急げ急げ、一瞬でも手を休めたらテーブルまで喰い尽くされかねん!」
店の奥の厨房から調理スタッフの怒号とも悲鳴ともつかぬ話し声が聞こえてきますが、この街の飲食業界ではよくあることです。最終的に食材の在庫が空になれば自然と落ち着くことでしょう。
一定金額で食べ放題のバイキング形式なら店が潰れていたところですが、後でちゃんと正規の料金を支払われるので赤字になる心配はありません。まあ本日の閉店時間は普段よりだいぶ早くなりそうですが。
「これは面白い」「記事が書けそうだね」「私ビックリしちゃった」「僕もビックリ」「あとでお店の」「人にも話を」「聞いてみようか」
何か取材のネタになりそうな話をと乞われたレンリ達。とりあえず食事でもしながら考えようという流れになったのですが、幸先良くネタが一つ見つかったようです。
「じゃあ次は」「何かないかな?」「そうだ良いことを」「思いついたよ」「ねえねえ、ルカちゃんって」「ラック君の」「妹さんだよね」
「え、あの……はい……えと……お兄ちゃん、なんで?」
ここでサニーマリーは唐突にルカに話を振ってきました。
しかも彼女の兄であるラックのことまで知っているようです。
「ラック君は」「たまにうちの新聞に」「広告を出して」「くれるから」「お得意様だね」「前に取材だって言ったら」「タダで鷲獅子に乗せてくれたの」「あれは楽しかったねー」「ねー」
「な、なるほど……ほっ……」
どうやら遊覧飛行の仕事の関係で新聞社に出入りしていたおかげで、双子記者と縁が出来ていたようです。知らぬ間に悪い意味で新聞沙汰になりそうな真似をしていた……などの理由ではないと知って、ルカは密かに安堵しました。
「それでね、ギルドの」「人達も言ってたんだけど」「ルカちゃんて」「すっごい力持ち」「なんでしょ?」「腕相撲とか」「強いって」
「あの、その……はい」
ルカ本人にとっては劣等感の元でもあるのですが、並外れて力が強いことに違いはありません。以前にこの街で腕相撲がちょっとしたブームになった時など、次から次へと挑戦者が現れて困った経験もありました。実は今でも時々勝負を挑まれることがあります。
「見せて見せて」「ルカちゃんの」「ちょっといいとこ」「見てみたい」「でも、腕相撲なら」「相手がいるよね」「じゃあ何か重い」「物を持ち上げるとか」「すごく硬い物を」「壊してみるとか」
「えと……何がいい、かな……?」
力強さのアピールと言われても、なかなか難しいものがあります。
特にその場で実際に見聞きする相手に説明するのではなく新聞の読者に文章で伝えるとなると、誰が読んでも分かるようにしなければなりません。
ですが、ちょうどそんな時。
「うわぁ、暴れ牛だー!?」
「皆、逃げろっ!」
「きゃあーっ」
なんと、カフェの前の道路を巨大な暴れ牛が突っ走ってくるではありませんか。しかも、このままではルカ達がいる店の中に飛び込んでくるという直撃コース。実に良いタイミングです。
「ええっ……こ、こんなこと……ある?」
戸惑いつつもルカの行動は迅速でした。
大急ぎで席を立つと店の前に一人立ちはだかり、
『ブゥモォォウ!』
「ととっ……暴れちゃ、ダメ……だよ……よしよし」
『モッ!?』
暴れ牛の両ツノをガシッと掴むと、それだけで突進の勢いがピタリと止まりました。大して力を込めている様子もないのですが、牛は進むことも退くこともまったくできなくなり明らかに困惑している様子です。ルカがツノを離しても、もはや暴れる様子はありません。
「ええと……この後……どうしよう?」
「おや、それは食べてもいい牛かい?」
『ブモゥ!?』
「ううん……勝手に、食べちゃダメ……たぶん」
咄嗟に捕まえてはみたものの、この後でどうするかはルカも考えていません。
少なくともレンリに処分を任せる方針は却下。怯えた牛がルカの背に隠れて……身体が大きすぎて全然隠れられていませんが……ブルブルと震えています。
「おお、そんなとこにいたべかクリスティーヌ!」
『モゥ!』
「あ……もしかして……飼い主の、人……ですか?」
と、そこへ牛の飼い主と思しき老人がやってきました。
続いて市民からの通報を受けたと思しき衛兵も。
飼い主氏曰く、近くの村から野菜を運ぶために牛車を引かせてきたは良いものの、聞き慣れない列車の音に驚いて逃げ出してしまったのだとか。
「あんがとな。お嬢ちゃんのおかげでウチのクリスティーヌが人に怪我させずに済んだべ。こんな物しかねえけんど、お礼にウチの野菜もらってけれ」
「あ、その……どういたしまして……いただきます」
不幸中の幸いで物が壊れたり怪我をした人は出なかったようです。
そのおかげで暴れ牛改めクリスティーヌもどうにか処分は免れるだろうと、駆け付けた兵隊の一人が言っていました。これにはルカも一安心。
「さっ、クリスティーヌはオラと一緒に兵隊さんのお説教を貰いに行くど」
『……モウゥ』
終わってみれば何事もなかったかのように元通り。
牛と飼い主、衛兵、野次馬はぞろぞろと立ち去っていきました。
めでたし、めでたし。
◆◆◆
「わあ、すごいや」「目の前で事件なんて」「久しぶりだね」
「お、お粗末、さま……でした?」
運良く、と言ってしまっていいのかは微妙な線ですが、実際にルカの腕力を目の当たりにしたサニーマリーは大喜び。大きな牛の突進を軽々止めたというのは、記事にすればなかなかのインパクトがありそうです。
「じゃあ、あとは」「ルグ君だね」
「順番的にはそうなるのか。でも俺、この二人みたいなことはできないぞ?」
今回の取材対象にはルグも入っていますが、本人も言うように彼には前の二人のような人間離れした能力などはありません。
いえ、別に弱いというわけではないのです。
才能や体格にこそ恵まれていませんが、剣術や体力作りのトレーニングは毎日欠かしていませんし、戦闘系の冒険者として見れば並よりちょっと上くらいの実力はあるでしょう。
たまに一緒にトレーニングをする他の冒険者や街の兵隊達からも、
「まあ、普通?」
「普通だな」
「悪い奴じゃないよな」
と、評判です。
つまりはネタになるほど強くも弱くもないわけで、今回のような(色物冒険者特集の)取材においては、飛び抜けて弱いよりもかえって扱いに困るわけなのですが。
「ふふふ、それについては安心したまえ。私に考えがあるのだよ。こんなこともあろうかと、あらかじめ準備をしてきたのさ」
「なになに?」「教えて?」
「え、なんだ? 俺、何も聞いてないけど」
「そりゃあ言ってないからね。さて、もうすぐ食べ終わるから少し場所を移そうか」
どうやらレンリには何か秘策があるようです。




