妖精記者サニーマリー
現在、学都で購読可能な新聞は主に三紙。
一つは、クイーンズ政治経済新聞。
その名前からも分かるように、政治や経済といった国内外の真面目でお堅い情報が中心の内容。商会同士の会合などでは、ここの記事内容を把握している前提で話が進むこともあるほどです。
もう一つは、ラビットタイムズ。
こちらは先のクイーンズ紙に比べて幅広い内容を取り扱う傾向にあります。
話題性のあるニュースならジャンルを問わず掲載され、有力貴族のスキャンダルから若者に人気のお店特集。稀に、学問上の重大発見があった際などに論文の要約が載るようなことも。
クイーンズとラビット。
これら二紙はG国の首都に本社を置く大手新聞社。
学都に置かれているのは支社の一つと会社所有の印刷工場です。
製紙や印刷技術の急速な発展に伴って現れた新聞産業はこの世界では未だ歴史の浅い分野。それにも関わらずこれら二紙が大規模な設備・人員への投資を可能としているのは、有力な貴族や大商会が出資をして立ち上げた会社であるからこそ。
多数所有している伝書鳩や早馬や船舶などをフル活用することで、本社と各支社との迅速な情報共有を可能とし、国内のメディア産業の覇を競っていました。
そして最後の一つ。
前二紙とは違って学都の本社のみの小規模経営。紙面の性質においても少なからず方向性が異なる新聞社こそが、今回レンリ達に取材を申し込んできた――――。
◆◆◆
「どうも、こんにちは」
「最高に面白いハンプティダンプティ新聞だよ」
「この街で業界三位の大新聞社さ」
「三つしかないからビリっけつだけどね」
ギルドを通して約束した記者と待ち合わせたレンリ達。
待ち合わせ場所のカフェに現われたのは丸っきり同じ顔と体格の二人組。
片方がズボンを、もう片方がスカートを履いているので恐らく性別は違うのでしょうが、服装以外で見分けるのは非常に難しそうです。
身長は小柄なルグと比べても頭一つ分ほど下。
髪はグレーのおかっぱ頭。
エルフほど長くはありませんが、耳の先がやや尖っている点からヒト種ではないことが窺えます。体格や顔立ちからすると子供にしか見えませんが、実際の年齢がどうだかは外見からは推測できそうにありません。
「それで、約束した」「相手はキミ達で」「合ってる」「よね? うん、きっと」「そうさ。聞いていた特徴に」「ぴったりだもの」「今日は来て」「くれて、ありがとう」
「いや、なんだいその喋り方?」
双子と思しき二人組の記者は、なんとも奇妙な独特の喋り方をしています。
言葉の途中、中途半端なところでいきなり切ったと思いきや、もう片方がシームレスに台詞を引き継いで何事もなかったかのように話を続けるのです。
「また随分とキャラが濃いのが来たね。まったく、この街には変な奴しかいないのか」
「別にそんなの気にし」「なくてもいいのに」「私たちにはこれが」「自然なのさ、ねえ僕」「生まれた時から」「こんな風だもの」
これまでかなりの数の変人と接してきて、それどころか変神や変刃とも接してきて、もはや並大抵の変人ぶりでは驚きもしないという自負のあるレンリ達ですが、二人一組というのはこれまでになかった新しい変人パターンです。
「おっと、まだ名前を」「言ってなかったね」「私たち」「僕たちは」「サニーマリー」「サニーマリー」「だよ」「よろしくね」
「一度に二人分言われると分かりにくいんだけど。ええと、男の子のほうがサニーで女の子のほうがマリーで合ってる?」
「ちがうちがう」「そうじゃなくて」「二人合わせて」「サニーマリー」「二人で一つの名前だよ」「会社の人や取材先にも」「すごく分かりにくいって」「大評判さ」「悪い意味でね」
「いや、二人で一つって……あ、もしかしてキミ達双子妖精?」
ここまで話してレンリには相手の正体が見えてきたようです。
双子妖精は『自分自身』という意味を持つ妖精種。
常に男女一対の双子という形で生まれてきて、番う時も同種族の双子同士。また、一つの魂や思考を二つの身体で共有するとされています。
「私も文献で読んだことはあったけど実際に見るのは初めてだよ」
「私たちも、ここ百年くらい」「同族の姿を見てない」「からね。もしかしたら」「僕たちが最後の二人かも」「しれないね」「わあ、すごい」「レア物だね」「やったぁ」
妖精と言っても色々な種族がいますが、その中でも双子妖精はかなりの希少種。というのも、離れていてもリアルタイムで思考を共有できる能力が戦場での斥候などに有用で、大昔の戦乱の折に多くの国々で双子妖精が徴用されたのですけれど……。
「片方が死ぬと」「もう片方も」「死んじゃうのさ」「まあ、ヒト種だって」「胴体を真っ二つに」「斬られたら死んじゃうし」「それと同じようなものだよ」
決して身体能力や戦闘能力が高いとは言えない種族だけに、危険な任務に赴けば呆気なく死んでしまいます。オマケに好奇心旺盛な気性ゆえ、オモチャやお菓子などを仕掛けて罠に嵌めれば簡単に誘き出すことが出来るのです。
そうしてあっという間に数を減らし、本人達が気付いた頃には絶滅間近。
とはいえ、元より深く物事を考えない種族なのか、それとも単にサニーマリーがそういう性格なのかは不明ですが、そうした事情に対してもほとんど気にする様子はありません。
「でも取材して」「記事を書くのには」「便利だよ」「どっちかが現場に行って」「もう片方がペンを握れば」「効率的だもの」
「いや、二人共ここにいるように見えるけど?」
「だって、机でジッと」「お仕事してるより」「こっちのほうが楽しそう」「だったんだもの」「今頃、編集長はカンカンかも」「だけど、その時はその時の」「私たちがきっとなんとかする」「から大丈夫だよ」
「多分だけど、それって大丈夫じゃないんじゃないかな?」
妖精というのはマイペースな種族が多いのですが、この双子はその中でもとびきりのようです。せっかくの種族特性も二人が同じ場所にいたのでは、ほとんど意味がありません。
「さあ、それじゃあ」「早速、取材を始めよう」「あらかじめ、何を」「聞くかを考えて、忘れないよう」「紙に書いておいたんだ」「勝手に変なこと聞かないように」「編集長がちゃんと内容をチェック」「してたやつだね」「あれ、でも、その紙ってどこに」「やったっけ?」「私は持ってないよ?」「僕もないみたい?」「ねえ、キミ達は知らない?」
「いや、言うまでもなく私達今日が初対面だからね?」
「じゃあ、きっと机に忘れてきたんだね」「でも、こんな時でも片方が」「見に戻ればインタビューを」「続けられるんだけど」「会社まで戻るの面倒くさいね」「くさいよね。じゃあもう」「質問はこの場のアドリブでやれば」「いいんじゃない?」「さっすが私。ナイスアイデア」「というわけで、インタビューを始めます。ねえねえ」「キミ達は何から聞いて欲しい?」
ようやく双子記者によるインタビューが始まりそうです。
もっともレンリ達としては、冒険者の特集などするよりもこの記者が自分達のことを書いたほうが興味深い記事になるのでは、などと思わなくもありませんでしたが。
◆念の為。エインセルは英国あたりに伝承があるマイナー妖精なのですが、本作においては大幅な独自設定を付け加えています。この設定をそのまま使うと思わぬツッコミを受ける恐れがあるので創作をする方はご注意ください。
◆久しぶりに作品のあらすじに手を加えてみました。
上手く興味を惹くあらすじを書くのって難しいですね。




