インタビューのちょっと前
「取材?」
ギルド職員の女性から聞いた話はまるで予想外のものでした。
すなわち、新聞記者がレンリ達への取材を希望している、と。
果たして、何についての取材であるのか?
それが分からないうちは迂闊に返事もできません。
三人は各々想像を巡らせています。
「……レン。何かやらかしたなら正直に自首したほうがいいと思うぞ?」
「はっはっは、ルー君は私をどう思っているんだい?」
まず真っ先にルグが神妙な面持ちで隣にいたレンリに心当たりがないか尋ねてみました。まあ、これは流石に冗談としての意味合いが主であり彼としても本気ではなかったのです……が。
「まったく、失礼だなキミは!」
レンリはぷんすかと怒っています。
「そ、そうだよ……レンリちゃん……良い人、だよ?」
「大体、この私が記者に嗅ぎつけられるようなヘマをするわけがないだろう! まったく、失礼しちゃうな!」
「え、あれ……そ、そっち……?」
レンリはまるで見当違いの方向に怒っています。
友人として擁護しようとしたルカもこれには困惑を隠せません。
「うん、大丈夫のはず……こないだ実家から送ってもらった例の草は輸入の書類上ただの薬草ってことになってるはずだし……あの呪いの魔剣は表向き単なる果物ナイフって扱いになってたし……あっちの禁書はちゃんとカバーを張り替えて……それから、あとは」
「よし分かった、お願いだから今すぐ口を閉じろ」
「いや、誤解しないでくれたまえ。私は純粋に学問の発展のためにだね。それに違法性は一切ないというか、それが違法だと立証できないようにしているというか」
「いいから黙っててくれ頼むから。あ、受付の人。こいつが言ってるのはただの冗談なんで一切気にしないで下さい。あと他所で今聞いた冗談を口外しないで下さい、何卒。そうだ、それより用件の続きをお願いします」
「は、はい……?」
レンリの独り言から危うく平和な街に蔓延る闇の真相が暴かれてしまいそうになりましたが、危ういところで話題を逸らしたルグのファインプレーで闇は闇のまま封じられることになりました。彼としてもそれで本当に良かったのか考える部分もないではないのですが、まあ今はそれより取材についてです。
「こほんっ……では、改めて。まず、前提としてこれはギルドからの正式な依頼ではありません。だから報酬が出るわけではないんですが、断った場合に何らかのペナルティが発生するようなこともありません」
ギルド職員の女性は一度咳払いをしてから改めて説明を始めました。
実際レンリ達に主導権を与えると、ふとしたキッカケで話が大幅に脱線して本題に関係ないコントが延々続くことになるので、反応を無視して一方的に用件を伝えるのが正解です。
「そもそもレンリさんはそちらのお二人を雇用する依頼主ですから、ギルドが依頼を出すこともできません。なので、これはあくまで正規の窓口を通した『依頼』ではなく『お願い』という形になるのです」
「ふむふむ、話しぶりから察しはついてたけど、彼らだけでなく私を含めた三人への『お願い』か。そして、拒否権はあるし別に断っても構わないと」
この時点でレンリは警戒心を一段階緩めました。
もし先述のような法的に限りなく黒に近いグレー案件であれば、こんな迂遠な形で取材を申し込んできたりはしないでしょう。
しかし、まだ油断はできません。
なにしろ現在のレンリ達は様々な偶然と必然の結果、一般人には決して知り得ない神造迷宮や神や世界そのものの秘密を知る立場にいるのです。現時点でその秘密を暴かれて記事にされるのは決して望ましい事態とは言えないでしょう。
「ええ、忙しければ断っていただいても構いません。もう他の方にも何回か頼んでいる話ですし、その場合は他の誰かに頼むことになるかと」
「ふむ、そうまで言われると逆に気になるね?」
レンリは更に三段階ばかり警戒を緩めました。
というか、諸々の心配はどうも完全に杞憂でしかなさそうです。
「で、結局お願いの中身はなんなのさ?」
「こちらの新聞の、ほら、ここ見て下さい。どうも、この特集が結構な人気らしくて。ギルド側としてもイメージアップに繋がりますし、なるべく協力するよう上から言われてるんですよ」
ギルド職員女史は肩から提げていたバッグから折りたたまれた新聞紙を取り出しました。そして折り目が付けてあるページを開くと、そこには――。
「ええと、どれどれ……『強者、色物、どんと来い! 有名冒険者紹介コーナー』?」
武装して勇ましいポーズを取った冒険者グループの白黒写真とその紹介記事が載っています。内容は凶暴な魔物を討伐した武勇伝や、仲間同士の友情が感じられる感動エピソード、冒険の際に留意している事柄など。
ちょっとした英雄譚とでも言うべき内容に仕上がっていました。
記事にする都合上、多少話を盛ったり脚色を加えている箇所もあるのかもしれませんが、読み物として見ればなかなかの出来栄えです。
「毎週色んな人を紹介してるコーナーなんですけど、その題材にちょうど良さそうな人達がいないかって馴染みの記者さんに聞かれまして。それで窓口に来る冒険者の皆さんに聞いてみたら、レンリさん達に頼めば絶対良い記事になるって口を揃えてらして」
「そ、そうかい? いつの間にか我々の評判がそんなに上がっていたとは、流石の私も予想外だったよ。どうやら、この街の冒険者諸氏には人を見る目があるようだ」
自慢ではありませんが、本当に全然なんの自慢にもなりませんが、レンリにも自分達があまり熱心に冒険をしていないという自覚はあります。
もちろん身の安全のために迷宮に入る際はそれなりの準備や対策をしてはいますが、そもそも迷宮に行くかどうかは雇用主であるレンリの気分次第。研究に没頭したいとか、読みたい本があるとか、眠いとか、なんとなく気分が乗らないなどの理由で何週間も迷宮攻略を中断することもしばしばです。
「ふふふ、まあ、そういう事情なら仕方がない。いや、私は別にそういうの気にしてないんだけどね? ほら、ふふふ、そうまで推されて断るのも大人げないだろうし?」
「じゃあ、受けていただけるんですね!」
それがまさか、他の冒険者から口を揃えて取材対象に推薦されるほど高く評価されていたなど、当のレンリにとっても完全に予想外。やはり黙っていても滲み出てしまう才覚や将来性が高く買われていた……、
「いやぁ、引き受けてもらえて良かったです。普通に強い人は他にも沢山いるんですけど、お笑い担当的な色物枠はうちのギルドでもなかなか貴重なんですよね」
「うんうん。そうだろう、そうだろう…………色物?」
……などということは当然ながら無かったようで。




