修行(ダメな例)
ほとんど何もできず試練に失敗した翌日。
ライムの助言も考慮して一晩じっくり考えたレンリ達の結論は、
「とりあえず強くなろう」
……というものでした。
心の在り方を問うと言われてもさっぱり分かりませんでしたが、強さというのはあって困るものではありません。今後のことを考えても、その発想自体はさほど間違ったものではないでしょう。
とはいえ、これまで通りの修練を重ねても急激な飛躍は期待できません。迷宮内で『実』を集めるという方法もありますが、それもギャンブル性が高く不確実です。
そこで彼女が知る限りで最も強い人物。
ライムに稽古を付けてもらうことにしたのですが、
「ははははは! あはははははは! はははははっ!」
初日からいきなり心が壊れかけていました。
意味もなく笑ったり、かと思えば前触れなく泣きだしたりと、いつぞやの講習が天国に思えるほどの消耗具合です。
「レン、大丈夫……じゃないな。おーい、戻ってこい……そっちに行っちゃいけない」
呼びかけるルグの声にも力がありませんでした。
ちなみに、ルカも息をしているので死んではいないようですが、地面にうつ伏せに倒れたままほとんど動きません。
迷宮内でもとりわけ凶暴な肉食魔獣が出るあたりまで武装なしで連れていかれ、燻製肉を括り付けた紐を身体に巻き、必死に逃げながら森の中を20kmばかり走破してきたのですから無理もありません。
一応、気配を消したライムが併走して最低限のフォローはしていましたが、あくまでも最低限なので、爪や牙が触れる寸前まで手助けはしません。
魔獣のヨダレの生温かさや、生臭い吐息を間近で感じる状態では、泣き言を言う暇もありません。数え切れないほど転びながら、どうにかこうにか半泣きで走り切ったのです。
「今のは準備運動」
とはいえ、これで終わりではありません。
ライムの次の一言で、三人は先程まで以上の絶望に叩き落されました。
「次は私と百本ずつ組手。大丈夫、殺しはしないから安心してほしい」
これほど安心できない「安心してほしい」という言葉も珍しいものです。
完全に教えを請う相手を間違えていました。
◆◆◆
「「「…………」」」
「今日はこれで終わり。お疲れ様」
一人百本、計三百本の組手が終わった後、三人は文字通り泣いたり笑ったりできない状態になっていました。
当然幾度となく怪我をするのですが、それも即座に治されてしまうのでリタイヤは許されません。倒れたまま起き上がろうとしなくても無理矢理引き起こされるので、余計にダメージが増すだけです。
最初の二十本くらいまでは、まだ泣いたり逃げ出そうとしたりする元気があったのですが、うっかり背を見せると容赦なく蹴飛ばされるので、途中からは全てを諦め、延々と倒されては立ち上がる動作を繰り返すだけのゾンビ状態になっていました。
「い、生き……てる……?」
「一応は……でも、これ以上動いたら本当に死にそう……」
やがて、三人の中でも比較的丈夫なルカとルグは、かろうじて正気を取り戻し、喋れるまでには回復しました。それでも、まだ地面に転がったままですが。隣に転がっているレンリも喋る気力はなさそうですが、かろうじて意識はありそうです。
そして、彼らが話を聞けるまでに回復したと見たライムは、
「今日は最初だから軽め。明日からは走る距離と組手の数を倍に増やす」
彼らに更なる絶望をプレゼントしました。
◆◆◆
……が、しかし、かろうじて天は三人を見捨てなかったようです。
「こらこら、待てライム。何をやっているのだお前は」
「あ、シモンだ」
いつの間にやって来ていたのか、以前にレンリも会ったことがある、学都方面軍の騎士団長氏がライムを止めました。彼は半死半生というか、九死一生くらいの状態で地面に転がっている三人を見てドン引きしている様子です。
「今日は久々の非番でな。たまにはこちらから会いにいくかと思ったのだが……うむ、正解だったようだ。立場上のこともあるが、流石に友人が殺人事件の加害者になるのは見過ごせぬ」
「む、失礼」
まあ、本当に殺す気だったら迷宮の防衛機構が発動しているはずなので、事件云々は軽口なのでしょう。「いっそ殺して楽にしてほしい」とは言わせましたが、一応殺してはいません。
「む、よく見たらそこにいるのはレンリ嬢ではないか……だよな? 泥だらけで人相が分かりにくいが……」
「知り合い?」
「うむ、以前にちょっと捜査協力をな。お前こそどういう知り合いなのだ?」
「友達。強くなりたいと言うから、頼まれて稽古を付けていた」
「ああ、そういうことか……」
今のやり取りだけで騎士団長、シモンは彼らに何があったのか理解したようです。
もしかしたら、前にも同じようなことがあったのかもしれません。
「うむ、なんというか……災難だったな。悪い奴ではないのだが、あまり人にものを教えるのに向いていないのだ」
「そんなことはない」
ライムが抗議していますが、彼は構わず言葉を続けます。
「まあ、なんだ。もし、まだ強くなりたいと思うなら軍の訓練にでも混ざるか? 少なくとも毎回死にかけるようなことはないぞ」
「横取りはずるい」
「横取りではない、保護だ」




