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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
九章『信じる心があなたを救うと信じて』

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よくわかる! 聖剣のひみつ


「ま、論より証拠。実際にやって見せようじゃないか」


 そう言うとレンリは卓上のナイフを一本手に取りました。

 何の変哲もない、ごく普通の食事用ナイフです。

 そしてレンリは朗々と魔法の呪文を唱え、ナイフを持つ手に体内の魔力を集中させると……しかし、何も起こりません。



「必要な魔力が多すぎるんだよ、コレ……ふぅ。よし、もう一回」



 今度は呼吸を整えてから再チャレンジ。

 体内の魔力のみならず、周辺の大気中に存在する魔力も取り込んで先程と同じ詠唱を繰り返すと……やはり何も起こりません。



「ぐぬぬぬ……こんちくしょう!」



 そして三度目。

 ややヤケクソ気味に乱暴な勢いで魔力をナイフに流したのがかえって上手く働いたのか、ようやく狙い通りの魔法が発動しました。具体的に何が起こったのかというと、レンリの握り締めていたナイフが皆の目の前でフッと消えてしまったのです。


 これには見ていた皆も驚きました。

 無論、凄まじい速度でどこかに放り投げたとかではありません。

 いくら肉体を強化してもレンリにそんなパワーは出せませんし、この場には飛んでくる銃弾を見てから悠々避けられるような連中が何人もいるのです。彼ら彼女らの動体視力の限界を超える速度となると、これはいくらなんでも現実的ではないでしょう。


 この場にあった物体が消えたとなると、次に疑われるのは空間に干渉しての転移や転送の類ですが、これも違います。そもそも、その手の魔法は高度すぎて少なくとも現時点でのレンリには使えません。


 また別の可能性としては、光を操る魔法で物を透明に見せたり、あるいは他者の精神に干渉して特定の物体を強制的に意識から外すことなども一応あるにはありますが、それも今回のケースでは除外されます。そもそも人間とは違う知覚を持つウル達には、そういったタイプの魔法は通用しません。


 結局、どうしてナイフは消えたのか?

 答えは簡単。

 消えはしたけれど、無くなったわけではない。

 ナイフは今も変わらずこの場にあるのです。



「一応言っておくけど『皆の心の中にあるんだ』とかじゃないからね? ほら、よく見ていてご覧。三、二、一……はい、元通り」



 レンリが皆の見ている前で開いた両手をヒラヒラ振ったりシャツの袖をめくったりして、どこにも隠していないことをアピール。その後に、消えた時と同じようにフッとナイフが再出現したではありませんか。



『おおっ、すごい手品なの!』


「ふっふっふ、種も仕掛けもありません……って、いや手品違うし」



 話の運びがマジックショーめいていたせいで、他の皆もウルの反応に釣られてパチパチと拍手を送っています。ですが、本人も言うようにこれは手品ではありません。


 リサがどのように聖剣を自在に出したり消したりしているのか。

 その仕組みを分かりやすく説明するための前振りです。

 


「前に私が新しい魔法を覚えてきたことがあったろう? ほら、概念魔法ってやつ。ルー君とルカ君には前にも見せたよね」


「ああ、あれか。前に見たのとは違ったけど」


「うん、そうだね。ええと……シモンさん、これの味を見てもらえます?」



 レンリは補足説明と称して卓上の砂糖壺から角砂糖を取り出すと、とある魔法を発動させてからシモンに手渡しました。彼は言われた通りに角砂糖を口に入れました、が。



「む、まるで甘さがないな。砂の塊を噛んでいるようだ」


「じゃあ、次はこっちのグラスの水をどうぞ」


「うむ……甘い。レンリ嬢、概念魔法という言葉から察するに砂糖から『甘さ』という概念を取り除いてこちらの水に与えたという理解で合っているかな?」


「はい、ご名答。話が早くて助かります」



 レンリがしたことはシモンの予想通り。砂糖という物質の持つ性質を取り去って、その『甘さ』だけをグラスに入った水に与えたというわけです。



「こういう風に物体が内包する概念を除いたり与えたりするのが基本編だとすると、さっきのナイフは応用編ってところかな。実体を持つ物質を不可視の概念へと昇華してより高度かつ柔軟な扱いが可能になる……らしいよ?」


「そ、そこは……疑問形、なんだ……?」


「だって、まだ私それ出来ないんだもん」



 術の練度が低いせいでどうにも格好が付きませんが、世界最高峰の神器である聖剣に用いられているのと同じ技術と思えばそれも仕方がありません。


 実際、レンリのこの推論はリサが聖剣を出し入れできる仕組みをかなり正確に言い当てていました。物質としての聖剣を所有しているわけではなく、一種の概念的存在としての聖剣が勇者の魂魄と完全に融合しているのです。

 最早、持ち主が死亡するまで切り離す手段はありません。

 リサ本人はいつの間にか聖剣を出せるようになっていたと言っているように自覚はありませんが、彼女が最初にこの世界に呼ばれた際に用いられた召喚術式にそういった概念付与の効果が紐付けられて発動していたのです。


 ゆえにこそ出すも自由、消すも自由。

 見た目こそ普通の剣のように見えたとしても、その本質は物理法則のルールに縛られる物質ではない高次存在。だから使い減りもしませんし、強い衝撃を受けて折れたり曲がったりしても本質的なダメージにはなり得ないだろう……というような推論をレンリは皆に披露しました。

 魂魄との融合や勇者召喚の術式に関してはレンリには知り得ない情報ですし、現状では証拠不十分の仮説という形にはなりますが、


 

【うむ、見事。レンリ殿の推測で概ね正解である】


「そうかい良かった。本剣ほんにんに認めてもらってホッとしたよ」


【付け加えるならば、魂魄の融合に伴う思考伝達や連携速度の向上にも言及していたら満点であったがな。まあ、魂魄に関係する術は難度が高い。まずは出来ることから地道に努められよ】



 いつの間にか卓上にいたリサの聖剣にもレンリの仮説は認められたようです。なにしろ本剣ほんにんが言うのだから、聞いていた皆にも異論はありません。

 


「なるほど。あの概念魔法っていうの、場を盛り上げるためのちょっと小粋な一発芸とかじゃなかったんだな。どうしてレンが一発芸を覚えるのに何日も空けたのか不思議だったけど」


「うんうん、そうだとも。場を盛り上げるためのちょっと小粋な一発芸ではないのだよ。まあ、こないだアン達に見せたら大ウケだったけど」



 レンリ自身、最初のうちはどうして協力の報酬として神様に教えられたのが食べ物の味を消したり移したりする一発芸染みた魔法なのかが分からなかったのですが、よくよく説明を聞くうちに得心したものです。

 この概念魔法を高いレベルで習得すれば、人造聖剣の完成度はこれまでとは比べ物にならないほど上がることでしょう。



「すごい」


「ふふ、味を移すのはお料理にも使えるかもしれませんね」 



 なんとも珍しいことにライムやリサに魔法の技術と知識を褒められて、レンリも鼻高々です。本職の魔法使いの面目躍如といったところでしょうか。



「はっはっは、もっと私を褒め称えてくれたもいいのだよ……こらこら、そこの天才ども。人が苦労して覚えたのを見様見真似で完コピするのやめてくれません? 私、その基礎を覚えるのに一週間くらいかかったんだけど」



 もっとも、高くなった鼻は見る見る縮んでしまいましたが。

 何度も詠唱や魔力の流れ方を見せたせいか、ライムやリサが先程のレンリと同じように卓上の砂糖や塩の味を移し替えて遊んでいます。



「……まあ、それはさておきだよ。これでユーシャ君とゴゴ君の問題点も見えてきたんじゃないかな? 自由に出したり消したりができないとか、同じ武器を使っても何故か勝てないとか。それはつまり」


「わたし達がまだ一心同体になれていないということだな」


「うん、そういうことだろうね」



 手に持てばイメージ通りに変形させられる、ではまだ不十分。

 形状のイメージや武器を正しく扱う技術の伝達速度においても、武器と使い手とが魂の融合を果たしているか否かで差が生じてしまいます。その刹那ほどの時間差は、極めて高レベルな戦いの中では致命的な隙になりかねません。


 それを解決するにはどうすればいいのか。



「よし、ゴゴ。合体だ!」


『え、合体って……今の流れでどうして肩車を? ちょっと、これ絶対違うでしょう!?』



 何を思ったのかユーシャがゴゴを肩車したまま夜の街へと走り出してしまいました。生まれて初めて学都以外の街に来て、実は店の外が気になっていたのかもしれません。

 これで解決することは何もなさそうですが、まあ、今のところはそんなギリギリの戦いをする相手がいるわけでもなし。特に急ぐ話でもなさそうなので、この日はお開きとなりました。



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