聖剣の使用者が異なる場合における諸現象の差異についての考察
『あいたっ! なんで痛覚が切れないんですか!?』
【感覚の操作権をこちらが支配しただけのこと。セキュリティが甘い】
小鳥姿のリサの聖剣は、ゴゴの頭に乗ったままクチバシで頭頂部を突いています。
ゴゴ達は本来であれば仮初の肉体に備わった感覚器の感度も自在に調整できるのですが、どうも今回ばかりは相手が悪い。聖剣同士という相性の良さ、あるいは悪さかもしれませんが、痛覚の操作権を一瞬にして奪われたゴゴは痛みに悲鳴を上げていました。
小さな鳥がツンツン突いているだけですし怪我をするほどの威力はないのですが、迷宮達は普段から特別な理由でもない限りは痛みなどの不快感を感じないようにしています。そのせいか、今回のように避け得ぬ痛みには不慣れゆえの精神的大ダメージを負ってしまうのです。
「こら、聖剣さん。あんまりゴゴちゃんをいじめちゃ駄目ですよ?」
【む、我が主よ。いじめとは人聞きの悪い。これは不甲斐ない後進に対する指導である……が、たしかに人前ですることではなかったかもしれぬ。諸君らの歓談を妨げてしまったことを詫びよう】
『た、助かりました……』
そんなゴゴを危機から救ったのは作った料理を運んできたリサ。
食べ盛りの少年少女がいることを考えてか、特大サイズのお盆(のような形にした聖剣)の上には出来立ての料理が山と並んでいます。
「まだまだありますから、遠慮なくお代わりしてくださいね」
「「「はーい」」」
ちなみに本日のメニューは個別に選ぶのではなく全部おまかせのスタイル。
前菜は、酸味が食欲をそそる海鮮マリネ。
旨味たっぷりのエビ、イカ、ホタテにスモークサーモン。
シャキシャキのスライスオニオンの辛味も良い仕事をしてくれています。
お次はジャガイモの冷製ポタージュ。
蒸したり煮込んだりしたホクホクの芋も美味しいけれど、時には喉越しなめらかなスープで頂くのも捨てがたい。本日は日中ずっと暑い砂漠の迷宮にいたので、まずは火照った身体を涼しげな料理の二連発で落ち着けようという心積もりなのでしょう。
「リサさん、このスープお代わりもらえます? 大ジョッキ、いやピッチャーで」
冷製スープが気に入ったらしいレンリなど、こんな風にお代わりの注文をしてリサを困らせていました。ポタージュをビールか何かと勘違いしているのでしょうか。結局はレンリが折れて普通のスープ皿十杯分で妥協していましたが。
さて、そんな楽しい食事の最中。オーブンの様子を見るためにリサが厨房に引っ込んだタイミングで、ユーシャがこんなことを言い出しました。
「そうだ、思い出した。ゴゴに聞きたいことがあったんだ」
『聞きたいこと? なんですか?』
「今日、リサ姉が聖剣を使うのを見てて思ったんだけど、あの手元に自由に出したり消したりするやつってどうやるんだ?」
リサとユーシャ。どちらも聖剣を使う勇者ではありますが、その使い方には大きな違いがあります。あるいは聖剣を使わない時にどうしているか、には。
武器として使われる時以外のゴゴは、基本的に今のような人間の子供姿で自立的に活動しています。ユーシャが武器を必要とした時には、ゴゴが自分の足で歩いて行くなり使い手の側が迎えに行くなり。ある程度の距離まで近寄ればお互いの存在を知覚できるので、うっかり行き違ったりすることもないはずです。
もし単独行動中に仮の肉体が破損して行動不能になっても、本体である迷宮でまた何度でも同等の性能を持つ化身を生成できます。店屋で売っているようなごく普通の武器に比べれば、以上の点だけでもかなりのアドバンテージになるでしょう。
ですが、リサとリサの聖剣にはその手間も要りません。
ただちょっと念じるだけで出現させるも消すも自在。
先程の小鳥形態のように聖剣が自由に行動することもありますが、その自由行動を取っている個体とはまた別の、思考や経験を共有している個体を新たに生み出すのもリサの思い通りです。
やる意味があるかはさておき、その気になれば先程と同じ小鳥を何億羽も生み出して迷宮都市の空を埋め尽くすことも不可能ではないでしょう。勇者本人が持たねば真価を発揮できないとはいえ、極めて頑丈な鎧兜や剣や槍などを大量に生成して万軍に装備させるようなことも理屈の上では不可能ではありません。
「あんな風に、いつでもゴゴを近くに呼び出せたら便利そうじゃないか? ゴゴを二人か三人くらい呼び出して双子とか三つ子って言い張れば、いつものパン屋さんのお一人様一つまでの限定サンドイッチを沢山買ってお腹いっぱい食べる夢も叶うかもしれないな……ごくり」
『え、ええまあ……ソウデスネ?』
ユーシャの立場なら利便性を高めるコツなどあれば是非とも知っておきたいところでしょう。ですがゴゴは何故か歯切れが悪い様子です。何か都合の悪いことでもあるのか、あからさまに目を逸らしています。
と、そこにこんがり焼けたお肉の皿を運んできたリサが戻ってきました。
「なあなあ、アレってどうやるんだ? 何かの魔法とかなのかな」
「改めて考えてみると、どういう理屈なんでしょうね? わたしが勇者になった時にはもう普通に出来てましたし、便利だからあんまり気にしたことなかったですけど」
ですが、リサも魔法に関する知識などはあまりありません。
その気になれば魔法も使えないわけではないのですが、それはあくまで聖剣の便利機能でなんとなく使い方が分かるというだけ。本人は詠唱文なども全然知らないので、普通の一般的な魔法使いとは逆にイメージによる無詠唱での魔法発動しかできないのです。
「リサ姉も知らないのか? 不思議だなぁ」
「不思議ですねぇ」
勇者二人は揃って首を傾げています。何か知っていそうなゴゴはだんまりを決め込んでいますし、リサの聖剣も食事の邪魔になるからか今は喋るつもりがなさそうです。
「あ、私それ分かるかも」
ですが、勇者にも分からない問題に手を挙げる者が現れました。
普段は周囲から忘れられがちですが、というか本人も忘れがちですが、実はレンリは泣く子も黙る凄腕フードファイターではなく本職の魔法使いだったのです。
それも、無闇にセンスが高いせいで見様見真似でなんとなく高度な術が使えてしまう天才組とは違い、基礎的な魔法理論をじっくり学んできた正統派。なればこそ、こういった問題の説明にはかえって向いているのかもしれません。周囲の皆から見ても、手を挙げる姿は堂々とした自信に満ちているように思われました。
「……あれ、皆こっち見てどうかしたの? ああいや、この挙手はお代わりをお願いします的な意味合いのアレで。今は食事中だし冷めると困るし説明は後でもいいかい?」
この食に対する飽くなき執着。もしかしたら、レンリは本当は副業で魔法使いをしている凄腕フードファイターだったのかもしれません。
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《おまけ(大盛り)》
更新が遅れてごめんなさい。
久しぶりにお絵描きにハマってました。




